第4話

 まゆりさんと別れ、私は迷斎さんの屋敷へと向かいました。

 別れる間際、お別れのキスをせがまれましたが、私のはじめてをまゆりさんにあげる訳にはいかず、頑なに拒否をして私は迷斎さん屋敷へと向かいました。


 屋敷に向かう道中、私は池上さんのことを考えていました。おそらくは、迷斎さんと何かしらの因縁があるようで、その確執はとても深く、そのことがあって私に忠告したのでしょう。


 しかしながら、まゆりさんが警戒していた様に、私もあの池上さんを両手をあげて信じることが出来ません。

 何も疑うことなく、何も曲げられることなく、真っ直ぐに真っ直ぐに自分の意思で行動する。タイプは違えど、迷斎さんと同類の様な感じがしていて、どこか信用出来ない……。


 第六感ではありませんが、私の直感がこう叫んでいます。

 あの人は危険だ。


 「お邪魔します」


 そんなを考えていると、目的地である迷斎さんの屋敷に着きました。

    

 全然、関係のない話ですが、私は迷斎さんのことは正直好きではありませんが、この迷斎さんの屋敷は好きです。映画に出てくるようなゴシック調の洋館。どこか怪しい雰囲気を漂わせ、歴史を感じさせるその佇まいが、私の心のを捉えて離しません。


 しかしそんな気持ちも、私の前にいる迷斎さんのせいで、台無しとなってしまうのですが――。


 「遅かったな弁天堂。学校が終わったら、すぐに来いと言ってあったはずだろう?まったく、こんな簡単な約束も守れないとは……」

 「すいませんね! ちょっとまゆりさんに捕まってしまって」

 「まゆり? 誰だそいつは?」

 「まゆりさんですよ、ま・ゆ・り・さ・ん。土御門まゆりさんです」

 「土御門――。あぁ、泥人形ゴーレムのか」


 まったくこの人は、興味のないことは記憶にないようで、まゆりさんのことも泥人形ゴーレムのことは記憶していても、それが土御門まゆりという名前であったことは覚えていないのでしょう。


 本当に、自分の欲望には正直な人です。


 「そんなことより迷斎さん。池上さんって方を知っていますか?」

 「池上? いや、知らないがそれがどうした?」

 「それって……まあいいです。迷斎さんと、手を切れって言われました。何か、迷斎さんのことを知っている様子で、私のことも調べたようで……」

 「池上――。ああ、逝上いけがみか!」

 「逝上? 池上さんですよ」


 「弁天堂。そいつは嘘くさい笑顔をした、好青年の様な感じだろう?だったら逝上だよ。弁天堂に言ったのは、偽名だよ」


 迷斎さん曰く、偽名は本名に近いほど解りづらいらしく、また本人も使いやすいそうです。偽名を使ううえで、一番困るのが使い馴れないことであり、名前を呼ばれても気付かない――なんてことがあるそうです。


 「それで迷斎さん、逝上さんてどんな人なんですか?」


 いつもの様に、私の淹れた紅茶を一口飲んでから、迷斎さんは逝上さんについて話始めました。


 「そうだな……。弁天堂、正義って何だと思う?」

 「正義ですか? 突然言われても……」

 「はぁ……。お前の頭はからっぽか? こんな簡単な質問も返せない様では、先が思いやられるなぁ?」

 「わりましたよ! 正義――つまり、正しいことです」

 「違うな弁天堂。まったくもって違う。そんなんだから、弁天堂なんて名前なんだ!」

 「なっ、名前は関係ないでしょう! だったら、正義って何ですか?」


 私は話には耳も貸さず、再び紅茶を口に運び一息ついてから、迷斎さんの物言いが始まります。


 「まず第一に、正義とは普遍的なものではない。時間、場所、人、相手、宗教、思想――様々な要因で変わってしまうものだ。つまりはエゴだな」

 「エゴ?」


 「例えるなら――戦争だな。戦争はどちらにも正義があり、言い分がある。どちらも正しいし、どちらも自分の正義を信じている。つまりは、エゴとエゴのゼロサムゲームだな」


 確かに、戦争にはどちらにも正義がある。独立を願う気持ちから、宗教的な正しさから、理由は千差万別あれども、そこには正義がある。

さらに言うなら――。


 「第二に、正義とは強いことである。さっきの戦争で例えるなら、勝利した者が正義となる。昔から言うだろう? 勝った者が正義だって」


 勝者が正義。

 これも、解る気がします。映画やアニメでも、正義が必ず勝つのではなく、勝った者こそ正義であり、正義の絶対条件は勝利であること。

 つまり、正義とは常勝でなければならないのです。


 「総括すると、正義とは『普遍的なものであり、勝利することが絶対条件の思想』それが正義だ」

 「……」


 何とも、迷斎さんらいしひねくれた見解であり、妙に納得のいく答えでした。


 「……それで――」

 「それでとは?」

 「……それで、逝上さんと正義と何の関係があるのですか?」


 私の問に、迷斎さんは少し間をあけてこう答えました。


 「逝上は――そんな『正義』とは関係なく、『自分の正義』を押し付ける異常者だよ」

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