第2話 球児のロッカー

「ットライク、アウト!」

 とうとう最後の一球がミットに吸い込まれた。

 立ち竦む最後の打者。

 シャッターの音。

 と言っても撮られているのは彼ではない。

 言わずもがな、投手の方だ。

 誰が言い始めたのか、投手は令和の怪物の異名を持つ。

 つまり、松坂級のピッチャーという評価だ。

「だから、負けてもいいってことじゃない!」

 言い放ったバッターはとぼとぼとチームメイトの元へ行く。

 悔しいのは俺だけじゃない。

 行き場をなくした感情が、目の前の仲間に映って、胸を打つ。

 強がりでもキャプテンの俺は泣いてはいけない。

「いくぞ、挨拶だ」

 黙って、顔を伏せるように出て来る皆。

「何で下を向くんだ! 俺達は全力だっただろ! 胸を張ってくれ!」

 練習の記憶のフラッシュバック。

 苦しさを共にしたからの仲間。

 まだこいつらと野球がしたかった。

 たくさん、試合をしたかった。

 溜まりゆく涙を右腕で拭う。

 頷く仲間。

 真っ直ぐ一列に並ぶ。

 憮然としたキャッチャーの尻を叩く。

「苦しくてもしゃんとしろ!」


 ロッカーに引っ込むと誰も立ってはいられない。

 一番にならなければ必ずこの瞬間は来るのだ。

 だからそれがいつ来てもいい、と言う訳ではない。

 いつまでも来なければいいのに。

 握り締めた拳をロッカーに打ち付けるファースト。

 遠い目をしたまま動かないセカンド。

 「どうすりゃよかったんだ」と呟くサード。

 どの顔もあまりに辛そうで。

 出来ることはないか。

 悲しいだけが俺たちじゃないだろう。

 頷いて立ち上がる主将。

 虚ろな瞳達の注目。

 唇の震え。

 永遠のような沈黙。

「暗い顔がいっぱいだ」

 誰も何も言わない。

「いいか」

 体の底からの声の本気。

「今日は泣いていい」

 意外そうに驚くメンバー。

「バラバラだったあの頃から必死に一緒に努力して、チームになった」

 たくさん汗を流した。

 楽しいときより苦しいときの方が多くて。

 点を取っては喜び。

 微妙な判定に怒り。

 凛としたチームになったんだ。

「だから、今日は泣いて、明日からまた始めよう」

 頷く面々、堪らず滂沱の渦。

「ずっと今日が続く訳じゃない」

 言っていて自分も涙が止まらない。

「行きたかったな、甲子園」

 

 

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