第31話 王家の企み、怯えるセリーナ
セリーナは、グリーンが自分を哀れむようにして笑っていることに気が付いていた。
今のセリーナの心境には屈辱以外の言葉は当てはまらないだろう。
ただでさえ、自分より格下だと思っていたプライスが、騎士王の父親には警戒され、大賢者の母親と優秀な魔法使いの妹には応援されている。
更に目の前の彼女、ラウンドフォレスト領主であるグリーンまでもが、直接褒めるような事はしないが、高い評価をしている。
自分が所属している王国騎士団内でも、ライオネルの盗賊集団からプライスが第二王女を守ったという噂で、持ちきりになった事もあった。
この現状に、プライドの高いセリーナが不満を持たない訳が無かった。
「随分と、プライスを買っているんですね。勇者と第二王女が居なければ何も出来ない、定職にも就かず、王都から逃げ出したベッツ家の恥の事を」
グリーンに、貴女の見る目が無いんじゃないか? と言わんばかりに呆れながら、セリーナはプライスの悪口を言う。
「自分より格下だと思っていた弟の監視をさせられてセリーナさんも不満なのね。可哀想に」
グリーンもグリーンで、セリーナに対しての哀れみを含んだ笑顔を一切崩さずに、今セリーナが一番言われたくないであろう事実をあっさり指摘する。
「……ちゃんとした監視役は他に居ますので。私がラウンドフォレストにいるのは、領主様が何故王家の意に反するような行動を取ったのか、父上に聞いてこいと命令されたからです」
グリーンに対し、その指摘は見当違いだとアピールするかのように言い訳するセリーナ。
「私がプライス達の監視もしていたのは、領主様と会っている事がバレれば色々厄介だったからだけで、プライスよりも聖剣を持っている勇者と強力な強化魔法を使える第二王女の方が第一王子派の私達は警戒すべきです」
「ちょっと、私は第一王子派じゃないわよ? 勝手に第一王子派扱いしないで頂戴?」
「王家に従うと言うのなら、王家が次の王には第一王子だと決めている事に対し、賛成しないのはおかしいのでは?」
セリーナとグリーン。
二人だけの部屋の空気は最悪だった。
重苦しく、切っ掛けを与えてしまえば言い争いになってしまうような。
いや、王国の騎士と街の領主という身分が二人に無ければ、とっくに喧嘩を始めていたのかもしれない。
「……話を変えましょう。前々から聞きたかったんだけど、第一王女は何で次の王候補から外れたの? 王候補から外れた直後にマリンズ王国へさっさと嫁がせたのも驚いたけど」
このまま次の王は誰が相応しいのかと話していても、セリーナは第一王子だとしか言わないだろうと思ったグリーンは、話を変える。
次の王候補は三人いた。
第一王女、ユリア・イーグリット。
第一王子、ジョー・イーグリット。
第二王女、ダリア・イーグリット。
しかし、次の王候補が三人いるとは言われていたが、大本命は第一王女のユリア・イーグリットだった。
王家だけでなく、国に仕える騎士や魔法使い達からの人望も厚く、国民からも愛されていたからだ。
だが、その第一王女は急に次の王候補から外され、イーグリットの南東方面にある隣国、マリンズ王国の王家へと嫁ぐ事になった。
これが二ヶ月ぐらい前の話だ。
何故、第一王女が次の王候補から外されたのか。
その理由はグリーンも知らされていなかった。
いくらグリーンがラウンドフォレストという街の領主とはいえ、所詮ラウンドフォレストはイーグリットの南端の街。
王都から距離が離れている上に、プライスみたいに
王都からラウンドフォレストへ派遣されている騎士や魔法使い達も第一王女が急に王候補から外れた理由は勿論知らないし、聞かされる訳も無い。
第一王女が王候補から外れた事を知っているとすれば、王家の関係者かイーグリット内でもかなり上位の貴族。
そして、騎士王と大賢者という国の中心人物が二人もいるベッツ家の人間しか知らないだろう。
丁度目の前には、そのベッツ家の人間がいるのだから、グリーンはダメ元で聞いてみようと考えた訳だ。
「第一王女が次の王候補から外れた理由など聞いてもしょうがないでしょう? 私は領主様にこの事を話してこいと父上に命令された訳でもありませんから」
わざとらしく、しらばっくれるセリーナ。
私から情報を聞きたいのなら、まず貴女がこちらの聞きたい情報を話したらどうかと答えているようなものだ。
第二王女派ではないとはいえ、何故第二王女の得になるような事をしたのか?
そして、何故プライスに第二王女を次の王にする為の推薦状を渡したのか?
セリーナはこの二つの質問の答えを自分の口から聞かない限りは、こちらの聞きたい情報を話さないと思ったグリーンは正直に自分の考えを話す。
「そうね、私も話さなきゃいけないことがあったわ。貴女を含めたベッツ家の人間、そして王家の関係者には」
「でしょうね。では、話して下さい」
「聖剣に選ばれたのは、勇者アザレンカじゃなく、貴女の弟プライス・ベッツよ」
「!? 」
グリーンの言葉にセリーナはかなり驚いた。
自分がグリーンから聞かされるであろう情報にまさかプライスが聖剣に選ばれた、など微塵も考えていなかったからだ。
驚くのも当然なのかもしれない。
散々バカにしてきた弟が、格下だと思っていたはずの弟が、実力不足を嘆いて王都から逃げ出したはずの弟が、聖剣に選ばれたというのだから。
「冗談は辞めてください、領主様」
「冗談なんかじゃないわ。貴女は認めたくないだけでしょう? プライスさんがいつの間にか貴女よりも格上の存在になった事を」
セリーナは、内心ではグリーンの事を今すぐ殺してしまいたいぐらいには怒り狂っていた。
ただでさえ高いプライドを持つセリーナを煽るようなグリーンの数々の言葉と、プライスへの嫉妬。
そして、誤算。
それらが混ざりあって、今はただただグリーンへの殺意に変わっていた。
「あら、そんなに怖い顔しちゃって。でも良いの? 私に何かあればプライスさんはきっと貴女を殺すわよ? その為に彼が望むであろうことをしてあげたんだから」
「……どうして領主様が第二王女派だと疑われるような事をしたか分かりましたよ。第二王女ではなく、プライスを味方にしたかったからですね」
「そうよ。貴女も知ってるでしょう? 聖剣一本で国が滅んだケースなんて珍しくないでしょう?」
グリーンの言葉にセリーナは頭を抱えたくなった。
聖剣の恐ろしさは自分達が一番分かっている。
聖剣のお陰でイーグリットはライオネルといった好戦的な国家から守られていたのだから。
だからこそ第一王子派は、勇者アザレンカが聖剣に選ばれないことを分かっていて敢えて聖剣を与えていたのだ。
何故なら自分達の計画に勇者や聖剣に選ばれた者は必要無かったから。
無能で人望の無い第一王子を次の王にして、傀儡の王にさせて自分達が実権を握る。
これがベッツ家を始めとした王家関係者が考えていた計画。
聖剣に選ばれた者に意見されると、自分達の思い通りに国を動かせない。
それで勇者と聖剣はこの計画に不要という話になったのだ。
では何故、セリーナは頭を抱えたくなっているのか?
そう、セリーナはこの計画に一枚噛んでいた。
反対して、王都を離れようとした騎士や魔導士を殺すという汚れ役として。
だからこそこの計画はセリーナにとっては成功させなければいけないのだ。
この計画が失敗すれば、自分が処刑台へ行くのは確定なのだから。
しかし、プライスが聖剣に選ばれたとなると話は大きく変わってくる。
パワーバランスが崩れてしまうのだ。
勇者であるアザレンカ、強化魔法のスペシャリストのダリアもいる。
この三人がその気になれば王都など壊滅させられてしまうだろう。
更にセリーナを悩ませるのは、プライスがセリーナ達や王都の人間、そして第一王子の事を酷く嫌っているということ。
つまり、プライスにこの計画が知られれば容赦なく自分達は殺される。
殺していた側だったのに、殺される側へ立場が変わるというのは、絶望でしかない。
「あら? どうしたの顔色? すっごく青くなっているけどそんなに気分が悪くなること? プライスさんが聖剣を使える事と、そのプライスさんが私達の味方になることが?」
グリーンは相変わらず笑いながらセリーナを煽る。
「……急用を思い出しました。王都へ戻らせて頂きます」
セリーナは、これ以上ボロを出すことを恐れ、足早に立ち去ろうとする。
「ちょっと、第一王女が次の王候補から外れた理由、教えて貰って無いんだけど?」
「……簡単な話ですよ。王の剣に選ばれなかった。それだけです。では失礼致します」
本来なら、教えるつもりでは無かった情報だが、これ以上ボロを出すよりもマシと考えたセリーナは第一王女が次の王候補から外れた理由を言って、部屋から出ていった。
「……王の剣に選ばれなかったのね、第一王女は。……でも、第一王子が選ばれると思っているのかしら?」
セリーナが残した情報に納得する一方で、第一王子派にグリーンは呆れていたのだった。
◇
グリーンの家から出たセリーナは急いで馬車に乗り王都へ帰還していた。
早くプライスが聖剣に選ばれたという情報を教えなくてはならない。
そう考えたから。
「……プライス達は次はどの街に推薦状を貰いに行ったんだろうな。まだ時ではないが聖剣には聖剣だ。その為に我々は第一王女をマリンズ王国へ嫁がせたのだからな」
聖剣同士の戦いなど、下手をすれば街もその街に住んでいる住民すら滅ぼす危険があるのはセリーナも承知している。
だが、プライスを殺さなければ、計画は失敗し殺されるのは自分自身なのだ。
セリーナには街などを心配している余裕はないだろう。
「フッ……だが、プライスだ。その相手がかつて将来を誓いあった仲の人間ならば殺せまい」
セリーナは何故か笑っていた。
確かに窮地だ。
だが、切り札ならこちらにもあると。
そう自分に言い聞かせ恐怖を抑えるように王都へと戻った。
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