第44話 幸せは続かない、瀕死のアザレンカ
「プライス」
「ステフ……久し……」
ステフは少し、ムッとしていた。
二年ぶりの再会に言葉なんて物は必要ないと言わんばかりに、駆け寄ってきたステフが俺の唇を塞いだのだった。
ああ、俺が野暮だったな。
感動的な再会の嬉しさを言葉で表現しようとするなんて。
俺がステフに話し掛けた時、ちょっと不満そうにしていたのはそういう訳だな。
完全に俺が悪い。
そんな事を考えながらプライスは目を閉じる。
二人のキスは唇を重ねるだけのソフトなキスでは無かった。
お互いがお互いを求め合うかのように。
二年という決して短くはない時間を埋め合うかのように。
もう一生離れないと誓い合うかのように。
情熱的で長いキスだった。
「キス、上手くなったねプライス」
「はあ? ステフ以外にキスする相手なんかいなかったのに何で上手くなるんだよ?」
「えー? 何か最後にキスした時より上手くなってる気がする……」
「……あの時よりお互いに対する気持ちが強くなっているからじゃねーの? って、あー今の無し。今のは無しだ!」
「……プライス!」
ステファニーはプライスの言葉が嬉しかったのか、堪らずもう一度情熱的にプライスの唇を奪う。
プライスは拒まない。
むしろ、二人のキスは先程よりも激しさを増していた。
ああ、幸せだな。
でも何か忘れている気がする……。
まあ良いじゃないか、今は。
かつて愛した、いや今も愛していると言っていいステフとこうしてまた会えたのだから。
痛い。
ここ最近、クソみたいな事実ばかり知らされて、辟易していたんだ。
痛い。
たまにはこんな幸せがあったってバチはあたらないだろう。
痛い痛い。
痛い痛い。
あのクソみたいな家族達が唯一俺の為にし……痛い。……た事なんだから。
痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い。
今はこうして……痛い。……ステフと愛し合え……痛い。……る喜びを……痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い。
さっきからマジで左腕が痛い。
何でこの状況このムードで左腕が痛くなるんだよ。
俺は目を薄く開けてちらっと痛みの走る左腕を見た。
すると、何やら俺達を光の消えた真っ黒な目で見続けながら、ブツブツと何やら呟くダリアが、俺の左腕を爪で引っ掻いたり、つねったりしていた。
……あ、ダリアが左腕にしがみついていたの忘れてたわ。
それにしても、ダリア怖すぎない?
いや、この状況でディープな方のキスをする俺達も俺達だが。
ダリアの目が……目が……黒い。
黒いんだよ。
それでいて光が全く宿っていない。
何だよ……その、俺達を見ているのにもっと遠くを見ているかのような目は。
余りの恐怖に、思わず目が全開になってダリアを見てしまっていた。
そんな俺の心情をステフは感じ取ったのか、不満げに唇を離した。
「……ねえ? 久しぶりの再会なのに誰を見ているの?」
「ヒィッ!」
何でだ。
何でお前も。
ダリアと同じ目をしているんだ! ステフ!
怖すぎるだろ!
「取り敢えず、一旦落ち着こう! な! 本当に! 二人ともマジで怖いから!」
あまりの恐怖に俺は笑うしかなく、誤魔化すようにして、二人に落ち着けと数十分繰り返す事になったのだった。
◇
「で? その女誰よ? 浮気相手? どこまでしたの?」
「何もしてないし、ダリアを俺の浮気相手扱いするんじゃないよ……一応これでもイーグリットの第二王女なんだぞ……」
「何もしてないですって? プライス?」
「ヒィッ!?」
落ち着いたはずの三人の空気が、ステフの言葉により、またも不穏な空気になる。
余計なこと言うなダリア。
ステフは昔から浮気とか俺が他の女性といる事に凄く厳しかったんだ。
ああ、ステフに浮気だー! って実家の中で大泣きされて、滅茶苦茶姉二人に怒られた思い出が鮮明に思い出される。
どうして悪い記憶はすぐに思い出せるんだ。
何もしてない。
誓って俺からは何もしてない。
だから、本当に余計な事を言わないでくれ。
「正直に言って。正直に言えば怒らないから」
「いや、だから何もしてないって」
「一緒のベッドで何回も寝たし、幾つもの夜を共にしたわよね? プライス?」
「は? マジで言ってるの? プライス?」
「ダリアァァァァァ!!!!! 言い方考えろよ! 同じベッドで寝ただけだろ!? 触れもしてないから!」
あっ、しまった。
ついうっかり喋ってしまった。
これはステフに怒られるぞ。
俺は、覚悟を決めた。
しかし、ステフは笑っていた。
……ああ、良かった。
助かった。
「
「助かってないし、許されてない! 本当に死ぬから辞めて!」
「私の縁談を破談に追い込んで、王都から連れ出した時に、私を守るって言ったのは嘘だったのね……プライス」
「は? ねえ、色々と出てくるじゃん。 聖剣の餌食になりたいの?」
そう言って、ステフは聖剣を抜く。
バチッ! パチパチッ! バチッ!
予想通りだ。
ステフが持っていたのは雷の聖剣。
いやあ……本当に怖いなあ。
これから浮気を疑われる度に聖剣で脅されるようになるのか。
……今正にその真っ只中なんですけどね。
しかし、ステフはやれやれといった表情でため息を吐きながら、笑いだす。
「ま、許してあげるわ。どうせ、プライスの家族、ベッツ家が原因なんでしょ?」
「……それと、イーグリットの王家ね。本当にプライスには迷惑を掛けたわ」
よ……良かった。
何とかステフが落ち着いた。
そう俺は安心した。
その時だった。
「……ッ!」
ステフがダリアの首に聖剣を突きつけたのだ。
「へえ……流石、次の王を目指そうってだけあるね。しかも怯えるどころか睨み返してくるなんて」
「貴女こそ、いくら勇者とはいえ一国の王女に良く躊躇なく聖剣を向けられるわね。私を殺せと命令されたの?」
「……さあ、どうでしょうね? 私は試しただけ。ダリア・イーグリットが必要な存在かどうか。そして聖剣は必要だと言っている。私がプライスと一生添い遂げる為には、ダリア・イーグリットが必要だと。……だから、そんな怖い顔して聖剣を向けないでよ? プライスったら」
聖剣を鞘に戻しながら、いつもの笑顔に戻るステフ。
あまりにも速く、そしてダリアの首を掠めてしまうのではと思ってしまうくらい聖剣をダリアの首近くに向けていたので、思わず俺もステフに聖剣を向けていた。
これが、今のステフの実力なのか。
もし、ステフが敵だったら。
そんな事を考えるだけで、冷や汗が止まらない。
そんな俺の心情など気にせず、ステフは話を続ける。
「あれ? エリーナ義姉さんから聞いた話だと、アザレンカっていう女勇者もいるって聞いたんだけど、どこ? その子も試したかったんだけどな。私とプライスにとって必要なのかどうかを」
「アザレンカなら、別行動だ。領主の家に先に入って、死霊騎士を操っている魔法使いと中で領主を軟禁している奴らを片しているさ」
ステフの疑問に俺は答える。
しかし、その俺の言葉にステフから返ってきた返答は俺が想定していた以上の最悪のケースだった。
「え、嘘? 今、領主の家の中にエリーナ義姉さんどころか、セリーナまでいるわよ? しかも、二人とも魔剣を持って」
「!?」
な、何だと。
エリーナ姉さんだけじゃなく、セリーナまでいるだと?
しかも、どっちも魔剣を持っているだって?
「早く言えよ! ステフ! アザレンカが危ない! さっさと領主の家に行くぞ!」
「ご、ごめんプライス。まさか別行動を取っているなんて思わなくて」
「謝罪は後で良い! 取り敢えず今はアザレンカ救出が先だ! ダリア、ステフに……」
「もうとっくにステファニーには強化魔法を掛けているわ! 行くわよ!」
「流石だぜ!」
「うわっ、なんか力が溢れてくる……」
急いで俺達は領主の家へと入っていった。
◇
「な、何だこれは……」
領主の家に入って、俺達の目に入った玄関の景色は、外とは比べ物にならないほどの地獄だった。
ボーンプラント領主の家の執事やメイド、それだけではない。
幼い子供や、若い女性といった様々な人間の死体がそこら中に転がっていたのだ。
「……ま、まさかこれをやったのは」
「……セリーナよ。私がここに来た時にはもう手遅れだった」
「……そうか、セリーナか」
聖剣を持つ手に力が入る。
殺す。
セリーナだけはここで必ず殺す。
ベッツ家の人間や王家に報復をされるかもしれなくても、セリーナだけは必ず殺す。
あいつを生かしておいても何の意味が無い。
むしろ、ベッツ家がセリーナを自由に扱っているせいで簡単に人が殺されてしまっている。
そんな事は、絶対に許されない。
「……どこで道を間違えたのかしらね。セリーナも、王家も」
ダリアは涙を流しながら、無残に殺された人々に手を合わせていた。
ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返し謝罪の言葉を呟いて。
一時間程前の幸せな気分とは、真逆の最悪な気分だ。
本当に気分が悪い。
散々クソみたいな話を実家で聞かされた時も気分は最悪だったが、今は比べ物にならない。
それくらい気分が悪すぎる。
せめて無事でいてくれ、アザレンカ。
お前がもし殺されていたら、俺はもう人間でいられなくなるだろう。
セリーナと同じように、自分の力を存分に使って自分の気に入らない奴らを殺すだろう。
手始めに、実家を聖火で焼き尽くすだろうな。
そして、クソババアと親父を灰にしてやるんだ。
お袋の目の前で。
でもそんな事はまだしたくない。
完全に奴らの悪事を白日の下に晒して、国民の目の前で裁きを下すんだ。
だから、そんな事にならない為にも、無事でいてくれアザレンカ。
そう願いながら、広い領主の家を探す。
一階にアザレンカの姿は無かった。
二階に行く為に、俺達は階段を登る。
すると。
「……こ、これは。ア……アザレンカが持っ……ていた剣。そ……そんな」
ダリアは、大粒の涙を流しながら階段で立ち尽くした。
そんなダリアを無言で俺は引っ張り階段を登る。
血まみれの剣?
もしかしたら、セリーナの血かもしれないだろ?
あいつだって勇者なんだ。
勝つかもしれないだろ? セリーナに?
だから、階段を登り切って。
二階の廊下で。
俺達の目の前で。
水色の髪の少女が血まみれで倒れているわけなんか無いんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます