第5話
昔、あるところに年老いた夫婦がいました。
仲睦まじく、近所でも評判のおしどり夫婦でしたが、ある悩みを抱えていました。それは、子供を授かることが出来なかったことです。
そんなある日のこと、夢に神様が現れ御告げがあったそうです。もちろん、年老いた夫婦に御告げと言えば、子供を授かることでした。
そして、長い間子宝に恵まれなかった夫婦でしたが、念願かない一粒種の子供を授かりました。
蒼天の霹靂。
年老いた夫婦は、それはそれは喜んだそうですが、そんな夫婦の喜びとは裏腹に、不幸は突然訪れたのでした。
子供が幼稚園に通うようになった頃のことです。
ある日、サバイバルナイフを持った一人の少年が、子供の通う幼稚園に不法侵入しました。
歳にして十四歳の少年。
ちょうど、遊びの時間だったらしく、子供を含め複数の園児たちがグラウンドにいたそうです。
少年はそんな園児たちへと、持っていたサバイバルナイフを振り回しました。泣き叫ぶ園児、血だらけで横たわる保育士、そんな光景を気にもせず、少年は目に入るものすべてを切りつけました。
やがて、園児たちの叫び声がやむ頃には、グラウンドに立っていたのは少年ただ一人でした。
これは、数年前に起きた園児連続通り魔殺人事件で、死傷者は十数名にも登り、そのなかには年老いた夫婦の子供もいたそうです。
しかし、話はここで終わりません。
本来、こんな人数の殺人を犯せば、死刑となるのでしょうが、加害者の少年は少年法の適応と、事件当時の不安定な精神状態であったこともあり、死刑を間逃れるばかりか、減刑までされました。
これには、年老いた夫婦も納得出来ず、裁判のやり直しを訴えましたが、その願いは、遂に届くことはありませんでした。
深い悲しみは人を狂わせる。
そして、年老いた夫婦の心の隙間に、入り込む影がありました。
所謂、新興宗教。
いつの時代も、この手の胡散臭い宗教は発生し、悲しみを負った者を食い物にする輩はいるもので、年老いた夫婦にとっても例外ではありませんでした。
ただ、この宗教を年老いた夫婦が受け入れてしまったのには、理由がありました。
神浄正和教会の教えでは、
正常な判断が出来る状態であれば、こんな馬鹿馬鹿しい教えをこいたいとは思わないでしょうが、年老いた夫婦にとっては藁おも掴む思いだったに違いないでしょう。
それまで蓄えてきた、財産のほとんどを寄付し、遂に浄還に成功し、子供を蘇らせることが出来ました。
しかし、本当の不幸はここからでした。
結果から言えば、死者を蘇らせることなど出来るはずもなく、子供は中途半端な状態、つまり
魂もなく、腐敗の進行した身体。ただ器だけの存在となってしまった子供でしたが、それでも年老いた夫婦にとっては喜ばしことだったようです。
しかし、そんな年老いた夫婦の幸せを奪ったのが、逝上さんでした。
死者蘇生とは、自然の摂理に反すると判断した逝上さんは、年老いた夫婦の目の前で、
文字通りの消滅。死体の欠片さえも残らず、逝上さんは消滅させてしまいました。
死体も残らなければ、浄還をさせることは出来ず、年老いた夫婦は絶望のあまり、自殺してしまったそうです。
「つまり、逝上が自分の正義の為なら、女子供だろうと、年老いていようと、社会的地位に関わらず正義を執行する人間だということだ。同情なんて一切しないし、手加減もしない。そして、厄介なことに逝上は強い。正義の絶対条件である強さも兼ね備えている。これは、相当にめんどくさいことが起きそうだなぁ」
めんどくさいこと――。
向かうところ敵なし、百戦錬磨を豪語する迷斎さんの口から、こんな言葉が出ることに、私は驚きました。
逝上さんの話からも、この二人には何か因縁めいたものを感じ、過去に何かあったことは、もはや明確となりました。
私が、迷斎さんにそのことを問いただそうとした時でした。
バリンッ!!
違う部屋の窓ガラスが割れる音がしました。
驚きのあまり、一瞬身体が動きませんでしたが、そんな私を置いて、迷斎さんは部屋を飛び出して行きました。
「まっ……待ってぐたさいよ!!」
一人でいることが怖かった私は、迷斎さんの後を追い、音の聞こえた部屋へと向かいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます