第30話 全てが、動き出す
グリーンさんに旅の資金を貰ってから十日以上経過していた。
ようやく、俺達は次の街へと着く事が出来る。
……何故、十日以上経ったかって?
パーティーメンバー三人の内二人が普通の人間よりも体力が無いからだ。
ダリアは王女だしまだ分かるが、アザレンカは勇者なのに体力が無さすぎなのでは?
ダリアの体力向上とアザレンカのダイエットを兼ねて、徒歩で次の街に移動しようとしたのは失敗だったかもしれん。
ようやく、目的地の街がある東の方向へ進み、夜になったらラウンドフォレストに
次の街へ行く準備が終わったので宿屋を出る。
宿屋の前で今度こそ次の街へと瞬間移動が出来ると喜んでいる俺達三人。
そんな俺達を見て、呆れている女性が一人。
「……ねえ? いつになったらスパンズンへ着くの?」
そりゃ呆れるのも当然だろう。
何せノバは、十日以上も宿屋に来ては俺達の見送りをしていたのだから。
グリーンさんは俺達が徒歩でスパンズンへ向かうと聞いて、こうなるんじゃないかと薄々気付いていたのか、一度も見送りには来なかった。
まあ、領主なんだからノバと違って暇じゃないだろうし。
生活のサポートをして貰えているだけでもありがたいと思わなくては。
……でも、こんな生活してたらサポートを打ち切られそうだな。
「グリーンさん、もしかして怒ってるか?」
不安になった俺はノバへ聞いてみる。
「別に、怒ってないよ。超巨大クラウンホワイトを一人で倒すような化物と勇者と第二王女のパーティーに文句なんて言う訳無いって。むしろ、領主としてプライスにとても感謝していたよ」
「それなら良かった。って、化物扱いかよ」
ノバ曰く、グリーンさんは俺と二人で話した次の日に、掃除業者と一緒に洞窟内で聖火によって大量の灰と化したクラウンホワイトと、聖剣によって無惨に切り落とされたクラウンホワイトの四本の足を見てきたらしい。
だから文句を言わないのかもな。
「スパンズンと言えば、海辺の街だよな。というか海産物が有名な事しか知らん」
「これだから、王都出身者は……。スパンズンはそれだけじゃないよ、海から離れた所では温暖な気候を利用した高級フルーツの栽培も有名だよ」
「……俺ら、スパンズンに何の為に行くんだ? 本当なら北へ進んでボーンプラントに行きたかったのに」
ノバとの会話をする限り、スパンズンはただの田舎の街だ。(失礼)
同じ国にあるのに、行った事が無い位にはそんなに有名ではなく特徴の無い街。
だって、海なら王都だって面していたし。
高級フルーツはラウンドフォレストの方がイメージあるし。
そのせいか、ダリアもアザレンカもスパンズンに行くのは初めてだという。
まあ、俺が行ったこと無い時点で瞬間移動は不可能なんですけどね。
だから、俺が行った事のあるラウンドフォレストの北側へある街、ボーンプラントに行こうとしたのだが、グリーンさんにボーンプラントに行く前にスパンズンへ行きなさいと言われたのだ。
「……何か気になるよね。当の本人は気にしていない様子だけど」
「ボーンプラントで、悪い噂になっている"氷の女勇者"の事だろ?」
俺達がボーンプラントへ行くのを辞めたのは、グリーンさんにスパンズンへ先に行くように言われただけではなく、ボーンプラント内で忌み嫌われている存在、氷の女勇者というのが気になったからだ。
今のイーグリットの勇者はアザレンカで女。
しかも、氷属性の魔法が大の得意。
……これはアザレンカの事を揶揄しての事なんだろうか。
それとも、他国の女勇者がボーンプラント内でただ暴れているからそう名付けられたのかは分からない。
しかしまだ、俺は完璧に聖剣を扱える訳では無い。
それに、ダリアもアザレンカもまだまだレベルアップする必要はある。
それなのに他国の女勇者と正面から真っ向勝負する羽目になったら分が悪いし、何より街に被害が及ぶので、後回しにしようという結論になった。
……というか、他国の女勇者がボーンプラントに何の用があるんだ。
ボーンプラントなんて街を少し外れれば田んぼばかりで米が特産品という印象しか無いぞ。
まあ、イーグリットで生産されている米の確か四割程はボーンプラント産だから必要な街だけど。
「ねえねえノバさん? スパンズンのお土産は何欲しい?」
「プライス? スパンズンの特産品の苺はとっても甘くて美味しいのよ? 王都にいた時、良く食べていたけど、一度現地で食べて見たかったのよね」
「「……」」
話をしている途中、俺達は二人にそれぞれ話し掛けられたが、呆れて何も言えなかった。
ダリアとアザレンカがやけに盛り上がっていると思ったら、食い物と土産の話をしていたのかよ……。
俺とノバは真面目な話をしていたというのに。
……まあ実際、スパンズンに行く意味は正直俺も分かっていないから仕方無いと言えば、仕方無いのだが。
◇
「じゃあ二人とも準備は良いか?」
「大丈夫だよ」
「問題無いわ」
人気の無い宿屋の裏側で、俺はいつものようにダリアとアザレンカに抱き付かれる。
そしてノバはここに人が来ないように見回りをしつつ、俺達を見送る。
……こうやってノバに俺達三人が見送られるのは果たして何度目なんだろうか。
もう何回目か忘れたぞ。
「じゃあ、今日こそスパンズンに行ってくるから」
「取りあえず、気を付けて行きなよ? 第二王女もアザレンカもだからね?」
「……あはは、何回目だろ。このセリフ聞くの」
「……仕方無いわ、私達が体力が無いのが悪いのよ」
二人も薄々気付いていたのか、少し申し訳なさそうに笑う。
そんな二人を抱き寄せ、また同じようにいつもの魔法を詠唱する。
「瞬間移動!」
俺達三人はスパンズンへと向かった。
◇
プライス、ダリア、アザレンカの三人がスパンズンへ向かった頃、ラウンドフォレスト領主グリーンの家の客間にはとある人物がいた。
「王国騎士団って、王家に仕えて国を守る組織だと思っていたのだけど、王家の人間の行動を監視みたいな事もするのね? 知らなかったわセリーナさん?」
プライスの姉にして、ベッツ家の長女セリーナ・ベッツがラウンドフォレストに来ていたのだった。
勿論、この事をプライス達は知らない。
「……領主様、お聞きしたいことがあります。王家は第二王女への協力をするなと要請をしたはずですが?」
セリーナがラウンドフォレストへ来た理由は、グリーンが王家の意向を無視し何故第二王女へ協力したのかというものだった。
グリーンは笑いながら答える。
「私は第二王女に協力なんてしていないわ。現にプライスさんには次の王に第二王女が今のままでは相応しいとは思えないと伝えたし」
グリーンは、嘘は付いていない。
だが、グリーンがやった行動は明らかに第一王子派からすれば、第二王女への協力にしか見えなかった。
「なら何故、"推薦状"をプライスに渡したのですか? しかも第二王女の名前を書いて? こちらに派遣していた騎士から報告がありました。あれはそれぞれの街の領主クラスが次の王に相応しいと思う者へ渡す物だと私は聞かされていましたが?」
嘘を付くなと言わんばかりにセリーナは、食って掛かる。
返答次第では、グリーンは王家への反逆の罪に問われ牢獄行きだろう。
「決まっているじゃない? ラウンドフォレストの為よ?」
「ラウンドフォレストの為?」
グリーンの返答にセリーナは困惑する。
王家の意向に反して、第二王女へ協力する事が何故ラウンドフォレストの為になるというのか?
「監視していたのに気付かなかったの?」
「私が監視を始めたのは数日前からですから。しかも、私がここ数日で見たのは第二王女と勇者に抱き付かれた愚か者が移動魔法を使ってどこかへ行き、夜になったらラウンドフォレストへ戻ってくるという奇行の繰り返しを見せられただけですが」
「ああ、それじゃ気付く訳無いわね」
グリーンはセリーナを哀れむように笑う。
プライスが、クラウンホワイトを倒したのは十日以上も前の話。
ノバがプライスと一緒に洞窟内へ行き、プライス達三人の凄さを知って、グリーンへ第二王女側を表明すべきだと進言したのはその翌日。
そしてノバからの進言があった翌日に、グリーンはプライスへ推薦状を渡し、その翌日には掃除業者に同行し、グリーンはプライス達の強さを自分の目で確認することが出来たのだ。
だからこそ、グリーンはセリーナを哀れまずにはいられなかった。
もしこのままプライス達の力を過小評価したまま実力行使に出れば、灰になるか凍死させられる彼女達が見えてしまったからだ。
その光景がグリーンに見えている為か、何をセリーナに言われようが動じることは無かった。
聖剣に選ばれた男は、自分が困っていると言えば、目の前の彼女をあっさり殺す冷酷さも兼ね備えているとグリーンは気付いているからなのかもしれない。
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