第二章 聖剣は女勇者を選ばない
第15話 女勇者アザレンカの惨状
食堂は、席の半分ほどが宿泊客で埋まっていた。
さて、アザレンカはどこにいるのだろう。
ガヤガヤと騒ぐ宿泊客達を横目に、俺は二ヶ月以上もの間宿賃も飯代も払っていないという最早勇者と呼んで良いのか迷ってしまう存在を探す。
……おかしいな、いないぞ。
食堂内でアザレンカが座っているテーブルを探すも、アザレンカの姿が見つからない。
確か、赤い鎧を装備していたはずなんだが。
赤い鎧を着た女性は一人もいない。
キャロにもアザレンカが食堂にいるから、俺からも何か言ってやってくれと頼まれるぐらいなんだから、いない訳は無いんだがな。
一人、気になる存在はいたが。
……何だ、あのボロボロな服を着ている女は。
一人ぼっちで夕食を食べているのは変じゃないが、髪もボサボサな上に体や顔は汚れているし、何より着ている服が何者かに引き裂かれたのかと思ってしまうぐらいにはボロボロだった。
まさか、アザレンカじゃないだろうな……ってアザレンカ!?
気になっていた存在は下を向いて俯きながら食事をしていた為、顔をよく確認しないと分からなかったが、間違いない。
あれはイーグリットの王国の現在の勇者、アレックス・アザレンカだ。
見間違えなんかじゃない。
俺は慌ててアザレンカの座っているテーブルに向かう。
「……隣空いてるか?」
アザレンカの座っているテーブルに着いた俺は話し掛けた。
すると、アザレンカはこちらも振り返らず呆れた口調で
「悪いけど、僕こう見えて勇者なんだ。夜伽の相手なら他当たってくれないか。こんなボロボロの格好をしているけど身体までは売るつもりは無いよ」
と返してきた。
ああ間違いない。
この男勝りな話し方に、もう少女という年でも無いのに一人称が僕とかふざけている女。
アザレンカだわ。
彼女が我が国の女勇者だと確認出来て、安心する一方で俺は頭を抱えた。
何故、勇者という国をこれから背負って立つような人間がこんな格好をしているんだ。
溜め息を吐きながら、アザレンカの言葉を無視して隣に座った。
「おいおい、夜伽の相手なら他を探してくれって言ったろ?何で隣に座っているんだ……って、プライス!?」
こちらを向いて、ようやく話し掛けてきた相手が俺だと気付いたアザレンカは顔を真っ赤にしだした。
そして、涙目になりだした。
「み……見ないでくれ! こんなみっともない姿を王都出身者に見られたくない! お願いだプライス!見なかった事にしてくれ! そして誰にも言わないでくれ! 何でもするから!」
手でボロボロの服を隠しながらアザレンカは懇願してくる。
……ああ、そうだった。
こいつ人の話聞かねえタイプだったな。
「分かった分かった。取り敢えず落ち着け」
あまりに必死にアザレンカが懇願するため、人目を集めてしまっている。
何でもするから! とか言うんじゃないよ。
まるで俺がそういう要求をしているみたいじゃないか。
てか、俺がそういう要求をしていたらどうするつもりだったんだ。
「黙っててくれるんだな!? ありがとう!」
情緒が不安定なのか、今度はアザレンカが抱き締めてくる。
アザレンカはダリア様と違って、スタイルが抜群(巨乳)な為抱き締められると柔らかい感触がダイレクトに来る。
が、楽しむ余裕は俺に無かった。
アザレンカの着ている服、ボロボロなだけじゃねえ。
あ り 得 な い ほ ど 臭 い 。
「分かったから、ちょっと離れてくれ! 食堂はそういう事をする所じゃない!」
流石に年頃の女性に臭いから離れろ! とは言えなかったので、場所を考えろと言ってアザレンカに離れて貰った。
いやーそれにしても臭かった。
これから夕食だってのに危うく吐きそうだったぜ。
後で、この部屋着魔法で洗濯しよう。
ようやくアザレンカが落ち着き始めたので詳しい話を聞き始める事にした。
「色々聞きたいことあるけどさ、まず何だ?
その格好は? 赤い鎧はどうした?」
聞きたいことはいくらでもあるが、まずは一番気になることを俺は聞くようにした。
「金に困って、売った。けど、大した金にならなかった」
アザレンカの返答はだろうなとしか言えない返答だった。
そういえばあの鎧も鎧のクセに結構薄い上にボロボロだったな。
「いくらぐらいになったんだ? 鎧は? そういやキャロが怒っていたぞ。お前、宿賃も食事代も二ヶ月以上も払ってないんだって?」
「う……分かっている。それは申し訳無いと思っているさ。だけど、鎧も銀貨二枚位にしかならなくてな……」
悲しそうにポケットから銀貨二枚を出し、苦笑いをするアザレンカ。
まさか、これが全財産なのかよ。
「……アザレンカお前、この二ヶ月何をしてたんだ?」
流石の俺も呆れてしまう。
いくら定職に就いていない俺でも金は稼いでいたし、宿賃も食事代も払う事が遅れることはあっても、ちゃんとしっかり後から払っていたのに。
それこそちゃんと勇者の仕事をしていれば、イーグリット王国から報酬が貰えるんだから、金に困るなんて事は無いはずなんだが。
「……抜けないんだよ」
「は?」
「聖剣が鞘から抜けないんだよ! しかも聖剣ってメチャクチャ重いんだぞ!」
聖剣。
勇者のみが扱えると言われている剣だ。
各国に一本あれば上出来で、多い国でも数本程度しかない。
勇者の強さも、他国との外交において重要視されるが、その国が聖剣を何本持ってるのかも重要視される。
それくらい聖剣は強力だからだ。
聖剣一本で上級魔法を五つ使える魔法使いと同等の力を持つと言われているぐらいなんだからな。
だから、彼女の話を聞いて俺は腑に落ちない。
は? 聖剣が鞘から抜けない?
嘘だろ? イーグリットの持っている聖剣って錆びちゃってるの?
あと、聖剣って普通の剣のサイズなのに勇者のお前が持つのがキツいぐらいそんな重い訳ねえだろ。
彼女の言い訳に疑いの目を向けながら彼女の話を聞き続ける。
「……だから、すぐにパーティーメンバーを集めても見限られてしまうんだ。聖剣を使えない勇者なんて何の価値も無いからな。おまけに依頼も何一つ出来やしない。聖剣が扱える前提で依頼が来るから」
悲しそうにアザレンカはまた俯きだす。
どうやら、本当にアザレンカは聖剣が使えないみたいだ。
アザレンカが嘘をついてるようには見えないし、何よりアザレンカは嘘をつくタイプではない。
何故こんな事になっているのか不思議に考えながらいると、キャロが俺の夕食を持ってきた。
パンに野菜までは、いつものメニューだが、スープとステーキまで付いている。
そしてコップには俺がお土産として持ってきたフルーツジュースが注がれていた。
「はい、プライス! 今日は大サービス! お代はいらないわ!」
キャロはニコニコしながら俺の夕食をテーブルへ並べてくれる。
「おいおい、良いのか? こんなにサービスして貰った上に食事代もいらないなんて」
「プライスが持ってきたお土産があまりにも美味しすぎたのよ~お母さんもすっごく喜んでたから奮発しちゃった!」
まあ、俺が渡した土産物は王家や貴族御用達の高級品だからな。
そりゃ不味い訳が無い。
終始笑顔で俺にお礼を言いながら、キャロはテーブルから離れ仕事へと戻って行ったが、テーブルから少し離れた所で立ち止まった。
「……どっかの女勇者様もプライスの事見習って金払いが良くなってくれると良いんだけどねえ? アザレンカ?」
ずっと俯いたままのアザレンカにキャロは冷たく言い放った。
アザレンカは聞こえてはいるのだろうが、俯いたまま顔を上げない。
「あ、ごめんね! プライス! つい本音が出ちゃった! プライスはゆっくりしてて? それじゃ私仕事戻るね!」
そう言ってキャロは今度こそテーブルから離れていった。
あまり、キャロの言い方は俺も聞いていて良い気分はしなかった。
むしろ咎めるべきなのだろう。
だが、今のアザレンカの現状は勇者として以前に人として失格だと思う。
だから、キャロを注意する事も出来ない。
それと同時にアザレンカには同情していた。
キャロの放った言葉は、俺も王都にいた頃嫌と言うほど聞いたから。
「ははっ……やっぱ大して美味しくねえな。ここの飯」
サービスして貰ったはずなのだが、今日の夕食は余り美味しく感じなかった。
そして俺が夕食を食べている間、アザレンカが顔を上げることは無かった。
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