第63話 バリーは去る
俺達四人は帰る準備をしていた。
推薦状と聖剣を手に入れ、お互いの知る情報を共有した以上、ウェアホワイトへの長居は、良くないという話になったからだ。
確かに味方が多く、聖剣を多く保有しているのは
だが、第一王子派は主に貴族達などの金を多く持っている連中の集まりで、魔剣を俺が把握している限りで六本保有している上に、マリンズ王国とも裏で繋がっている。
この状況で、俺達にウェアホワイトが、積極的に協力していると知られたら、第一王子派の連中が報復に来るかもしれない。
そう考え、早目の行動を心掛ける事にした。
もう二度と同じ過ちは繰り返すつもりはない。
それに、ダリア、アザレンカ、ステフの三人を殺そうとしていたマリーナとエリーナが、ライオネル王国でやろうとしている事を潰す為にも、イーグリット王国が一つになる、ということは必要不可欠なんだ。
さっさと、
アザレンカの勇者復帰は、その第一歩だ。
今日はもう夕方だし、明日にでも王都に出向いて、女王様へ報告しよう。
アザレンカが氷の聖剣を抜いたという事を。
「プライス、少し良いかの?」
爺様が俺を呼ぶ。
まだ三人とも、帰る準備は完了していなさそうだし、少しぐらいなら大丈夫か。
「どうしたんだ? 爺様?」
「少し、二人きりで話したいのじゃ。皆には伝えておる。時間をくれとな」
「……三人には聞かれたく無いことなのか?」
「まあの。出来るだけ、他の人間に漏れるのは避けたいのじゃ。唯一血が繋がっているプライスにだけ、知って貰えれば十分じゃよ」
「分かった。じゃあ、外に出ようか」
俺と爺様は外に出て、人気の無い所へ行く。
◇
「悪いの、プライス。老いぼれの最後の願いじゃ」
「最後?」
「そうじゃ。最後じゃよ、プライス」
人気の無い、何もない山の近くで爺様と二人、俺は爺様の言葉に驚く。
最後の願いだなんて、まるで今生の別れみたいじゃないか。
「ワシはもう、イーグリットに居場所はないからの。じゃが、当然じゃ。ワシは何も出来なかったのじゃ、元騎士王としても。婆さんの夫としても、……そしてロイの父親としても」
悲しそうに爺様は遠くを見つめる。
……これは事実だ。
王家や貴族の中に、爺様を捕まえて処罰をしようと望む者はいる。
一応、俺も説得したんだけどな。
爺様は悪くないって。
だが、何も出来なかったということは、ただ見ていた共犯者と同じだと。
そう言われてしまっては俺も強くは言えない。
ベッツ家を庇うような発言は俺も出来ないのだから。
「そう悲しそうな顔をするな。もう、一人ぼっちではないじゃろう? 今のプライスには、血の繋がった家族よりも大切で、守りたい三人がおるじゃろ?」
「それは……」
「なあに、気にするでない。ワシは故郷に戻るだけじゃ。ノースルートへな」
爺様は、元々イーグリットの人間ではなかった。
イーグリット王国の北にある、ノースルート共和国の出身者だ。
確か、数百メートル進めばイーグリットに着くというぐらいの国境の街に産まれたんだっけな。
だから、爺様がイーグリットの騎士王になった事を、今でも快く思ってない人達はいるらしい。
そんな声を黙らせる位には、現役時代の爺様は強かったみたいだが。
「実はの、ノースルートの若い軍人達の指導をワシにお願い出来ないか……と話があったんじゃよ。プライスからすると遠い親戚に当たる、ウサムという奴がおってな。ノースルート軍の要職に就いとる奴なんじゃ」
「もしかして、爺様が最近姿を消していたのって……」
俺の憶測に爺様は首を振る。
「いや、元々婆さんとは別れるつもりじゃったんじゃよ。あのおぞましい計画が進んでいたイーグリットで、一生を終える気にはならなくてな。それに、二つ返事でウサムの頼みを了承しとったから、今更断るにもいかんのじゃよ」
そんな事を言いながら、また爺様は悲しそうに遠くを見つめる。
「ワシはロイに……剣技や剣術を教えてやることは出来たが……結局、人として、騎士としてのあり方を教える事は教える事が出来んかった。自分や自分に味方する仲間達の利益などを、守るべき人達の命よりも、優先するような人間になってしまった」
「それは、爺様だけのせいじゃないだろ。子供だった俺達が苦言を呈してこなかったのも原因の一つだし、何よりカトリーヌとマリーナというあの二人が、主な原因だろ」
ロイがあんな人間になったのは、爺様だけのせいじゃない。
これは本気で思っている。
母親だったカトリーヌが欲望の権化みたいな人間で、妻だったマリーナはライオネル王国に寝返るような裏切り者だった。
そして、セリーナとエリーナは黙って言うことを聞くだけ。
セリーナは操り人形になって、ロイの言うように大量の人を殺すようなバカだった。
エリーナに至っては、マリーナと共にライオネル王国に寝返る為に、イーグリットの人間を使って人体実験を行うようなどうかしてる奴。
そして俺は、バカにされたり、笑われたりすることを恐れ、ロイを始めとした家族達と向き合って来なかった臆病者。
決して、爺様だけじゃない。
色んな人間が間違った選択をしたからこそ、ロイ・ベッツという、イーグリット王国史上最低最悪の騎士王が、誕生してしまったんだ。
「いや、ワシが悪いのじゃ。騎士の仕事などにかまけて、ロイの事をメイドや執事、婆さんに任せきりじゃったのが、悪いんじゃ」
「だから、爺様だけのせいじゃ……」
「じゃからの、プライス。ワシは繰り返したく無いんじゃ」
俺の目をじっと見つめ、決意をしたような目で爺様は話を続ける。
「ワシはもう、ロイのような人間が騎士になるのは嫌なんじゃよ。じゃが、それはイーグリット王国では叶わんのじゃよ」
「それは……」
「ワシも若い騎士達を育てたいのじゃがな、それは叶わん願いじゃ。ワシはイーグリット王国から、必要とされとらん」
「……」
……悲しい話だ。
かつて、騎士王としてイーグリット王国を支えてきた爺様がロイ達のせいで、イーグリット王国で居場所が無くなり、必要とされなくなってしまったなんて。
「じゃからの、ワシは必要とされる場所で、ワシのやるべき事をやることにしたんじゃよ。ワシがロイに出来なかった事、騎士と軍人、違うとはいえ、人を守るという仕事をする以上、大切にしなければいけないことをワシは若い軍人達に教えたいのじゃ」
……爺様の決意は固いようだ。
色々教えて貰いたかったが、残り少ない爺様の人生だ。
今まで、俺達家族は色々迷惑を爺様に掛けてきたんだ。
残りの人生、爺様の好きにして貰おう。
「……分かった。イーグリット王国の事は俺達に任せてくれ」
「すまんのう。ワシはもう、プライス達の足を引っ張る事はあっても、サポートする事は出来んじゃろうからな。ワシの存在はイーグリット内での、争いの火種になりかねん」
「爺様は、十分俺達の為に色々やってくれたよ。足を引っ張るだなんて……」
「そう言ってくれると、ワシも助かるのじゃよ。孫であるお前にも、ワシは、全く何も出来なかった。それがイーグリットでの心残りじゃったからな」
そうして、爺様は。
詠唱を始める。
これは、
「達者でな、プライス。イーグリット王国を……あの三人を……女王様を頼むのじゃ」
「最後だなんて、言うけどさ。色々ゴタゴタが解決したら、俺達がノースルート共和国に会いに行けば良いだけだろ。……だから、別れの言葉なんか俺は言わないからな」
さっさと、イーグリット内でのゴタゴタを解決しなきゃいけない理由が、また一つ増えたなこれで。
ノースルート共和国へ爺様に会いに行くって。
「そうかそうか、ワシは期待しとるぞ? じゃが、ワシもそう長くは無いから、早めに解決を頼むのじゃ! じゃあの! プライス!」
そうして、爺様は後ろを振り向く。
「瞬間移動!」
こうして、バリーはイーグリット王国を去った。
この日以来、イーグリット王国へバリーが戻って来る事が一生無いということを、プライス以外は知らないのだった。
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