第72話 非情の女王

 「……なあ、アザレンカ」

 「……うん、今のって」


 俺とアザレンカは、顔を見合わせる。

 フルーレの発狂、そして金切り声。

 フルーレの部下らしき男の断末魔の後に、人が斬られたような音。

 そして、フルーレは魔剣を持っている。


 察せずにはいられなかった。

 お互いに、魔剣に自我を乗っ取られて暴走した魔剣の持ち主と戦った事が、あるからだろうけど。


 「行くぞ、アザレンカ。訓練所の二階にいるダリア達が危ない」

 「斬られた人は?」

 「放っておけ、そんなの。どうせ第一王子派の人間なんだから。とにかく今は、ダリアと女王様の心配だけをしてりゃいい」

 「……ステファニーさんは?」

 「ステフは聖剣持ってるだろ。ほら、さっさと行くぞ」


  無駄口を叩いてる暇なんか無い。

 流石にこれはマズいぞ。

 フルーレは一応賢者なんだ。

 確かに、俺の母親だったマリーナには劣るだろうが、ロイやセリーナなんかとは、比べ物にならん相手だ。


  ……いや、逆に考えよう。

 フルーレに勝てないようじゃ、マリーナには勝てない。

 もしかしたら、エリーナにも勝てないかもしれん。

 この二人は、普通に剣の扱いも上手いからな。


 「アザレンカ……もしもの時は、ダリアと女王様を頼むぞ?」

 「え? 一緒に逃げないの? 僕達は散々第一王子派には魔剣のリスクとかを忠告していたんだから、第一王子派で何とかすべきだと思うけどなあ……プライスがわざわざ戦う必要無いって」


  アザレンカの言い分は、間違ってないな。

  確かに、第一王子派で何とかすべきだ。

 だが、何とか出来ないだろうな。

  正直、実力と魔力量だけなら賢者であるフルーレが、第一王子派の中で飛び抜けているのだから。


 「良いんだよ、これは仮想マリーナだ」

 「……仮想、マリーナ?」

 「いずれ俺は、かつての大賢者と戦う事になる。だから、フルーレごときに逃げてられねえんだ。賢者に勝てないのに元大賢者だった奴に勝てるか? だから、フルーレは俺がやる」

 「……そっか、そうだね」


  アザレンカは、俺の決意を聞いた後は何も言わなくなった。

  止めても無駄だと感じたのか、それとも呆れて何も言えなくなったのかは、分からない。


  フルーレの襲撃を警戒しつつ、階段を登っていき、ダリア達がいる訓練所の二階へと向かう。

 訓練所の二階は、この訓練所が様々な大会や式典などで利用される為、下の訓練場を見下ろせる観客席がある。


  観客席付近には、魔法障壁が張られているし、しかも今日の決戦の為に大賢者マットと精鋭の魔法使い達が、更に魔法障壁を強力にしているから無事だとは思うが……。


  「あ! プライス! アザレンカも無事だったんだね!」

 「ステフ! 二階は大丈夫だったのか!?」

 「魔法障壁のお陰でね……でも、下は……」


 二階に上がるとステフが待っていたので、合流する。

 ステフの話していた通り、二階は無事みたいだが……。


 「やっぱりそうかよ……」


  二階から訓練場を見下ろし、予想通りの光景を見て、思わず呟いてしまった。


 「ウガアアアアア!!!!!」


 魔剣に、自我を乗っ取られて暴走しているのだろう。

 フルーレが暴れ回っていた。

 魔剣は、自分の部下を斬ったのだろうか、血に染まっている。

 そしてその血塗れの魔剣で、八つ当たりのように、訓練所へと攻撃し続けていた。


 「やっぱダメなんだよ。魔剣は。メンタルが強くないと。フルーレなんてヒステリックで、メンタルが常に不安定なんだから、使える訳がねえのによ」


  呆れると同時に、これが賢者と呼ばれるまでに成長した魔法使いの末路かと思うと、同情せざるを得なかった。

 フルーレもまた、俺の元家族であるベッツ家の被害者なのだから。


 フルーレが魔剣を持っているのは、左手。

 セリーナの時のように、腕を切り落とせば暴走は収まるだろう。

 悪いな、フルーレ。

  自我を乗っ取られてしまった以上、腕の一本は覚悟してくれ。


 「ステフとアザレンカは、二階で待機な? 女王様の許可得た後、俺がフルーレと戦うから」


 ステフにも一応伝えたけど、アザレンカと違ってステフはごねるよなあ。

 さて、どうやって説得しようか。

 しかし、思いがけない返答がステフから返ってきた。


 「その事なんだけど……女王様が、プライスとダリアに話があるって」

 「話? しかもダリアにも?」

 「うん。もし私達を心配して二階に来たら、自分の所へ来るように言ってくれって、アザレンカと私は待機だって」

 「女王様の命令なら従うしかないか……一緒に戦いなさいとか、言われると思ったのに」


 アザレンカは悔しそうにしている。

  女王様の命令は、勇者であるアザレンカには絶対。

 逆らうなんて事は出来ないからな。


 「どのみち、フルーレと戦っていいか、許可は取らないといけないから、さっさと女王様の所へ行ってくるよ。魔法障壁が、いつまでも持つわけじゃないからな」


 アザレンカとステフの側を離れて、女王様の元へと行く。

 ……第一王子派推薦の新しいイーグリットの勇者候補と、戦うどころじゃ無くなったな。




 ◇




 「女王様、お呼びですか? あ、ダリアはもう来てたのか。大丈夫だったか?」

 「ええ、魔法障壁のお陰で平気よ? お母様、プライスが来ました。私達に話したい事とは何でしょう?」


 観客席にいた女王様の元には既にダリアがいた。

  他にも、現騎士王であるラックス、現大賢者であるマット、そして中立派と第二王女ダリア派の中心的な存在の貴族が集められている。

女王様は、話を始めた。


 「悪いわね、皆。女王として非情な決断を取らせて貰ったわ。第一王子派、特にフェレッツを中心に、あなた達の力でフルーレを止めろと命じたわ。あなた達の命を懸けて、止めろとね。だから、中立派と第二王女派は手を出さないで」


 女王様の言葉に、集まった全員が固まる。

 ベッツ家のいなくなった第一王子派だけで、何とかなる訳がない。

 最悪、止めようとした第一王子派の人間全員が殺された挙げ句、フルーレが暴れ続けたままという可能性も考えられる。

 しかし、女王様は続ける。


 いつも優しく温和なあの女王様が、冷ややかな目をしながら、低い声で。


 「私達は何度も、魔剣を返すように忠告した。それを無視し続けた結果がこれよ。いい加減、責任を取らせなければならないのよ。流石に私も呆れたわ。ここで、中立派や第二王女派が問題を解決しても第一王子派は決して反省しない。ならば、自分達で後始末してくれと言ったのよ。フェレッツも了承したわ。フェレッツを含めた第一王子派の残りの魔剣使い三人と精鋭、そして新しい勇者候補だったかしら? 二十人でフルーレを止めてみせるそうよ?」


 そう言って、女王様は鼻で笑った。

 出来る訳が無いだろうと。

 期待なんか、これっぽっちもしていないというのが、丸わかりだった。


 「女王よ、その……第一王子派が推薦する新しい勇者候補は……」

 「知っているわよ? 息子のザラクの恋人なんでしょう? ラックス、それなら貴方は何故今まで止めなかったの? 今の第一王子派は、最早イーグリットの癌よ? どうせ、あのマリンズ王国の女勇者を嫁に迎えるにあたって、ウィーバー家の箔を付ける為に、第一王子派へ協力することを黙認していたんでしょう? あわよくば、イーグリットの新たな勇者を嫁に迎えられるってね。貴方、騎士王でしょ? 公私混同は辞めて欲しいわね」

  「……」


  ラックスはせめて、ザラクの恋人であるレビーという、マリンズ王国の女勇者だけは、フルーレと戦わせたくなかったのだろう。

 女王様に頼もうとしたが、拒否された。


  知っていたのか、女王様は。

 ……普通に俺達に話しているけど、ラックスはやっぱり第一王子派と繋がっていたのかよ。

 ザラクの話を聞いて、薄々勘づいていたけどさ。


 「ダリア、そしてプライスも第一王子派が、フルーレに無残にやられても手助けしないで。全滅、もしくは二十人全員が戦闘不能と私が判断したら、プライスにフルーレの抹殺を命令するから。ダリア、プライスに強化魔法を」

 「既にプライスには掛けています」

  「よろしい。なら、私達は黙って見ているわよ。第一王子派の実力とやらを見せて貰おうじゃない」


 ……女王様、ブチギレじゃねえかよ。

  魔剣で自我を乗っ取られて、暴走状態の賢者に挑めって死刑宣告みたいなもんだろ。

 ……俺も怒らせたくないから、黙って従っておこう。


 集まった他の連中も、女王様を怒らせたくないと俺と同じように思ったんだろうな。

 誰も反対せず、ただ俺達は観客席から、訓練場にフルーレを止めようと入ってきた第一王子派を見守る事しか出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る