第5話 次の王は人望のない無能

「……何も言わずに入ってくるのね?」

どうやら、寝ていたと思ったダリア様は起きていたみたいだ。

折角すぐ寝れそうだったのに、結局相手することになんのかよ。


「ダリア様が嫌なら、俺床で寝ますよ?」

「別に構わないわ、子供の頃もこうして一緒のベッドで寝てたじゃない」

十年以上前の話ですけどね。

お互い今何歳だと思ってるんだ。


十九歳だぞ、十九歳。


「これからどうするのかしら?」

ダリア様の質問に答えられない俺。


これからどうするかなんて特に考えてない。

どう生きていくのかよく考えていた訳じゃないからな。

ただただ王都から逃げ出したかっただけだし。

この二ヶ月間も特に宿代と食費を稼いでいただけで何もしてない。

まあ、こうしてダリア様と会ってしまった事で決めた事は一つあるが。


「……とりあえず、イーグリットを出る気は無いですけど、国内の色んな場所に行こうかなと。農園ここでの依頼を完了させましたし。でも、特にどこへ行こうかは決めてないですね」


俺の事を知っている人達には、暫く会いたくない。

会えば、何故王都から居なくなったのかと聞かれるに違いない。


仮に逃げ出しただけとバレれば、家族の顔に泥を塗る事になる。

それだけは避けたい。

これ以上家族の足を引っ張るのなんてゴメンだからな。


「それなら……お願い、プライス。いえ……命令よ。私と一緒に王都へ帰りましょう?」

「話聞いてました?」

国内の色んな場所に行くって言ってるだろ。

ダメだ。

今日のダリア様は何かおかしい。

話が噛み合わなすぎる。


話をしても無駄と判断し、ベッドから出ようとする。


が、いつの間にかベッドの周りには障壁が張られており、ベッドから出ることは出来なかった。


「いつの間に障壁こんなものを……」

「貴方は直ぐ逃げるじゃない。だから貴方がベッドが入った時に掛けさせて貰ったわ」


障壁を破壊しても良いが、流石に屋敷の中で攻撃魔法を使うのは不味いか。


諦めてまたベッドに入る。

それなら話をせずに眠ってしまおう。


「お願い、タダでとは言わないわ。代わりに無詠唱ノーキャスティングを教えてあげるから」

「……本当ですか?」


ダリア様からの思わぬ提案に、つい話をしてしまう。


無詠唱が使えるようになれば、魔力消費が更に少なくなるし、何よりこういう風に相手の不意を突ける。

しかし、無詠唱を教えるなんてそんな難しいこと出来るのか?

そんなことよりもだ。


「どうして、そんなに俺を王都に連れ戻したいんですか?」

俺が王都から居なくなった時も兵士を連れて探し出して王都に連れ戻そうとしたり、こうして俺が依頼を受けている場所へわざわざ来たりと。

余程の理由があるだろう。


「今のイーグリットの男性兵士のレベルは昔に比べて低すぎる。更に他国に比べて王家の人間や王国に仕える騎士や魔法使いのリーダー格クラスとかに他国に影響を与える人間に男が少なすぎるのよ」


そう言われれば確かにイーグリットの中心的存在や他国にまで名前が轟いてるのって女の人が多いな。


一番上も王女だし、騎士のトップである騎士王は俺の親父だけど、魔法使いのトップである大賢者は俺の母親で、魔法使いより上の扱いをされている賢者は女の人が多い。


そして何より魔王を討伐する勇者にイーグリットから任命されたのは俺と同い年の女の人。

イーグリットの歴史に大きく影響を与えて来たのも女の人が多い。


「それの何が問題なんですか? 男だろうが女だろうが実力があれば問題無いんじゃないですか?」

「残念だけど、未だに女の人が上に立つ事を嫌っている国は多いのよ? 王や勇者は男であるべきって国も結構多いし、現に王家や貴族ではそういう考えが多いのよ」


別に他国の事なんて気にしなければ良いのに。

それにこのご時世に男女差別なんてしたら自国民からもだけど他国からも少なからず反発を食らうんじゃないのか?


昔、同じ実力なのに男と女で出世出来るスピードが違うって、王国騎士団の中でも問題になったって聞いたことがある。

女は魔法使いになってろって発言したせいで、前の騎士王は俺の親父に騎士王の地位を譲る羽目になるなんて事もあったな。


「そして貴方は問題無いだろって言ったけど、問題大有りなのよね。次の後継者は第一王子であるお兄様と決まったから」


「 は ! ? 」


ダリア様が口にした言葉に驚いたと共に舌打ちせざるを得なかった。


あの男がイーグリットの次の国王になるだと?


「第一王子が次の王になるなんて……第一王女の方が年も上だし、何より人望も上でしょう?」

ダリア様の話に耳を疑う俺。


当然だ。

イーグリット第一王子ことジョー・イーグリットはお世辞にも王の器と呼べる人間などではない。


第一王女やダリア様に比べて魔法に優れてるわけでも無いし、何より傍若無人過ぎる。

一応年上の人間だが、尊敬する所が本当に一つもない。


あ、一国の王家というプレッシャーが掛かる家に産まれときながら、自分の無能っぷりをどれだけ晒しても偉そうに出来るあのメンタルだけは尊敬出来るわ。


それに、ダリア様への恋を諦めた一つの原因でもある。

あの男の義弟になるなんて死んでもゴメンだ。


「第一王女がマリンズ王国の王子と結婚したのは知ってるでしょう? 流石にマリンズも王子を婿入りさせるなんて事は認めないわよ。第一王女は恐らくマリンズの王妃になるわ」

「なるほど……」


え、マジ? 一応なるほどとか言ったけど。


第 一 王 女 が マ リ ン ズ の 王 子 と 結 婚 し た の ?


知らなかったわ。

マジで自国の事に興味失せてたから。

てかまず、マリンズってどこだよ。

名前しか知らねえよ。


「それで? イーグリットに他国に影響力がある人間が現在ほとんど女性しか居ない事と第一王子が次の王になることに何の関係があって問題だと言うんですか?」


正直、第一王子が次の王になることの方が大問題だろ。


「……お兄様は女性から嫌われてるじゃない。まあ私も身内でなければ近付きたくも無いけど」

身内からもこの言われよう。

第一王子という地位を悪用して数々の女性を無理矢理自分の召し使いにして自分の世話をさせてるから仕方ないけど。


ここ数年、女王様の言うことを聞かなくなりだしたのもそのせいか。

あの人の事だ。

次の王に指名されて調子に乗っているのだろう。


「まあ、俺の姉二人もあの人の事は嫌いですね。多分」

「セリーナとエリーナもお兄様の事は嫌ってるのは知ってるわ。貴方だってお兄様が嫌いでしょ? むしろ私は貴方が次の王になるのがお兄様と知って、国に仕える気が無くなったから王都から居なくなったと思っていたわ」

「ええ、その事を知ってたら間違いなく王国に仕える気が無くなっていたでしょうね」


……既にもう無いけど。


「というか、あの人が王になるって言うならますます王都に戻る気無くしますよ……。正直、無詠唱ノーキャスティングも教えてもらわなくて良いですね。もう覚える必要が無くなりました」


この際だ。もう言ってしまおう。

まともな理由が見つかったな。


「俺、前から少し思ってたんですけど、やっぱり王国に仕えるの辞めます。第一王子が王になると分かっていてイーグリットに仕える気は無いですね」


俺はハッキリと自分の意思を伝えた。

ダリア様は何も言わない。

ただただ悲しそうな顔をしているだけだ。


「流石に俺の親も俺がやる気が無いのに騎士団に入れたり、魔法使いになんてさせないんじゃ無いですか?」

「……本当に私のお兄様が人望が無いことに悲しくなってくるわ。実際、貴方のように第一王子が次の王になると聞いて、少なくない数の騎士と魔法使いが、王都を去ったわ」


やっばりな。

ある程度の高位に就かなきゃ、給料も大して良くないのに、仕える人間が最低の男になるなんて知ったら、辞める人が出てくるのも当然だろう。


「俺、一回王都に戻りますよ。そして家族に伝えます。もうイーグリット王国に仕える気は無いって。そうなればどのみち俺は王都に居られなくなるでしょうし」


只でさえ、期待外れなのにやる気もないとか間違いなく見限られるだろうな。


「私にも仕えているって考えにはならないかしら? 一応この考えを説明したら半分くらいの人は引き留められたのだけど……」

「でも、ダリア様も結婚相手によっては第一王女のように他の国へ行ってしまう可能性がありますよね」

「だから、私はまだ結婚してないのよ。王家では遅い方だから、早く結婚しろって言われるわ」

「でも、縁談の話来てるじゃないですか」


俺より遥かに優秀な男ばっかりからな!


「……何で私が断ってるか気付いてないの?」

「え? まだ結婚する気無いからですよね?」

「それはそうだけど……私だって好きな人と結婚したいの!」

「そりゃ誰だってそうですよ」

「だから! そうじゃなくて……」


何か歯切れが悪いなダリア様。

言いにくい事でもあるのか?

普段ズバズバ言うダリア様がモジモジしているので何故だと思い俺は考える。


噂では好きな人がいて、自分の力で振り向かせたい男がいるとは聞いていたが、それは結婚を回避する為の嘘だと思ってた。


まさか本当にそんな男がいるのか?


それとも、第一王女がマリンズ王国の王子と結婚したのを見て、自分もイーグリットを去ることを回避したいだけなのか?

いや、縁談相手の中にはイーグリットの女王側近の息子とかがいたはずだ。

ダリア様に相応しい男は国内の中にも居るだろうから違う。


そうか、分かったぞ!

何故、ダリア様が結婚を嫌がっていて、言いにくそうにしている訳が!


「ダリア様、もしかして第一王子から男の人紹介されてます?」

「え? ……ええ、まあ数人ほどだけど」

「第一王女も第一王子から紹介されたんじゃないですか? マリンズ王国の王子を?」

「ええ、そういえばそうだったわ。たまには役に立つのねってお姉様が言ってたわ」


やっぱりな。


第一王女がマリンズ王国の王子と結婚して一番得をしたのは、第一王子だ。

王位継承権が自分に回ってくるんだからな。

だが、自分がダリア様より人望が無いことを自覚しているのだろう。

ダリア様を女王にすれば良いという声が出される前に、ダリア様をさっさと結婚させてダリア様の王位継承の芽を摘みたいんだ。


他国に嫁いでくれれば、ダリア様から意見されることも無い上にダリア様が嫁いた先の国と友好な関係を作れる。

仮に自国の人間と結婚させても自分の方が立場は上なのだから文句を言われても、結婚相手に嗜めさせれば良い。


ダリア様は第一王子の企みに気づいているけど、相手は次の王であり、兄。

おいそれとこの事を他人に言えるわけが無い。

只でさえ無い第一王子の人望が更に無くなるからな。


「流石です。ダリア様。第一王子の企みに気付きながら、第一王子の評判を下げないように振る舞うなんて」

「いや、何か勘違いしているわよ!?」

「いえいえ、そんなご謙遜なさらずに」

「だから、そうじゃないわよ!」

「兄を思う妹、素敵ですね。俺も見習わせて頂いて弟としてもっと姉思いになりたいと思います」

「だから……もういいわ! 知らない! 私寝るわ!」


何故かは分からないが怒って顔を背けてしまった。

素直じゃないなあ、ダリア様。


さて、俺も眠りますか。


……もう外、明るくなってるけど。

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