第48話 十一人の新勇者、全員魔剣使いで貴族だけ
「どういう事だ! 何故勇者アザレンカが勇者の地位を剥奪されるんだ! 王家は一体何を考えているんだ!」
俺より先に怒りの感情を露にしたのは、バゼルさんだった。
メイドは落ち着いて下さいと言いながら、街で配布されていたという号外を俺達に見せる。
「……イーグリットにある聖剣は二本とも使える状態に無い。大賢者マリーナ直伝の魔剣を使える十一名の優秀な若者達が新たな勇者になった……?」
バゼルさんは号外に載っている自分が知らない情報にただ驚くばかり。
だが、俺はそんなのはどうでも良かった。
とんでもない事が書かれていたからだ。
「……勇者アザレンカはボーンプラントで大量発生した死霊騎士の討伐失敗の失態により、勇者の地位を剥奪。女王は失望していた、だと?」
「……先代と違い、適性が全く見られないなら、国の為に聖剣を返還し勇者の地位を自ら返上すべきだった。王家に対する重大な反逆といっても良いだろう。元勇者アザレンカが処刑されないのは女王の寛大なお心のお陰って……何よ……これ」
号外には、勇者であるアザレンカを酷く批判する内容が書かれていたのだ。
恐らく、王家か貴族お抱えの奴に書かせたのだろう。
国民のヘイトがアザレンカヘ向くように。
それだけじゃない。
自分達が、騎士達を殺して操り人形にして、死霊騎士の軍隊と称して、自分達に逆らう人間の多いボーンプラントの街を襲ったクセに、あたかも死霊騎士が自然にボーンプラントに大量発生して、その討伐をアザレンカに任せたのにアザレンカが討伐失敗したから、多くの人間が死んだという捏造記事。
よくもまあ、これだけ嘘を並べ、アザレンカヘ責任を押し付けて、勇者の地位を剥奪するという大義名分を作ったものだ。
奴らのメンタルと根回しは、一級品だな。
だが、それよりも不味い事がある。
「気でも狂ったのか王家は! この号外が全国民に伝えているのは、イーグリットの今の勇者は弱く、聖剣は使い物にならないって言っているような物! これが他国にバレて広まる事があれば、他国から狙われやすくなる事を分かっていないのか!?」
バゼルさんの言う通りだ。
イーグリット王国が平和だったのは、先代勇者マルク・アザレンカが他国でも功績を挙げ、彼の名前が多くの国に轟いており、聖剣が強力だったから。
その事を王家は忘れたのか?
他国の王にすら英雄と言われた男の存在でここまで平和でいられた事を忘れて、お袋が作った魔剣を使う連中を新しい勇者にするとか正気の沙汰じゃないぞ?
「ねえ、ちょっと プライス? この号外に書かれている新しい勇者十一人、全員ベッツ家や王家と仲が良い貴族の人間じゃない?」
「はあ!? 本当じゃねーか!? 何を考えているんだアイツら!?」
ヤバい、頭が追い付かない。
この号外に書かれている事はとんでもない事ばっかりで。
新しく勇者になる連中は確かに優秀な奴ばっかりだ。
ダリアの過去の縁談相手だった奴らや王国騎士団の副団長の息子に、前大賢者の孫娘。
ここら辺は納得出来る。
だが、半分近くの人間は優秀ではあるが、もっと優秀な奴いるだろ……と突っ込んでしまいたくなるような人選だ。
王都に住む貴族で限定するなら、まあこの人選でも……と納得出来るが。
「この人選は妥当なのか? プライス君? 我々はこの新たな勇者達の実力を知らないんだ。果たして勇者アザレンカ……アザレンカ殿より強いのか?」
バゼルさんは真剣な表情で、俺に聞いてくる。
誤魔化しても仕方無い。
全て正直に話そう。
「アザレンカより剣技だけが上なら五人、魔法だけなら三人、どっちも上なのは二人。どっちも下なのは五人ですかね。俺が知っている限りの実力なら。正直アザレンカより剣技も魔法も下の五人よりは、もっと優秀な奴がいただろと口出ししたくなりますね」
「……それは半分近くの新しい勇者が、コネで選ばれたと言っているようなものだよ? プライス君?」
「……ええ。ただ、これはもし貴族出身じゃない人間も勇者に選ぶ前提の話です。最初から王都に住む貴族だけで、しかも若い連中だけを選ぶつもりだったのなら、この人選は妥当と言って良いでしょう」
俺の最後の言葉に、場の空気が重くなる。
「……つまり、この十一人の勇者も第一王子派って事よね。……あの人達は余程自分達だけで国を動かしたいみたいね」
「第一王子派ではない貴族や一般家庭出身の奴らから選ばない辺り、その通りだろうな。そいつらも入れて良いのなら、半分は入れ替わるからな実力的に」
はあ……全く。
ただでさえ、アザレンカとステフが重傷で頭が痛いのに、更に頭が痛くなるような事を起こすなよ……アイツら。
「へえ……今日王都で午後から行われるんですか、新しい勇者を任命する式典みたいな物が……。その後は十一の街に一人ずつ派遣されるみたいですよ?」
「魔剣使いなど、この街に入れるものか! ただでさえベッツ家の魔剣使い二人にボロボロにされたというのに! プライス君! ぜひ、協力してくれないか?」
うっ……バゼルさんめ。
そんな言い方されたら、俺は断る訳にいかないじゃないか。
ここで断ったら、絶対何か言われること間違いないだろ。
けど、こっちの主戦力は半数が重傷で、ダリアに剣を持たせて戦うなんて、無理。
そこら辺のモンスターも倒せないんだから。
……まあ、正直相手次第なんだけどな。
コネで選ばれたと思わざるを得ない連中なら俺一人で倒せるし。
なんならダリアに強化魔法を掛けて貰って、新しい勇者と戦っている時にその場にいて貰えればほぼ全員倒せる。
あの女以外はな。
条件を出すか。
「……分かりました。ただし条件があります」
「条件? それは何かな」
「一人を除いて、新しい勇者となった連中は倒せます。ただ、一人だけ相性が俺と最悪な奴がいて、そいつと戦うのは避けたいです」
「えっ……聖剣に選ばれたプライス君ですら勝てない子が、新しい勇者の中にいるのかい?」
「私の強化魔法でサポートしてもダメなの?」
俺の弱気な発言を聞いた二人が、不安そうに見てくる。
そもそも、俺を二人は過大評価し過ぎだ。
聖剣が無ければ、新しい勇者に選ばれた十一人の中でも、俺が勝てない人間は三人いる。
その内の二人は剣技は大したこと無いから聖剣があれば、倒せるというだけであって。
あの女だけは無理だ。
あの女と戦うならステフの力が必要になる。
「前大賢者の孫娘、アリス・バーゲンハークだけは、どんなに足掻いても無理です。たとえ、聖剣の力があっても」
アリス・バーゲンハーク。
前大賢者の孫娘で、エリーナ姉さんと次の大賢者の座を争うと言われている女魔法使いだ。
上級魔法が使える属性は、水、火、風。
その中でも得意なのは水属性魔法。
聖剣が無ければ上級魔法が使えず、しかも得意魔法が火の俺からすれば、格上に加えて相性最悪のまさに天敵。
そんなエリーナ姉さんクラスの化物が、魔剣を使うだと?
流石に勝てない。
確実に勝ちたいのなら、雷の聖剣を使うステフの力が必要だ。
しかも、お袋が大賢者になってからというものバーゲンハーク家はベッツ家を敵視している。
正直、戦うことになったら殺されるんじゃないの俺?
魔剣に自我を奪われるなんて事も無さそうだし。
しかも、魔法使いのクセに剣技も俺と遜色無いし。
上手いこと全てが噛み合えば勝てるのかもしれないけど、そんなんで死んだらそれこそ第一王子派の思う壺だからな。
しかし、ダリアは俺の考えを察したのか、その考えは間違いかのように俺に進言する。
「プライス、良く考えなさい。どう考えても貴方はアリスと戦うことになるわ」
「縁起でも無いこと言うな。もしそうなったら俺は逃げるぞ。
「何言ってるのよ? そんな事したら聖剣は魔剣以下って言われるでしょ?」
「いやまあ……そうだけど、勝てないって……。せめてステフがいりゃ勝てるか……いや? だからエリーナ姉さんはステフと戦うことを選んだのか!」
そうだ。
あの日、腑に落ちなかったんだ。
爺様が、エリーナ姉さんは本気の俺と戦いたがっていると言っていたのに、ステフを戦う相手に選んだ事を。
魔剣の特性で、セリーナの負の感情を利用するために、俺とセリーナを戦わせたと思っていた。
エリーナ姉さんが、俺じゃなくステフを選んだ訳。
自分の手で重傷を負わせ、ステフが戦えない間に、アリスを俺にぶつければ勝てると考えていたのかもしれん。
あれ? もしエリーナ姉さんが本当にこう考えていたら、俺負けるし死ぬぞ?
仕方無い、セリーナの首の出番だな。
「……式典は午後だったよな?」
「ええ、号外に書いてますよ?」
メイドに改めて、王都で行われる新しい勇者に地位を与える為の式典の日時と場所を確認し笑う。
「……何をする気なの?」
「ハッハッハ、まあ落ち着けダリア。先にもう一本の聖剣の在処をバゼルさんに聞いてからだ」
「……それは良いけど、ちゃんと魔剣使いが街に来たら追い払ってくれよ?」
バゼルさんは困惑しながらイーグリットに眠るもう一本の聖剣の在処を俺達に説明するのだった。
そうかそうか、アリスに勝てないのなら戦わなければ良い。
策はある。
バーゲンハーク家が、バーゲンハーク家を慕う連中が、俺達にではなくベッツ家に牙を向く方法があるじゃないか。
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