第49話 傀儡となった女王、現れるプライス&ダリア

「新しい勇者達にバンザーイ!」

「キャーっ! 格好いいー! アリス様ー!」

「イーグリット王国と勇者達に栄光あれ!」


新しい勇者達の誕生に沸き立つ王都の民達。


そんな国民や臣下をよそに、女王であるマリア・イーグリットは複雑だった。


私は何をしているのだろう。

この国の女王なのに、ただ貴族や王家の言いなりになって、政治を進めている。

これでは、次の王になって傀儡になると宣言しているジョーと何ら変わり無いわ。


ボーンプラントの一件も私は知っている。

死霊騎士の軍隊を仕向けたのは騎士王であるロイだということも。

多くの騎士達やボーンプラントの領民を殺したのはセリーナであることも。


マリーナとエリーナは何も言ってくれない。

私達には考えがあるからと言って、はぐらかすばかり。


でも、私は強く言えない。

ダリアをユリアのように他国とのコネ作りの為の道具にされたくなかったから。


それだけじゃない。

ユリアは嫁いだマリンズ王国内で酷い仕打ちを受けている。

誰かに相談するのも憚れるくらい。

そんな娘の現在の状況を笑いながら話され、「ダリア様にはこうなって欲しくは無いでしょう?」と脅されては私は何も言えなくなる。


ただ、こうして私がベッツ家を筆頭とした貴族達の言いなりになっている事がいずれダリアを困らせる事になるのも分かっている。


だから、プライスにダリアを託したのだから。

せめて、好きな人と少しの間でも添い遂げて欲しい。

話によれば、プライスが聖剣に選ばれたというのも聞いた。

それなら、まだダリアは大丈夫。


だから、許してダリア。

貴女の仲間を裏切ってしまう事を……。


「イーグリット女王の名に於いてここに宣言します。 勇者……アザレンカから勇者の地位を……剥奪し、十一名の優秀な若者に勇者としての地位を与え……ます。」


せめてもの私なりの抵抗だった。

高らかに宣言するなどはせず、不本意ながらと国民に悟られるように。


しかし、その思いは届かない。

国民からは祝福の声しか聞こえてこない。


「何故ですか! お母様! 何故、アザレンカから勇者の地位を剥奪するのですか!」


突然だった。

その声が聞こえたのは。

その声の主が現れたのは。


「……ダリア!?」


何故ここにダリアが。

突然式典に第二王女であるダリアが乱入しているのだから、驚いたのは私だけではない。

王家の人間や貴族の人間、さっきまで祝福の声しか発していなかった国民も、驚きの色を隠せていない。


「……おい、第二王女はライオネルの王太子との縁談が嫌で、王都から逃げたんじゃなかったのか?」

「違う違う、ベッツ家の落ちこぼれと駆け落ちしたんだよ」

「ああ……プライスか。優秀ではあったけど、騎士王と大賢者の間に産まれた息子としては、まあ微妙だよな」

「あー見た見た。思わず笑っちゃったよ。プライス程度が味方になったって、何も変わらないのにな」


新しい勇者の若人達は、こぞってプライスをバカにしている。

ああ、この子たちに言ってやりたいわ。

貴方達と違って、プライスは聖剣に選ばれているんだから、思い上がるなって。


「プライスが落ちこぼれ!? ふざけないで!ほとんどがコネによって選ばれた似非勇者達が何をほざいているの!? お母様! もう一度お考え直し下さい! こんな連中に勇者の地位など与えてはいけません!」


ダリアの言葉に国民がざわつきだす。


「コネによって選ばれた似非勇者……?」

「そういや、全員貴族っておかしいと思ったんだよな」

「そうそう、一般家庭出身の中にも今選ばれている奴らよりも優秀な奴らいるからな」

「俺は、最初から何か怪しいと思っていたぜ」


祝福ムード一色だった式典に、暗雲が立ち込める。


「……ロイ様。第二王女を捕らえないのですか?」

「バカを言うな。これは罠だ。第二王女を捕まえに行った所をどこかに潜んでいるプライスに殺されたいのか? おい、絶対に動くなと伝えろ」

「は? はあ……」


騎士達や貴族は顔を見合わせる。

騎士王であるロイの言葉と動くなという指示に。

この男は、自分が窮地に立たされる事を恐れ、周囲の騎士や貴族にプライスが聖剣に選ばれた事を話していない。

それを話せば計画は破綻し、第一王子派は空中分解となるからだろう。


なら、私も利用させてもらおう。

勇者とは名ばかりのお坊ちゃんお嬢ちゃん達に、現実を思い知らせてやらなければならない。


「ホルツ。貴方、ダリアに振られたけどまだ好きなんでしょう? 説得しに行きなさい」

「え? ま、まあ……」

「そんな煮え切らない態度だからプライスにダリアを奪われるの。それとも何? 勇者なのに好きな人一人も説得させられないの?」

「わ、分かりました」


一人で騒ぐダリアの元へ、勇者の一人であるホルツを向かわせる。


「じょ、女王様!? 何故ホルツを!?」

「あら? これから勇者となるのならば、こういった多くの人間に囲まれた所で、他の国の王族の説得をしたりする場面はあるはずだわ。それとも何? 選んでおいて、ホルツの事をそんな事も出来ない男だと思っているのかしら?」

「い……いえ、はは……知らんぞ私は……ホルツがどうなっても」


ロイは、正気か? と言わんばかりに女王を問い詰めるが、女王の思わぬ返しに何も言えなくり、誤魔化しながらヘラヘラと笑い、誰にも気付かれないように弱音を溢す。


こんなやり取りを知ることもなく、ホルツはダリアのすぐ近くまで来てしまっていた。

そしてダリアの説得を試みる。


「お久し振りです。ダリア様、ホルツです」

「貴方に用は無いわ! それとも何? 勇者に選ばれたからって私にもう一度告白してこいとでも言われたの? 私は知っているのよ? 影でプライスに酷い事を言っていたのがバレていないとでも思っているのかしら?」

「……」


思わず私は笑いそうになる。

ホルツが哀れ過ぎて。

自分より下と見なした人間の前では横柄な態度を取っているのに、いざダリアの前に立つと何も言えなくなるのだから。


「子供の時の話じゃないですか……それに今はプライスの事など眼中にありません。僕は勇者ですから」

「……本当、最低な男! 自分が下だと思った人間には何をしても良いと思っているのね! 勘違いしているようだから、教えてあげる!

貴方はプライスより格下よ!」


大声でホルツに。

騎士王や貴族の前で。

自分の仲間や家族の前で。

そして国民の前で。


ダリアは、言い放った。


「……ハッハッハ! ダリア様はご冗談が上手い!」


ダリアに作り笑顔を向けた後、国民達がいる方を向き、ホルツは金切り声を出しながら叫ぶ。


「おい! プライスいるんだろ! さっさと出てこい! 魔剣の餌食にしてやる! ダリア様に嘘を吹き込んだバカが!」


ホルツはダリアの言葉に激昂していた。

自分が恋い焦がれていた人間にそんな事を言われるとは思っていなかったのだろう。

かつてホルツは、破談にはなったものの、ダリアと縁談の話が持ち上がったことはあった男だったのだから。


だからこそ、自分がダリアにこんな罵倒をされるはずがないと。

ダリアにこんな事を言われたのはプライスのせいだと本気で思っているとしか考えられないほど、式典の場だというのに、口汚い言葉で

ホルツは魔剣を抜きながら、プライスがいると確信し、呼び出し続ける。


「き、騎士王……。ホ、ホルツを止めさせて下さい! あんな醜い姿を晒させるなんてあんまりです!」


ホルツの父親は、今にも泣き出しそうになってロイに懇願する。

当然だろう、他の貴族や多くの国民が見ている場で、とても勇者とは思えない言動をしているのだから。

しかし、ロイは答えない。

プライスがいる。

そう確信しているから。


「ええい! 何をしている! ホルツを止めろ! そして第二王女を捕らえるのだ!」


ホルツの父親は、自分のお抱えの騎士数十人ほどに命令し、ホルツとダリアがいる庭園の中心付近に向かわせた。


「ああ……終わった」


頭を抱えながら、ロイは項垂れた。






ドガーン!!!!!


突如庭園が謎の火柱を上げ、ホルツやホルツを止めに行った騎士達が無残に吹き飛ばされていく。

ホルツや騎士達は悲鳴をあげない。

それほど突然だった。


騎士も貴族も。

そして新しい勇者達も。

見ている王都の民も。

何があったのか分かっていない。


分かっているのは、ロイと私とそしてダリア。

誰がこれをやったのか、どうやったのかも分かっている。


火柱から一人の男がダリアを抱えながら出てくる。


「お久し振りです。女王様。ところで、誰か俺の事呼んでました?」


ああ、貴方にダリアを託して良かった。


「久し振りね、プライス。何の用かしら?」


私は思わず焦る事なく答えてしまったのだった。

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