第43話 死霊騎士達を燃やす聖なる炎の海、元婚約者との再会
「予想通りだ。人の姿がほとんど無いな」
ボーンプラントの中心部である、卸売市場周辺に俺達三人は来たが、人の姿は全く無い。
ラウンドフォレストと違い、酒場や娼館などの夜の店の街として有名な訳でも無いし、なんだったらそんな店はほぼ皆無に等しい。
早朝ならそれなりに人がいるのだろうが、正直ボーンプラントで夜遊ぼうなんて奴はいないだろう。
だから、こうして夜中に来ている訳だが。
「ねえプライス、あれかな? 死霊騎士って」
今回も既にダリアには俺達の能力を限界まで上げて貰っている。
視覚を強化された状態のアザレンカが、かなり遠くの方に見える騎士らしき存在を指差す。
……何だありゃ。
騎士の格好はしている。
だが、生きている人間とは思えないほどフラフラと歩いている。
仮にあの騎士が生きているのだとすれば、まるで酒を飲んで泥酔しフラフラと歩き回る酔っ払いみたいだ。
流石に夜の街の巡回中に泥酔するほどバカじゃ……。
いや、ここに派遣されている奴らならあり得るが、夜中に一人で巡回するのもあり得ないし、流石に人気の無いボーンプラントの夜中に泥酔状態で歩くなんて怖くて出来ないだろう。
そんな事を考えている時だった。
「「!?」」
ぐりん。
ただ遠くからこうして見ているだけなのに、そんな音が聞こえてきそうな位には衝撃だった。
「……見たか? アザレンカ」
「あ、あり得ないよね。首があんな所まで回るなんて。しかもあの顔色、あれは間違いなく死人だよ」
俺達の気配に気付いたのか、フラフラと歩く騎士の所で何かあって振り向いたのかは分からない。
だが、あんな風に首が回る人間? は初めて見た。
身体は正面を向いているのに、首だけ真後ろを向き、そのまま一周してしまうのではないかと思ってしまうほどだ。
試しにやってみたが、俺には出来ない。
なんならちょっと、首を痛めた。
アザレンカもやってみて確認し、あの騎士が人ならざる存在だということの確信を深めたようだ。
「……何やってるの?」
そんな俺達を見て、ダリアは怪訝な顔をしながら不安そうにする。
これは仕方ない。
ダリアには騎士の存在が見えていないのだから。
遠くを見ていると思ったら、突然首がどこまで回るかなんてやりだすパーティーメンバーを見たら不安になるのも当然だろう。
何なら俺も、そんなパーティーメンバーを見たら不安になる。
「いや、死霊騎士っぽいのが遠くにいたからな。半信半疑だったけど、どうやら本当みたいだ」
「プライス達の行動から察するに、あり得ない所まで首が回ったといった所かしら?」
「ご名答。ありゃ、人じゃねえわ。顔も青白いし」
「これが千もボーンプラントにいるって怖いですね……。街の人達も夜全く出歩かない訳ですよ」
それは違うぞ、アザレンカ。
元々ボーンプラントは人も大していない田舎だし、夜出歩く価値があるほどの店が無いだけだぞ。
と言いたかったが長くなりそうなので辞める。
気を取り直して、ダリアとアザレンカに作戦の詳しい中身を話し始めよう。
「ボーンプラントの領主は、自分の家に軟禁されている状態らしい。何しろイーグリットのもう一本の聖剣がどこにあるか知っている訳だからな、逃げられたら困るんだろう」
周囲を確認をしながら建物の陰に隠れ、ボーンプラント領主の今の状況を話す。
「つまり、領主の家に近付くにつれて死霊騎士も増えるって事だよね?」
「そういう事だ、アザレンカ。だから、アザレンカには先に領主の家に入って貰う。操っている魔法使い連中が前線に出てくる事なんて無いからな。恐らく、領主の家の中の安全な場所から騎士達の死体を操っていると思う」
「そこには当然、貴方の元婚約者も?」
「……だろうな」
ダリアの言葉に思わず聖剣を握ってしまう。
いよいよか。
二年ぶりの再会が、こんな再会になるなんてな。
ステフとの再会なんて本来であれば喜ばしいことなのに、気が重い。
爺様達や俺の家族達は、口を揃えてステフがまだ俺を好きでいると言っていたが、本当かどうかは分からない。
正気でいるかも分からない。
もしかしたら俺を殺したいほど憎んでいるのかもしれない。
よく考えれば聖剣に選ばれたのに、縁談を破談にする原因を作った奴らの頼みを聞いてイーグリットにわざわざ来るのも腑に落ちない。
何か、裏があるのではと思ってしまう。
「きっと大丈夫よ、プライス」
「この戦いが終わったらステファニーさんの事、僕達に紹介してねプライス? 美味しいもの一緒に皆で食べよ?」
俺の心境を察したのか二人は元気付けてくれた。
そうだな。
この戦いが終わって、落ち着いたらステフを入れて俺達四人で食事か。
それも良いかもしれないな。
「ああ、ありがとう」
そして俺達は、ボーンプラント領主の家へと向かう。
◇
「……拍子抜けするほど簡単に着いたな」
俺達三人は、ボーンプラント領主の家に着いていた。
場所はグリーンさんから聞いていたので、卸売市場から大して遠くない事は分かっていた。
だが、ここに着くまでの道のりで死霊騎士に十数体ほど遭遇しただけで特に障害が無かったのも不気味だ。
しかも、ダリアの強化魔法のお陰で確認できる範囲が格段に広くなっているから、容易に死霊騎士達の不意を突ける。
見つけた死霊騎士達は、聖火の力で灰にした。
回収してやりたかったが、生憎そんな状況ではない。
灰の回収は全てが終わったら行おう。
そして、しっかり供養してやらないとな。
「私達に早くここに来て貰いたいと思っているのかしらね?」
ダリアは、この状況を疑いだす。
ダリアの言おうとしていることは分からないでもない。
街には戦力を敢えて割かない。
そうすれば、俺達はすぐにボーンプラントの領主の家へと着くだろうと。
まるで、第一王子派の手のひらで踊らされているような。
そんな感じがしてならなかった。
「プライス。僕は正門じゃなくて別ルートから領主様の家に入ろうと思う」
アザレンカは、正門からではなく違う場所から領主の家に入ろうと試みているようだ。
それが正しいだろう。
俺も嫌な光景を見てしまった。
「マジかよ。正門抜けてすぐに数十体。家に近付くにつれて死霊騎士の数が増えていって、……そして家の近くにはステフか」
「あの黄色い髪の人? うわあ……すっごい綺麗だ……しかもスタイルも抜群じゃん……」
間違いなかった。
あの美しく黄色い髪。
そして、遠くから見てもわかる聖剣の威圧感。
間違いない、ステフだ。
……何でアザレンカはステフを見て、自分の体型を気にしだしているんだ?
もっと早くから気にしろよ。
「アザレンカ。別行動を取るなら、これを持っていきなさい」
「あ、ポーションですね。ありがとうございますダリアさん」
ダリアは、アザレンカにポーションを複数個渡す。
アザレンカには、俺も魔法を出し惜しむなと伝えていたから、当然だろうな。
いくらアザレンカの魔力量が優秀で、ダリアの強化魔法の恩恵を受けているとはいえ、
「領主様の敷地内を見渡した限りでは、正門から家までに戦力を集中させているみたいだな」
「領主様の家の裏にある山の方には、全く死霊騎士とかいないね。家の中に騎士やエリーナさんがいるのかな?」
「もしそうだったら、すぐに逃げろ。エリーナ姉さんを引き連れて来ても構わない。お前が殺されるよりはマシだ」
俺はアザレンカに念を押した。
するとアザレンカは笑って。
「分かってるって。プライスこそ、ダリアさんをしっかり守るんだよ?」
そう言って、アザレンカは領主の家の裏の方へ向かっていった。
「俺達も行くか、ダリア。幸いな事に死霊騎士しかいないみたいだからな。容赦することなく聖火で灰にすることが出来る」
「頼んだわよ、プライス」
閉められていた門を開け、敷地内に入る。
すると、正門近くにいた死霊騎士達が俺達に気付き襲い掛かってきた。
なるほど。
敵を見つければこんなにも早く動くことが出来るのか、こいつらは。
確かにこれは、戦場で普通の兵士相手に戦わせるんだったら戦力になりそうだな。
……ま、俺が相手じゃ灰になるだけだがな。
「
聖剣を抜き、切先を死霊騎士達へ向ける。
刃は聖火に包まれ、勢いよく聖火が切先から放たれた。
「す、凄い……」
あっという間に数十体の死霊騎士達は聖火に包まれ、苦しみながら地に倒れる。
……ダリアは、凄いなんて驚きながら言ってるけど、俺の方が驚きなんだけど。
聖火の威力が滅茶苦茶跳ね上がっているんだが?
どんだけダリアの強化魔法って万能なんだよ。
お前の方が凄いわ。
若干、ダリアにドン引きしつつ俺達は進む。
これは嬉しい誤算だ。
こんなに楽に死霊騎士達の軍隊を倒せるとは思っていなかったからな。
……こんな簡単に倒せるならアザレンカと別行動を取らなきゃ良かったな。
まあ、ある程度領主の家の中の敵の戦力を削って貰えれば楽ではあるが。
「ねえ、プライス? 火は消さなくて大丈夫なの? 流石に救うためとはいえ、建物以外の敷地内が灰になっていたら怒られるんじゃないの?」
「心配するな。聖火は俺が燃やしたいと思う物を燃やし尽くして灰にすれば、勝手に消える。俺がここの庭や設備とかを燃やしたいと思っているなら、別だけどな……って、増援のお出ましか。聖火!」
次々と出てくる死霊騎士達を聖火で燃やしながら進んでいく。
そして。
「後は、お前だけだぜ? 久し振りだなステフ!」
広い領主の敷地内を進み、俺達はステフと数百体の死霊騎士が待つ領主の家の前に着いていた。
俺はステフに聞こえるように大きな声で話し掛ける。
ステフは反応しない。
いや、反応していたのかもしれないが、気付かなかったのかもしれない。
数百体の死霊騎士達が一斉に俺達に襲い掛かってきたから。
「ちょっとプライス!? 大丈夫なの!?」
「折角の再会なのに、こんなに邪魔者がいたんじゃ素直に喜べないだろ? まとめて片付けるんだよ!
聖剣の切先から今までとは比べ物にならないほどの勢いで聖火が数百体の死霊騎士達へ放たれる。
お陰で辺り一面見渡す限り火の海だ。
だが、これでステフとの再会を邪魔されずに済む。
すると火の海の向こうから、一つの人影が近付いてくる。
ああ、何故だろう。
辺り一面は地獄だ。
理不尽に殺され、死んでも尚利用された死霊騎士達の呻き声に、灰となっていく景色。
そして火の海。
その向こうにある家には魔剣を使ってくるような化物がいるかもしれない。
地獄だ。
大抵の人間はこんな場から逃げ出すだろう。
残ったとしても絶望するだろう。
現にダリアは震えながら俺の左腕へしがみついている。
だが俺はその目の前の景色や状況なんかどうでも良かった。
火の海の中から出てきた一人の女性に惚れ直していたから。
ああ、綺麗だ。
二年前と……いや、二年前よりも美しくなっている。
美しい花を思わせるような明るく綺麗な黄色い髪。
まるで人形かと思うようなスタイル。
そして、女神が現世にいるのならば、こんな声をしているのだろうと思ってしまうような声。
「ああ……愛しいプライス。会いたかった。やっぱりここで待っていて正解だった」
俺もだ。
俺も会いたかったぜ、ステフ。
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