第二部 新たな聖剣と名家の遺した負の遺産

第55話 これからの目的地

 「プライス、いつまで寝てるの? もうお昼よ?」

 「……うーん、もう少し寝かせてくれ……疲れてるんだよ……」

 「全く……もう一本の聖剣を探しに行くんじゃなかったの?」

 「……」

 「ちょっと!? また寝始めないでよ!?」


 もうとっくに昼だというのに、また寝始めるプライス。


 いつもの宿屋でいつもの光景が帰ってきた。


 だが、プライスがここまで疲弊しているのは理由があった。

 プライスが、カトリーヌの処刑を終えてラウンドフォレストに戻った数日後。


 新しくイーグリット王国の大賢者になったマット・バーゲンハークから、今度はベッツ家が中心となって起こした一連の事件で重傷を負った騎士や魔法使いの治療を命じられたのだ。


 それだけではない。

 騎士や魔法使いの治療が終わった後は被害のあった街に行かされ、重傷の領民の治療や破壊された建物や設備などの修復までも命じられる始末だった。

 そのせいで、推薦状集めの旅どころでは無かった。


 当然、プライスには断る権利があった。

 しかし、プライスは断らなかった。


 ベッツ家が没落して、自分はミューレン家の人間になったとはいえ、この一連の事件は自分の家族だった人間達が中心となって起こしたという事実。


 そして、今も尚ベッツ家の計画によって作りだされた魔剣が、まだ第一王子を次の王にしようとしている第一王子派の貴族に、悪用されているという現状。


 もしかしたら、ベッツ家の人間の暴走をもっと早く止められたんじゃないかという後悔。


 自分の家族を信じたいという甘さのせいで、多くの人間が死んでしまった事への負い目。


 様々な思いがあったからこそ、プライスは断らなかった。


 しかし、プライスが疲弊したのはそれだけが原因では無かった。

 騎士や魔法使いの治療をしている時も、感謝をされる事もあったが、プライスに対する心無い言葉は少なくなかった。


 更に様々な街で、領民の治療や建物や設備などの修復作業を行っている時も、街によってはプライスに対して罵詈雑言を浴びせる領主がいた。


 だが、プライスは言い返さなかった。

 原因は分かっていたから。


 ロイとセリーナの暴走や殺戮に対する憎しみ、マリーナとエリーナの裏切りという失望と悲しみ、そして全ての元凶カトリーヌへの怒り。


 ベッツ家の人間だった自分が、言われるのは当然という覚悟は持っていたのだろう。


  文句一つ言わず、全てをやりきった。


 そして、今に至る。


 「……まあ、仕方ないわね。頑張っていたものね」


 ダリアは、プライスが騎士や街の領主などから悪口を言われていると聞いてからは、プライスの一人でやりたいという意向を無視し、ステファニーとアザレンカと共にプライスに付いていき、街の復興に協力していたので、プライスの苦労も分かっていたのだろう。


 プライスの寝顔を見ながら、微笑んだ。


 「全く……こんなに疲れるまで、一人で背負い込んで頑張らなくても良いのに。……本当、昔から変わらないんだから」


 そう言って、このままプライスを寝かせてあげようと、ダリアは部屋を出ようとした。


 「……」


 しかしダリアは足を止める。

 そして、プライスが寝ているベッドを怪しんだ。


 明らかに膨らんでいる布団。


 それだけではない。

 自分が部屋を出ようとした途端に、微かに動いていた。


 明らかに怪しい。


 そう踏んだダリアは。


 「やっぱり、いつまでも寝ているのは体に良くないから起きましょう? プライス?」


 そう言って寝ているプライスの布団を無理矢理剥ぎ取った。


 そして、その予想は的中する。


 「あっ」


 ダリアが、剥ぎ取った布団の中にいたのはステファニーだった。

 しかも、何故か素っ裸で。


 ダリアはこの状況で全てを察した。

 素っ裸でプライスと同じ布団の中に入っていたステファニー。

 そしてやけに疲弊している上に、何故か下半身丸出しのプライス。


 こうなれば、考えられるのは一つしか無い。


 「そう……プライス。昨日の夜ステファニーとお楽しみだったから、そんなに眠たいのね……。じゃあ、目を覚まさせてあげるわ」


 ダリアの目から光が消える。

 そしてブツブツと何やら呟きながら、プライスに向けて、雷属性の攻撃魔法を放った。


 「うわっ!? 痛い! な、何だよダリア? いきなり攻撃魔法なんて使うなよ! って、ヒィッ!?」

 「目、覚めたかしら? お昼ご飯用意して貰ってるから、さっさと食堂に来なさい? いいわね!」


 そう言い残して、ダリアは怒って部屋を出て行ってしまった。

 プライスは、雷属性攻撃魔法を食らい、痺れる体を起こす。


 そして気付いたようだ。

 何故、ダリアが怒っていたのか。


 「……ステフ、一緒に寝るのは良いけど頼むから寝る時は服を着てくれ……後何で、俺のパンツを脱がしているんだ……。ダリアに思い切り勘違いされたじゃないか」

 「昨日は、あんなに愛し合ったのに……自分のしたいことしたら、冷たくなる男にプライスはなっちゃったの?」

 「人聞きの悪いことを言うんじゃないよ……とにかく、服着て食堂行くぞ?」

 「そうだね。……後ダリアがすっごい怖かった」


 そう言って、ステファニーは同じ部屋の自分のベッドへ行き、急いで服などを着始める。


 プライスは、お前も怒ったらあんなもんだろと思いながら、回復魔法を自らに掛けていた。



 ◇



 「そろそろ機嫌直せって、ダリア。本当に疲れてたんだって」

 「……」

 「機嫌直してよ~ほら、ハンバーグあげるから」

 「……」


 俺達三人は、宿屋の食堂にいた。


 俺とステフは昼食を食べながら、ダリアの機嫌を取るが、無視され続ける。

 ……こりゃ、長くなるな。


 「そういや、アザレンカは?」

 「もうそろそろ来るんじゃない?」


 今までのアザレンカなら、いの一番に食堂に来ていたはずなのだが、最近は剣技を磨いてる為か、俺達より遅れて食堂に来ることが多くなっていた。


 エリーナ達に完膚なきまでに負けたのが悔しかったのもあるだろうが、勇者の地位を剥奪された事も少なからず関係あるだろう。


 結局、アザレンカの勇者の地位は剥奪されたまま、戻っていない。


 火の聖剣を使っているのが、俺ということもあるが、実力不足な上に、聖剣を扱えない人間に勇者の地位を、与えて良いのかという声が挙がったみたいだ。


 「ふーお腹空いたー。あ、プライスとステフさん起きてたんですね」


 噂をすればだ。

 やってきたアザレンカは、ダリアの隣の席へと座り、用意された昼食を食べ始める。

 これで、四人揃ったな。

 さて、これからの事を話すとするか。


 「とりあえずだ。俺達はこれからウェアホワイトへ行く」

 「ウェアホワイト?」

 「ウェアホワイトって、森の西側の洞窟の先にある山の向こうの街だよね? 遠くない?」


 アザレンカの言う通りだ。

 ウェアホワイトは、山の向こうにある街でここからかなり遠い。

 だが、運の良いことに大賢者マットに領民の治療を命令されたお陰で、ウェアホワイトに行くことが出来た。

 なので、瞬間移動テレポーテーションですぐに向かう事が出来る。

しかも、それだけじゃない。


 「ウェアホワイトには、もう一本の聖剣があるみたいだからな。推薦状と聖剣を貰いに行くんだよ」

 「嘘!?」

 「声が大きいぞ。周りが見てるだろ」

 「あっ……つい」


 アザレンカは、申し訳無さそうに周りで食事していた人達に頭を下げる。

 まあ、アザレンカが大声を出すほど前のめりになるのも分かる。


 ウェアホワイトにあるもう一本の聖剣。

 バゼルさんの話によれば、氷の聖剣で間違いないみたいだからな。

 氷の聖剣なら、俺達の中ではアザレンカが選ばれる可能性が高い。


 もし仮にアザレンカが氷の聖剣に選ばれれば、アザレンカが勇者の地位をもう一度与えられるだけではなく、魔剣を悪用しようとしている第一王子派バカども に対して牽制になる。

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