第16話 女勇者は一週間ぶりに体を洗う
「いつまでそうやって俯いてるつもりだ? アザレンカ?」
キャロのあの言葉が効いたのか、アザレンカは顔を一向に上げようとしない。
もう、二人とも夕食を食べ終わって食器は片付けられている。
食堂にいた人達も近くの酒場へ行ったり、自分の部屋に戻ったりなどしたためか、まばらになっていた。
流石に凹みすぎだろ。
まあ俺はあんな感じの言葉を王都で言われ続けたせいで、感覚が麻痺しているのかもしれないな。
アザレンカの場合、次期勇者候補としてチヤホヤされていた分、ここ二ヶ月の自分の現状と周りからの評価を受け入れられんのかもしれないしな。
「……笑えよ、プライス。こんな惨めな僕を笑ってくれ」
ようやく顔を上げたと思ったら、アザレンカは自嘲しながらヘラヘラと笑い出す。
いや、今のお前を見て笑えるかよ。
それに、アザレンカはヘラヘラしてるが、目が全く笑ってない。
今のアザレンカは、王都にいた頃の俺と似ているというのも勿論あったから、俺は笑う気にならなかったのかもしれんが。
「落ち込んでいても仕方ない。取り敢えず、金を稼ぐしか無いだろ。キャロの言い方もどうかと思うが、今のお前の現状からするとあんな事を言いたくなる気持ちも分かる」
ここで俺がアザレンカに対して慰めや励ましの言葉なんてかけてはいけない。
そんなことを言われる原因は今の彼女にあるのだから。
「そうだよな……やっぱりお金だよな」
「依頼なんて選り好みしてられないからな。俺達も手伝ってやるから報酬の高い依頼を受けて、手っ取り早く金を稼ぐぞ」
「本当かプライス! パーティーメンバーになってくれるのか!?」
思ってた以上に本当にヤバいだろアザレンカ。
俺がパーティーメンバーになるくらいで大喜びすんなよ。
一応お前勇者だろ。
今までのアザレンカのパーティーメンバーも、もしかして大した実力じゃなかったのか疑ってしまう。
「でも、プライスは王国騎士団か王国魔導士団に入る為の修行をしているって理由で、前誘った時は断ったのにどうして今回はパーティーメンバーになってくれるんだ? 僕は嬉しいけど」
さっきまで俯いていたのが嘘だったみたいに、笑顔でアザレンカは聞いてくる。
……うーん。
王都の人間が思っていたより役に立たなそうだったとか、王国騎士団や魔導士団かその両方にライオネルとの内通者がいるとか。
それと、新たなパーティーメンバーには
「取りあえず、詳しい話をしたいんだけどさ? その服捨ててくれないか? 新しい服あげるから俺の部屋で話そうぜ」
俺の部屋で詳細を話した方が他人に聞かれる心配も無いし、ダリアのこともスムーズに話せる。
何より、アザレンカの着ている服がやっぱり臭い。
頭痛くなってくる。
「そんな、夜の宿屋の部屋で二人きりなんて、一体僕に何をする気なんだプライス……。……で、でも、プライスなら……」
アザレンカが何やら急に顔を真っ赤にしてモジモジし始めた。
絶対こいつ何か勘違いしてるだろ。
「二人きりじゃねえよ。部屋にもう一人これから一緒にお前の為に金を稼いでくれるパーティーメンバーがいるから」
「さ、三人でするのか!プライス!」
「……」
何なの?こいつ。
誰だこんな、頭ピンクな奴を勇者に選んだ奴は。
思わず呆れてしまい、開いた口が塞がらなくなってしまった。
「だ……駄目だ! やっぱりプライス! そんなのは駄目だ! そういうことは最初は好きな人と二人で……」
「お前の着ている服が臭いから、話が頭に入ってこねえんだよ! この変態女勇者! さっさと部屋に来い!」
「え……? 服……? クンクン……うわっ……すっごく臭い……」
気 づ い て 無 か っ た の か よ 。
確かに離れていれば分からないけど、近くにいるとマジで頭が痛くなる位の悪臭だぞ? お前の着ている服。
生臭いっていうか……とにかく不快感のする臭いなんだよ……
「男物だけど我慢しろよ? ま、そのボロボロな上に臭い服よりは何倍もマシだけどな」
「ご、ごめん……」
露骨に凹むアザレンカを見て、流石に悪いなと思ったが、ボロボロの服を見直した。
やっぱり言って正解だと改めて納得し、ダリアのいる俺の部屋へと二人で向かった。
◇
「おーい、入るぞ」
部屋に掛けていた魔法を解除した後、自分の部屋とはいえ、ダリアがいるので入る前に一応ノックをする。
「……」
が、反応はない。
まだ、ダリアは寝ているみたいだ。
「まあ、取りあえず入れ」
「お邪魔しまーす」
ドアを開けてアザレンカと一緒に入る。
「……スゥ……スゥ……」
やっぱりダリアはまだ寝ていたみたいだ。
気持ち良さそうにスヤスヤ眠っている。
ベッドや枕が変わると眠れなくなる人もいるから心配していたが、ダリアは問題無さそうだ。
「……ねえ、プライス? 何で第二王女がここにいるの?」
寝ているダリアを発見して、アザレンカはガタガタ震えながら俺に小声で話し掛けてくる。
ここなら話しても大丈夫だろ。
隣の部屋の宿泊者はまだ帰って来ていないみたいだし。
「ダリアを次のイーグリットの王にする為だ。女王は第一王子を次の後継者に指名したみたいだが、俺はそれが納得いかない。だからアザレンカと俺とダリアで、実績を作りたいんだ。国民だけじゃなく王都の人間達が次のイーグリットの王はダリアだと納得させる為の」
俺は真剣なトーンでアザレンカに理由を話した。
そのお陰もあってかアザレンカも真面目に答えてきた。
「成程……どおりでプライスが協力するだなんて言い出した訳か……。第二王女が勇者である僕のパーティーメンバーとなって、イーグリット内や他国で実績を作れば、第二王女が後継者争いで優位に立てそうだもんね。第一王子は魔法とか全くダメらしいし、第一王女はマリンズ王国に嫁いだもんね」
「何だ、第一王女がマリンズの王子と結婚したの知ってたのか」
意外にも、アザレンカがイーグリット内の事をちゃんと知っていてビックリする俺。
ま、俺は第一王女が結婚してた事を農園でダリアに聞くまで知らなかったけどな。
「……そんなことよりさ、第一王子や第一王女の話はどうでもいいけど、第二王女って強いの?」
寝ているダリアを親指で差しながら、笑うアザレンカ。
第一王子が魔法が全く使えないとかあのザマなんだから、実力を疑ってしまうのも仕方ない。
それに、アザレンカは恐らくダリアが戦場で王国騎士団や魔導士団達のサポートをしていたことを知らないだろうからな。
アザレンカが王都に来るのなんて先代の勇者だったアザレンカの祖父が王都に来る時に、同い年だから遊び相手になってくれって、連れてこられる時ぐらいだったし。
「まあ、戦闘能力は皆無だけど、サポートに関しては一級品だぜ? 俺を賢者レベルの魔法使いにするぐらいにはな」
実際ダリアの強化魔法は一級品だ。
光属性の初級魔法を上級魔法並まで威力を跳ね上げたんだし。
「へー意外だな。だったら心強い味方になりそうだね。うん、パーティーメンバーとして歓迎するよ」
拍子抜けしてしまうほど、あっさりアザレンカはダリアの事をパーティーメンバーとして認めてくれた。
これでこちらが説明することは何も無い。
王都であったゴタゴタ以外は。
……王都のゴタゴタは話すと長いからいずれ話すことにしよう。
「取りあえず、一旦俺は部屋の外に出るから体や顔を拭いて、これに着替えてくれ。
洗面器に魔法で出した水を貯め、タオルと俺の部屋着を出す。
「やった! 一週間ぶりに体を洗えるよ!」
「……」
思わずアザレンカの言葉に俺も何も言えない。
どおりでアザレンカの服が臭いわけだ。
一週間体を洗っていないって事は、あの服のボロボロ具合から察するに一週間洗わずに着ているって事だろうし。
あの服は、後でこっそり魔法で燃やそう。
「水浴びも金掛かるもんな。ま、俺がいれば飲んでも美味しい上に栄養価は抜群、肌にも優しい水が出るから、これからは困らないぞ」
「うんうん、それだけでもプライスをパーティーメンバーに入れた価値あるね! やっぱり!」
こんなやり取りをしていたが、一つ俺は疑問に思った。
……水浴びって確か、銀貨一枚で出来たよな……?と。
それが出来ない程金ねえのかよ、アザレンカ。
「じゃ、俺部屋の外で待ってるから。お前の着ている服はゴミ箱に入れろ。そして入れたらすぐゴミ袋を閉じろ? いいな?」
「う、うん。……ごめん」
そう言って俺は部屋の外へ出て少しの間部屋の前で待った。
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