第71話 発狂しだす賢者

 ザラクと別れた後、俺は訓練所に入っていき、アザレンカの元へ行くついでに、レビーという、ザラクの恋人であり、俺の対戦相手である白髪の女勇者を探す。


 何となくだが、このままザラクの恋人のレビーと俺が普通に戦うのは、フェレッツの思い通りな気がしたからだ。


 俺は、元々負けない程度に戦うつもりだったから、本気を出す気はさらさら無かった。

 ここで、俺が本気を出して第一王子派の連中に手の内を見せても、俺達第二王女派には、何の得にもならないから。


 もう第一王子派は、俺がいくら聖剣の性能を見せつけて、第一王子派の連中が俺と第一王子派の主戦力の差を分かったとしても、降参する事は出来ない程の事をしている。

 アイツらにとって、降参はもはや死あるのみだろうし。


 後戻り出来ない第一王子派は、もうマリンズ王国と手を組んで、イーグリットの最大勢力になるという方法しか生き残る術は無い。


 だから、こうしてマリンズ王国の女勇者を、次のイーグリット王国の勇者にしようとするなんて、愚行をやる訳だし。


 結局、その愚行を止めるには、第一王子派が推薦する勇者が大した実力じゃないという事を、証明しなけりゃいけないから、遅かれ早かれ俺かアザレンカかが、その勇者とは戦う事にはなっていただろうから、今回第一王子派の連中に手の内を少し見せるリスクを負ってでも、戦う事を決めた訳だが。


 ……食えない男だ。

 王国騎士団副団長、フェレッツ・レミラスという男は。

 中立派の中心人物の一人である現騎士王、ラックス・ウィーバーの息子の恋人を、自分達の手先として、俺と戦わせようとしているのだから。


 勿論、自分達の手先として、戦わせたザラクの恋人が俺に勝つのが、第一王子派にとって一番得だろうが、俺がザラクの恋人に勝っても第一王子派の得になる事がある。


 一つは俺の手の内を知る事。

 もう一つは、俺がザラクの恋人を怪我させたり、俺が完勝する事でザラクの恋人の評判を下げる事による、ウィーバー家の俺への心証の悪化だ。


 考え無くても分かる。

 自分の息子の恋人を怪我させられて、怒らない親はいねえ。(一部例外がいるが)


 そして、ザラクも言っていたようにレビーという女性は、ザラクに聞いたスペックだけで判断すれば、名家ウィーバー家に嫁として嫁ぐには、相応しい女性だろう。


 美しく、聖剣を使えてマリンズ王国では、女勇者の地位があり、ザラクは知らなかったが、嫁ぐ予定のイーグリット王国でも勇者候補になるなんて、ウィーバー家としては鼻が高く、是が非でも嫁に迎えたいはず。


 その評判うなぎ登りのウィーバー家の嫁候補を、俺が本気で叩き潰した所で、やっぱり第二王女派に得は無いな。

 どうしてもまだ、俺は没落したベッツ家の落ちこぼれってイメージが、イーグリット王国内では拭いきれて無いから。


 ベッツ家の落ちこぼれに手も足も出ないなんて……とか噂になったら、レビーというウィーバー家の嫁候補のイーグリット国内での評判は、ただ下がりだろうな。

  それで、ウィーバー家に俺のせいで……とか逆恨みされるんですね、知ってます。

 だって、現騎士王のラックスはベッツ家大嫌いだったもんね。


 つまり、ただでさえ俺とウィーバー家の仲は悪いのに、仲の悪さが更に悪くなるということは、即ち中立派と第二王女ダリア派の関係悪化に繋がる。


 中立派と第二王女派の関係が、悪化して得するのは、フェレッツとフルーレが、中心の第一王子派。


 こんな事が切っ掛けでもし、中立派のウィーバー派閥が第一王子派に流れて、第一王子派がイーグリット王国の最大勢力に逆戻り……なんて事になったら、悪夢でしかない。


 だから、出来ればザラクの恋人とは互角の戦いを演じて、俺が辛勝したって事にしたいんだよなあ。

 そうすれば、第一王子派はアホだろうから、あれ? 意外とイケるんじゃね? とか油断してくれそうだし。


 「あ! プライス!」


 おっと、考え事をしていたら、アザレンカの元へ着いてしまったか。

 とりあえず、祝うか。


 「おう、アザレンカ。おめでとう」

 「……反応薄くない? それだけ?」

  「試合見れなかったからな。アザレンカが勝ったという事しか分からん」

 「ああ……それも、そっか。折角僕、久し振りに活躍したのになあ……」


 アザレンカは、ルアレがアザレンカに勝ったら、八つ当たりで俺がルアレを攻撃するだろうから、アザレンカとルアレの試合中は俺に訓練所の中に入らないで欲しい、というフルーレの謎の希望を知っていた為、残念そうにしつつも、納得していた。


 「活躍って事は、俺が頼んだ通りに出来たのか?」

 「勿論! ルアレに怪我させてない上に、魔剣も壊したよ! 更に僕もとうとう聖魔法ホーリー・マジックが使えるようになったよ!」


 誇らしげに言うアザレンカ。

 流石、先代勇者の孫だ。

 やるときはやるな。

  しかも、聖魔法も使えるようになるとは。


 どうしても俺はルアレに復燃治癒リラプス・ヒールを使いたく無かったので、ルアレに怪我をさせずに勝てという無茶振りを、アザレンカにしていたのだ。


 最初は、ええ!? 無理だよ!? とかアザレンカは言っていたのだが、あ、絶対零度アブソリュート・ゼロ全開フルスロットルにすればコントロール出来るかも……と言ってきたので結局頼んだ。


 全開にすればコントロール出来るって、一体なんなんだよって思ったけど。

  氷魔法の天才の言うことは、氷魔法の凡人の俺には理解出来ん。


 「難しいかなーって思ったけど、ルアレが思っていた以上に弱かったから出来ただけだね。魔剣にだけ絶対零度を当てるって」

 「あ、やっぱりルアレは大して強くなかったのか」

  「うん。まず動きが遅すぎ。それでいて、何も考えずに突っ込んでくるんだもん」


  呆れながら、アザレンカは笑う。

 もしかしたら、ルアレの実力ではなくルアレがアザレンカに完敗した事に対して、発狂して悔しがっているフルーレの声に呆れているのかもしれないが。


 どこで発狂しているんだあの貴婦人ババアは。

 絶対に、ルアレがアザレンカに勝てる訳無いって俺達第二王女派と、女王様と中立派があれほど忠告したのに、意固地になってルアレをアザレンカと戦わせます! とか言ったのが悪いのに。


 その結果が完敗。

 という事は、フルーレは女王様との約束通り王国魔導士団の副団長をクビになる訳だからな。

 そりゃ、発狂するわ。

  わざわざオルセク派閥の人間を大量に呼んで、このザマな上に、自分の地位も失うんだから。


 王国魔導士団副団長って地位を失っても、一応フルーレは賢者なんだから、これを気にイーグリット王国のまともな戦力になって貰いたいね。

 期待はしねえけどな。


 「さ、次はプライスの番だね。結構、プライスの対戦相手やる気満々だったから気を付けてね?」

 「ええ……それ本当か?」

  「う、うん。……何か、凄いイヤそうだね。何かあったの?」


 こっちは、接戦演じて辛勝しようとしているぐらいにはやる気無いのに、相手がやる気満々って嫌に決まっているだろ。

……アザレンカにも、話しておくか。


 「実はな、アザレンカ。俺の対戦相手は、ザラクの恋人らしい」

 「ザラクって、プライスと仲が悪いあの?」

 「安心しろ、ザラクを嫌いな奴なんて俺以外にも沢山いるから」

 「やっぱ、仲が悪いんじゃん……。僕もあんまり好きじゃないけど」

 「アイツと仲が良いのなんてホルツだけだろ」

 「あの性格じゃ友達少なそうだよね」


 何気にアザレンカも酷い事を言うなあ……と思う反面、アザレンカに、ここまで言われるザラクって本当に、人としてどうかしてるんだなって再確認していた時だった。


  「ウガアアアアア!!!!!」

 「「!?」」


 それは突然だった。

 人の金切り声が聞こえる。

  当然俺とアザレンカは驚く。

 その金切り声が聞こえた後だった。


 「や、辞めて下さい! フルーレ様! う、うわあああああ!!!!!」


 フルーレの、部下らしき人間の断末魔が聞こえた後、ザシュっと何かが斬られた音が、訓練所に響いた。

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