第3話
「失礼。僕は探偵をしております、池上と申します。弁天堂さんですよね?」
まゆりさんの、予想外のカミングアウトがあった後、まだ気持ちの整理というか、心の準備が出来ていないというか、とにかく混乱した頭の私に声をかけてきたのは、一人の青年でした。
池上さん。
歳は二十代半ばでしょうか?短く整えた髪に、背が高く清潔感の漂う装い。好青年といった印象で、笑顔が眩しい探偵さん。おそらく、こんな眩しい笑顔で話かけられたら、何でも答えてしまいそうです。
それにしても――。
「ところで、なぜ私の名前を知っているのですか?」
「それは……弁天堂さん、正直に言います。黒柳迷斎と手を切ってください」
「え!?」
迷斎さん?なぜ、ここで迷斎さん名前が出るのでしょうか?先ほど探偵と言っていましたが、これは迷斎さんが何かしらのトラブルに巻き込まれているのでしょうか?
「それって……」
「この街に、黒柳迷斎が居ることは調べがついています。弁天堂さん、あの男は大変危険です。僕は、黒柳迷斎によって人生を狂わされた人間を沢山見てきました。あなたは――あなただけは救ってあげたい!」
真っ直ぐな瞳で、私を見つめる池上さん。
確かに、迷斎さんの過去について私は何も知りません。池上さんの言う様に、危険な人物であることは何となく解るのですが、私を初め救われた人もいるわけで……。
私はどうしても、池上さんが言う様に迷斎さんが悪い人には思えないのです。
「池上さんが言う様に、確かに迷斎さんは危険な人なのかもしれません。ですが、私を救ってくれた恩人でもあります。私は……私は……」
「あなたのことについては、調べがついています。しかし、それは過去のことであり、黒柳迷斎に負い目を感じることはありません。僕は、あなたの味方です」
味方。
池上さんは味方と言いましたが、敵とは誰を指しているのでしょう?もちろん、迷斎さんのことであることは解るのですが、迷斎さんを、敵視しているのは池上さんであって、私ではありません。
何となく、何となくですが、この池上さんに私は恐怖を感じています。例えるなら、宗教にはまる熱心な信者の様な、それを当然の様に何の疑いもせず、迷いもせず信じてしまっている様な、異常なまでの真っ直ぐな感情。
真っ直ぐすぎて眩しくて、私は恐怖しか感じませんでした。
ピリリリィィ。
池上さんの携帯電話が鳴りま出しました。
「ちょっと失礼」と、池上さんは上着の内ポケットから携帯電話を取り出し、電話に出ました。
「……はい…………えぇ、解りました。すぐに行きます」
電話を切り、一呼吸して池上さんは、私に言いました。
「申し訳ありませんが、急用できましたのでこれで失礼いたします。弁天堂さん」
「はい」
「今日会ったばっかりの、僕の話を信じるのは無理かもしれません。でも、黒柳迷斎は本当に危険なんです。それを忘れないでください」
一礼して、池上さんはどこかへと去って行きました。
場を張り詰めていた緊張感から解放され、私は胸を撫で下ろす思いでした。
「そう言えば、まゆりさん? 少し離れてくれませんか?」
池上さんが現れてから、一言も話さず私の左腕に絡みつくまゆりさん。例の事件のこともあり、男性恐怖症なのかと思いましたがまゆりさんが黙っていたのは、別の理由でした。
「美咲さん……。あの池上さんって人は……警戒した方がいいですわ」
「まゆりさん?」
私の左腕から離れ、それでも震える身体を抑える様に、まゆりさんは腕を抱えて、こう言います。
「あの人からは――血の匂いがします」
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