第18話 女勇者、責任を擦り付ける

「うるさいわね……プライスったら、目が覚めちゃったじゃないの」

欠伸をしながら、腹立たしそうにダリアが目を覚まして起き上がる。


酷い誤解だ。

ずっと騒がしいのは、ダリアのすぐ近くで泣きじゃくっている女勇者だというのに。

お前が目を覚ましたのもアザレンカの悲鳴のせいなのに。


どのみちダリアの事は起こすつもりだったけど。

それぐらいの事が今は起こっているのだから。


「なあ……ダリア、これ見てくれよ?」

引き抜いてしまった聖剣をダリアに見せる。

聖剣は国宝でもあるのだから、一般人が無闇に持ってはいけない物なんだけどな。


しかし、流石は聖剣だ。

俺みたいな奴が持ったとしても、様になるもんだな。

チラッと部屋にある鏡で自分の姿を見たが、少なくとも定職に就いていないような人間っぽくは無く見える。


「……まさか、聖剣がプライスを選んだというの? 勇者であるアザレンカではなく?」

聖剣を持った俺を見て、眠そうにしていたはずのダリアは驚きのあまり、すぐに目を覚ましていた。


「まあ、俺は子供の頃から先代の勇者マルクに触らせて貰っていたからな聖剣に。もしかしたらマルクは気付いてたのかもしれない」

「マルク・アザレンカが? そういえばよく貴方に対して目を掛けていたわね」


マルクも知っていたはずだ。

普通の人間に聖剣を触らせることが如何に危険なのかを。

俺だって、昔から知っているこの聖剣だから触ってみようという気になっただけで、他の聖剣だったら触れようともしなかっただろう。


しかし、今気掛かりなのは聖剣よりもアザレンカだ。


正直、今のアザレンカは勇者として実力不足だ。

剣術は同年代の中でも並レベル、魔法は実力はあるけど、正直俺より総合的に見れば下だろう。

まあ、魔力量と水・氷属性の攻撃魔法は俺より格上だけど。

でも、これだけじゃ足りない。


これから勇者として戦う事になる龍や神獣や強力な魔物達の中には、水・氷属性に耐性を持っている奴らもいる。


もしかしてアザレンカが依頼をこなせていないのも、討伐対象が水・氷属性に対して耐性を持ってる連中ばっか相手だからか?


何にせよ、アザレンカは勇者としてイーグリットを背負っていけるような人間になって貰わなくてはならない。


「ねえ、プライス」

大分俺は険しそうな顔をしていたのか、ダリアが不安そうに話し掛けてくる。

「何だ? ダリア」

「この泣いている女の人誰?」

泣いている水色髪のデ……じゃなかった、水色の髪をしたぽっちゃりさんを指差してダリアは恐る恐る俺に聞いてくる。


「……え? それが、アザレンカだけど? イーグリットの現在の勇者アレックス・アザレンカさんですよ?」

「そ、そうなの!? 久し振りの再会だったから、気が付かなかったわ! あまりにも成長してたから!」


おいダリア、辞めてやれよ。

遠回しに大分太ったわねなんて言うんじゃないよ。



「お久し振りです……第二王女様……」

「ダリアで良いわ、これから私とプライスは貴女のパーティーメンバーになるんだから」

「あ、はい……プライスからそれは聞いています。でもいきなりそれは……ちょっと……せめてダリアさんで」

「分かったわ」


ようやく泣き止んだアザレンカは、ダリアに再会の挨拶をした。


この三人が揃ってこうやって話すのなんて子供の時以来だな。

さて、揃った所でこれからの事をどうするか決めよう。


「……というわけで申し訳ない事に聖剣が俺を選んでしまった訳だが、勇者がアザレンカだということには代わりはない。それに関しては聖剣こいつもアザレンカが勇者だと認めていた」

鞘に納めた聖剣を指差して、二人に伝える。


「何か嫌味にしか聞こえないよ……」

「言い方考えなさいよ、プライス。昔から貴方デリカシー無いわよね、本当に」

「ええ……?」


何だ何だ二人とも。

俺は必死にアザレンカをフォローしようとしての発言だったのに。


「というか、周りは、良く考えるべきだったんだよ。これはアザレンカが悪い訳じゃない。水・氷属性の魔法が得意なアザレンカに火の聖剣を託すなんて事自体が、間違っていたんだよ」

「つまり、僕はその聖剣に相応しくなかったって言いたいんだね、プライスは? また僕泣いちゃうぞ?」

「……もう、貴方は黙ってなさい」

「はい……」


腑に落ちないが、これ以上俺が何か言うことで二人の機嫌を損ねるのは辞めたいので、何も言わず静観しよう。


「それで? アザレンカは何故ラウンドフォレストに?」

「実は、最近ラウンドフォレスト近くの森で、冬でもない上に山でもないのに、ホワイトウルフが群れで出るらしいんです」

「ホワイトウルフって、冬の雪山とかにいる白い狼よね?」

「はい、しかも性格が凶暴で、鋭い牙を持っている上に、氷のブレスまで吐いて攻撃してくる厄介なモンスターです」


ホワイトウルフだと?

何でそんなモンスターが夏が近いこの時期に、街が近くにあるあそこの森なんかにいるんだよ。


しかもラウンドフォレスト近くの森は、イーグリットとライオネルの初心者の冒険者が、修行をするには丁度良いレベルのモンスターばっかりだから、人気な訳なんだが、初心者なんかにホワイトウルフなんか倒せないぞ?

だから最近、あそこの森に人が少ない訳だ。

全く知らなかったぜ。


「街にもし、群れのホワイトウルフが入ってきたら大変な事になるわね……」

「実際、街近くの森でモンスターを狩っていた初心者の冒険者達がホワイトウルフに襲われて大怪我をする事が結構起きているみたいなんですよね……まだ、死者は出ていませんが時間の問題かと……」

「で……? それなのに二ヶ月の間貴女はホワイトウルフを放置していた訳ね?」


ダリアの鋭い指摘にアザレンカはバツが悪そうに言い訳をしだす。


「……うっ。何度かパーティーを組んで討伐に行ったんですけど、ホワイトウルフに大ダメージを与えられるような火属性の攻撃魔法を使える人間がラウンドフォレストじゃ全然見つからなくて、そのうち聖剣を使わない僕が悪いって話になっちゃって……プライスにもパーティーメンバーになってくれるよう頼んだんですけど、ずっと断られていましたし……」

「……プライス? 貴方火属性の攻撃魔法、中級まで使えたわよね? 何で協力しなかったの?」


おい、嘘だろ……? 流れ弾が俺に来たぞ。

しかもアザレンカの奴、俺に責任を擦り付けやがった。

そもそも、ホワイトウルフが出るなんて話すら聞いていねえよ。


「いや、ダリア。ホワイトウルフ舐めすぎ。一体でも厄介なのに群れで出るとか、それこそ王国騎士団とか呼ぶレベルの仕事だろこんなの…大火災コンフラグレイション使って森ごと焼き尽くしても構わないって言うなら俺でも討伐出来るけどさ」

「……貴方なら、やりかねないから断って貰って逆に良かったみたいね……。でも、今の貴方には火の聖剣がある」

「今度こそは協力してね、プライス?」

「はい……」


ホワイトウルフの群れの討伐かあ……正直面倒だな。

だが、ようやくホワイトウルフ達を討伐出来ると嬉しそうに笑うアザレンカを見て、俺はやる気が出ていた。

色々影で心無い連中にとやかく言われていたのかもしれん。

必ず、アザレンカの力になってやらなくては。

そう決意し、俺達三人は明日の戦いに備えて寝ることにした。


……いや、もう明るくなってきているけど。

何だろう、このパターン既視感があるぞ? とこっそり危機感を抱いていたのは俺だけかもしれんが。

しかし、とっくに二人は眠ってしまっている。


……まだ早いが、もうキャロは仕事の為に起きているだろうか?


二人を起こさないように俺は部屋を出て、宿屋の受付へと向かった。



「おはよう、キャロ。忙しいところ悪いけどちょっと良いか?」

「あら、今日は凄い早起きね。でも、ごめんなさい。今ちょっと忙しいから、後で良い?」

「アザレンカが払っていなかった二ヶ月分の宿賃と食事代を払いたいんだ、時間はそんなに掛からないだろ?」

「……」

忙しいからと、言っていたキャロだが雑務を行う手が止まる。


自分でもアザレンカに対して甘いと思うし、大きなお世話だと思っている。

多少は聖剣の件も負い目が無いとは言えない。

だが、アザレンカのやる気を削ぐような言葉が、これ以上アザレンカに対して掛けられて欲しくないというのが本音だった。

なら、まずはアザレンカへ文句を言う権利を俺はキャロを含めた宿屋の人間から奪わなくてはならない。


「……何でアザレンカなんかの為に?」

「今度は俺もアザレンカのパーティーメンバーになったんだ。ならあいつが勇者として活躍する為に、俺も努力するのはおかしくないだろ?」

「アザレンカの為にならないと思うけどね、こんなことしても」


呆れながら、雑務を再開しだすキャロ。

悪いことは言わないとっとと部屋に戻れと言われているかのようだ。

まあ、そういう態度になってしまうのも分かる。

いくらアザレンカに事情があったとしても、キャロ達だって生活に直結するんだからな。

だから、ここは俺が悪者になれば良い。


「正直、キャロの言い分も分かるけど、お前の言い方は俺も聞いていて気分が良いもんじゃねえんだよ、不愉快だ」

「何でプライスが怒るのよ? 私は事実を言ってるだけじゃない?」


キャロは悪びれもせず、むしろ困惑しつつも笑いながら俺を見てくる。

何で私が怒られるの? と思っているんだろうな。

正直俺の言いがかりみたいなもんだけど。


「別に怒っちゃいないさ。ただ、キャロのアザレンカに対しての文句は聞きたくない。だから金を払うんだ。何か問題あるか?」

「だからって、いくら何でもアザレンカの為にわざわざそんなことまでしなくても」

「勘違いしてるようだが、別にアザレンカの為じゃないぞ?」

「え?」

「これは俺の為だ、俺は俺や俺の仲間に不愉快な思いをさせる連中を助けてやれるほど人間が出来ているわけじゃないし、性格が良いわけでもない」


俺の言葉を聞いたキャロは笑顔が消え、意味が分からないという困惑だけが残っていた。


「アザレンカが、ラウンドフォレストにいるってことはラウンドフォレストに危機が迫っているって事だ。お前らを見殺しにしても構わない、街が破壊されていても守ろうとしなくても良いというならアザレンカに対して今の態度を続けてくれれば良いさ。さて、もう一度聞こうか? アザレンカの二ヶ月分の宿賃と食事代はいくらだ?」

「……延滞料も含めて金貨六枚よ、払えるの?」


うわっ、想像してたよりも高いな。

まあ、ここまで言ってしまった以上は払わない訳にはいかないが。

財布に入れていたマリア金貨を取り出して、キャロの元へ出す。

これでもうお釣りを含めても残り金貨は九枚しか無いよ。

もう金貨十枚も使ってしまった。


「……はい、お釣り金貨四枚。お金を受け取った以上は今日からあんな事は勿論アザレンカには言わないわ」

「そうしてくれるとありがたいよ。もし、お前が言い続けるなんて言っていたら、俺は何を仕出かすか分からなかったからな。お母さんや他の宿屋の従業員にも伝えておいてくれ、それじゃ」


キャロの仕事の邪魔をするといけないので、用件を済ませた俺はすぐに部屋に戻る。

キャロは何か言いたそうにしていたが、あえてそれは聞かないことにした。

これでいいんだ。

あんな言葉を掛けられ続けて、あんな惨めな思いをするのなんて、俺一人だけで十分だ。

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