第17話 聖剣が……俺を選んだ?

「もういいよ、プライス。部屋に入ってきても」

宿屋の部屋の前で自分の部屋着を魔法で洗いながら待つこと十数分、アザレンカが体を洗い終わり、俺が用意した部屋着に着替え終わったみたいだ。


「入るぞ」

俺が部屋に入ると、水色の髪をした巨乳美少女が……巨乳美少女だったと言い直そう。

水色の髪をしたデ……ぽっちゃり女子が現れた。

確かに、洗ったお陰で髪も顔も体も含めて全体的にさっきより格段にキレイになっている。

なっているんだけどさ。


……俺の気のせいだろうか? アザレンカ、太ったような?


さっきまでアザレンカが着ていたボロボロな服の悪臭と体全体が汚れていた事に気を取られてたせいで気が付かなかった。

俺の男物の部屋着が今にもはち切れそうなくらいキツそうだ。

胸は分かるよ、胸は。

時々チラッと見えるお腹に大分お肉が付いちゃってるよ。

おかしいな、二ヶ月前に久し振りに会った時はこんなに太ってなかったはずなのに。


俺だってそんなに体が細い方じゃない。

むしろ、ここ二ヶ月の自堕落な生活のせいで、少し太った。

それでも、アザレンカに渡した部屋着は俺が着ても大分余裕があるはずなんだが。


「あのさ、プライス? 言いにくいんだけどさ……もうちょっと大きいサイズの部屋着無いかな?」

恥ずかしそうにアザレンカは代わりの部屋着が無いか聞いてくる。


……今の言葉で確信した。

こいつ絶対に太ってるわ。


どうやら、聞くべき事が増えたな。


「仕方ないな、ほら代わりの部屋着だ。後洗面器よこせ、中の水外に捨ててくるから……ってスゴい汚ねえ!」

「……あはは、一週間の汚れ。恐るべし」

大きいサイズの部屋着をアザレンカに渡して、アザレンカが使用した水が入った洗面器を受け取ると、洗面器の中の水が泥水並に汚くなっていたのが見えてしまった。


「……もういいや、これも燃やそう。アザレンカ、新しい部屋着に着替えて待ってろよ」

「ご、ごめんねプライス」

「ちょっと外に出てくる」


アザレンカが着ていたボロボロの服が入ったゴミ袋と泥水のように汚い水が入った洗面器を持って外に俺は出た。


そして宿屋の外で周辺に人が居ないことを確認して。


火炎フレイム

ゴミ袋と洗面器に初級火属性の魔法をかけて、燃やした。

洗面器は木で出来ていた為、あっという間にゴミ袋と一緒に燃える。


ウォーター

そしてある程度燃え切ったのを確認して水属性の初級魔法で火を消す。


洗面器とゴミ袋の灰がしっかり冷えた事を確認して、新しいゴミ袋に灰を入れて、宿屋の前に設置されているゴミ箱に捨てる。


汚いものは、燃やすに限るな。

そして誓った。

アザレンカは、毎日欠かさず体を洗わせようと。

アザレンカの事を絶対に痩せさせようと。

必ず、アザレンカを勇者として以前に、まず人としてどうにかしようと俺は強く誓って自分の部屋に戻った。



部屋へと戻った俺は大きなため息を吐いた。


「ど、どうしたのプライス」

「誰のせいだと思ってるんだ? 誰のせいだと? 俺が大きなため息を吐いてしまうのは?」

「……ぼ、僕です」

「自覚してるんなら良いんだ」


いや、自覚していなかったらアザレンカに攻撃魔法をぶっ放してた所だったよ。

割と本気で。


まずは何から聞こうか、アザレンカに。

どうしてそんなに太ったのかも気になるし、なぜ聖剣が使えないかも気になるし、今どのくらい宿屋に借金があるのかも気になる。


これで、宿屋以外にもお金が払えて無い店があるとか言われたらたまらんな。

体で稼いで貰うにもこんな身体じゃ稼げないし。

まあ、それは流石に冗談だが。


太ったのなんて、依頼もこなさずに食べてるだけだったらそりゃ太るの当たり前だしな。

聖剣が使えない事から先に聞くとしよう。


「それで? お前が持っているその聖剣は何で鞘から抜けないんだよ?」

「抜けないだけじゃないよ。この聖剣メチャクチャ重いんだよ」

「はっはっは、重い? 冗談だろ? その身体で?」

「聖剣でぶっ叩くよ?」


鞘に入ったままの聖剣で俺を叩こうとするアザレンカ。

うわっ、二の腕もぷるんぷるんじゃねえかよ。


けど、おかしいな。

勇者が聖剣を使えないなんて話聞いたこと無いぞ。

ごく稀に王家の人間や、俺の親父のように国で一番実力を持った騎士、ライオネルで言えば、将軍と呼ばれていた最強の兵士みたいな人が聖剣を使うパターンもあるが、それはその国が聖剣を複数所持している場合だ。

基本的には、勇者が聖剣を使う。


イーグリットには聖剣が二本あるって言われているが、その内の一本はまだ見つかっていない。


で、もう一本は勿論アザレンカが持っている物。

先代のイーグリットの勇者だったアザレンカの祖父、マルク・アザレンカが使用していた物に間違いない。

よくマルクには聖剣の鞘とかを見せて貰ったりしていたからこの聖剣が偽物だという事はないはずだ。


翼が刻印された柄に、赤色に光る鞘。

間違いなく、イーグリットが所持する聖剣だ。


「ちょっと貸してみろよ」

「ダメだ! いくらプライスでも! 勇者や選ばれた人間以外が触るとこの聖剣に宿る聖なる炎の力で火傷しちゃうんだから!」

「あ? そんなことあるわけねえだろ? マルク……じゃなかった、お前のじいさんでもある、先代勇者のマルク・アザレンカに何回か触らせて貰ったことあるぞ?」

「う、嘘だ! それじゃプライスもこの聖剣に選ばれているみたいじゃないか! 勇者どころか定職にも就いてないクセに!」


何てこと言うんだ、この女勇者は。

助けて貰った恩人、そしてこれからパーティーメンバーとして一緒に依頼をこなしていく人間に対して言う言葉じゃないだろ。

……まあ、今定職どころかアザレンカにパーティーに入れて貰えていなかったら無職だったけど。


「まるで、お前が勇者としてちゃんと聖剣も使えて依頼をこなしているかのような言い種だな?」

「うっ……それは」

「ボロボロで汚かったお前を助けたのは、お前が言うように勇者でもないし、定職にも就いてない男だけどなあ?」

「分かったよ! その代わり火傷したって僕は知らないからな! ほら、持ってみなよ!」


分が悪くなったアザレンカは、テーブルの上に乱暴に聖剣を放った。

現在の勇者が聖剣をこんな風に雑に扱う姿を先代の勇者が見たら、泣くぞ。


テーブルに置かれた聖剣の柄に触れる。

うん、やっぱりだ。

俺が触っても問題は無い。


「え!? プライス!? 聖剣に触っても何ともないの!?」

「だから、言ったろ? 俺は何回かこの聖剣に触ったことあるって。持ってみても良いか?」

「う、うん。重いから気を付けてね?」


アザレンカの許可を得たので、聖剣を持ってみる。

うん。

そりゃ、重い訳ねえよ。

大剣ならまだしも、どちらかというと片手剣に近いタイプの剣なのに。

軽々と持って、アザレンカに見せる。


「ちょ、ちょっとプライス!? 重くないのその聖剣!?」

「何で、片手剣に近いタイプの聖剣なのに持てないんだよ……贅肉じゃなくて筋肉つけろよお前さあ……」

「うるさいうるさい! 僕はまだ成長期なんだよ!」


縦、じゃなくて横にな。

流石にこの言葉は、頭を抱えて現実逃避しているアザレンカに言うのは辞めた。

これ以上騒がれるとダリアが、起きてしまうからな。


(……抜け)


ん? 何だこの声?

アザレンカの声でもダリアの声でもない声が聞こえた。

抜け?


(……聞こえているのだろう? 選ばれし者よ?今すぐ抜け。さすれば、お前が喉から手が出るほど欲しがっている力を与えてやろう)


誰の声だ?

アザレンカには聞こえてないみたいだ。

絶賛現実逃避中だし。


(……欲しいんだろう? そこで眠っている女を守れる力を? お前をバカにしてきた愚かな連中を見返す力を? ならば抜け、お前が欲しい力を我が与えてやる)


何なんだこの声の主は。

さっきから失礼な事ばっかり言いやがって。

ちょいちょい俺が気にしてる事ばっかりだし。


(……いいから抜けと言っているんだ。そうすればお前が憎くくてしょうがない騎士王の父親や、嫌いで仕方ない騎士の姉どころか、王都の人間が……いやイーグリットの全ての人間がお前に平伏すだろう。それが、王だとしても)


何なんだよ、この声の主は。

何で、俺の事を知っているんだ。


(……先代の勇者からお前の事は聞いていた。お前の実力を大層買っていた。だが、最終的には自分の血を引く孫娘を優先させた。次の勇者だからな。しかし、我に相応しいのはやはりお前の方だったようだ)


おいおい、とうとうこの謎の声と会話になっちゃってるよ俺。

マルクがアザレンカより俺の方が実力があると思っていた?

そりゃ、当たり前だ。

アザレンカは剣を扱うよりも魔法の方が得意だった。

しかも、俺のお袋と同じように氷属性の攻撃魔法が得意だったんだ。


(……我は氷の聖剣ではない。愚かな者どもを焼き尽くす、火の聖剣だ。ファイア竜巻ネードと言ったか?あれは素晴らしい。火属性と風属性を融合させて、火属性の上級魔法に匹敵する威力を持つ魔法をお前は取得した。騎士王と大賢者の間に産まれた男という身分も申し分ない。何より、お前には目的がある。第二王女を次の国王にするという)


気味が悪い。

何で、ここまで俺の事を知っているんだ。


(……先代の勇者は、孫娘に我を託した事を後悔していた。我が今の勇者である孫娘を選ばなかったからだ。そして、先代の勇者マルク・アザレンカは、息絶える前にこう言った。騎士王と大賢者の間に産まれた為に過小評価されている男に力を貸してやってくれと。我はその最後の言葉に従うだけだ)


マルクが?

その言葉がマルクの最後の言葉なのか?

だが、そうしたらアザレンカはどうなる?

アザレンカは、勇者なんだぞ。


(ならば、その女勇者もお前が守ってやれば良いだろう? そしてその女勇者に相応しい聖剣をお前が一緒に探してやれば良い、では伝えたいことは伝えた。さらばだ)


「!?」


突然、聖剣が光り出した。

もう、聖剣の声と思わしき声は聞こえなくなった。


「プ、プライス!? 何で聖剣がそんな光ってるの!?」

「……知らん。ただ、抜けって聖剣がそう言うんだ」


恐る恐る柄を握り、鞘から聖剣を引き抜く。


「……抜けた」


聖剣を抜いたと同時に、体から何故か力が湧いてくる。

何故だかは、分からない。

だが、今なら親父とセリーナが二人で俺を不意に襲ってきたとしても勝てる気がする。


「プ、プライスが、プライスが、聖剣に選ばれちゃったーーーーー!!!!!」


静かな夜に、女勇者の悲鳴が響いた。

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