第4話 農園荒らしの撃退

「ありがとう。もう落ち着いたわ」

そう言ってダリア様は俺から離れる。

しかし、何も知らない他人が見ても一目で泣いていたことが分かってしまうほど目は赤かった。


……これ以上ダリア様を連れながらの畑の見回りは辞めた方が良いかもしれないな。

こんな夜中まで王女を外に連れ出しているのも大概だが、泣き疲れただろう。


……一時間俺の胸に顔を埋めたまま泣いてたからな。


もう少しこのままでいさせて? からが長過ぎだろ……

何が落ち着いたわだよ……時間掛かりすぎだろ……


「落ち着いたばかりで申し訳無いですけど、どうやら農園にお客様達がやって来たみたいですよ。招待した覚えのない客ですが」


実はさっきから人の気配がしていた。

ダリア様が泣き止まないから放置せざるを得なかったのだが、その結果俺達のいる場所まで大分近付いてるんだけど?


「私も気付いたから、落ち着いたのよ。私と貴方の視覚と聴覚の強化をしておいて正解だったわ」

「いつの間に……」


流石、無詠唱ノーキャスティングの使い手。

強化魔法を掛けてたとはな。

だから、離れて作業してる農園の人達が見てることに気づいたり、コソコソと話してる内容が聞こえちゃう訳だ。


……後で、園長に誤解を解いて貰おう。

俺が第二王女の相手だなんて変な噂を立てられたら困るし、第二王女を泣かせたなんて王家の人間の耳に入ったらとんでもないことになる。


……普通にスルーしたけど、ダリア様視覚と聴覚強化した割に気付くの遅くないすか?

俺、ダリア様が落ち着く二十分前には人の気配に気付いてましたよ?


若干ダリア様に呆れつつ、俺は森の方を見る。

強化魔法のお陰で、夜中の森の中でもかなり遠くの方まで見ることが出来る。

流石、ダリア様! 強化魔法は一級品だぜ!


「どうやら、貴方の言う通り畑を荒らしていたのはあの人達みたいね」

ダリア様が突然確信を持って言い出した。

確かに、十数人規模の怪しい集団が俺にも見える。

けど畑を荒らしていたのはアイツらだなんて、そんな確信を持って言えるか?


しかし、ダリア様には見覚えがあったみたいだ。


「あれは、ライオネル王国の山賊よ。最近、隣国との国境付近を山賊達に襲わせてるらしいの」


ライオネル王国。

イーグリット王国の南側にある国だ。

ライオネル王国の王都はイーグリット王国の王都よりも栄えているのは知っているが、王都以外の国土のほとんどは山に囲まれていて田舎で、街もなく資源も無い。

その上、海も無い。


まあ、イーグリットから海産物を仕入れたりするくらいには国交はあるが、大して仲は良くない。

何より厄介なのが兵器や兵士の質が高く、兵士の数が多い。

国民全員が、ある程度の年齢から成人になるまで兵士として訓練させられているので、一般人でもライオネル人と聞いたら注意しろと言われるぐらいである。


そして、ライオネル人の山賊集団というのは、兵士になれなかった落ちこぼれや罪人達で形成されている。

失う物が何も無い為か、平気で略奪行為や街の破壊などをする事に抵抗が無い。


……それをライオネル王国自体が他国に対してなら合法って認めてるんだもんなあ……。


そんな奴らなら、俺だって攻撃をする事に抵抗は無い。


幸い、今日は偶然にも農園の中で一番の攻撃魔法の使い手が休暇を取る予定だったので、モンスターの襲撃を警戒してか農園の魔法障壁は厚くなっている。

俺がモンスターではなく人が畑を荒らしているなんて言ったのも障壁が厚くなった要因の一つかもしれんが。


これなら魔法を使っても農園内の畑や建物、人に影響は無いだろう。

だからといって山賊達のいる方へ魔法を使えば、森がタダじゃ済まないが。

だけど人数は俺が把握出来ているだけでも十数人はいる。

魔法を使わなければ分が悪すぎる。


余程俺は思い詰めて悩んでいたのだろうか、察したダリア様は笑顔を俺に向けながら、

「既に強化魔法で貴方の全ての能力を限界まで強化してるから、貴方が負けることは無いわ」と。


おいおい。

限界まで強化しちゃってたら、それこそ森が無事じゃ済まないんですが?

ただ、ライオネル人には魔法が効果的なんだよな。

アイツら、魔法はてんでダメらしいし。

まあ、方法はあるけど万が一被害が出た場合の責任は、


ダリア様に責任取ってもらおう。


「じゃあ、ダリア様。俺は全力でアイツらの事倒すんで、もしもの事があった場合の責任は取ってくれますか?」

「良いわ。やりなさい。イーグリット王国第二王女、ダリア・イーグリットの名に置いて命じます。プライス・ベッツ、どんな手を使ってでもあの野蛮な山賊共から、イーグリット王国を守りなさい」


「畏まりました」


言質は取った。

後は全力であの山賊達を痛い目に合わすだけだ。

ダリア様が、農園の魔法障壁の中に入った事を確認して、山賊共の方へ魔法を全力でぶっ放す。


閃光フラッシュ


俺が詠唱した後、森が強い光で包まれる。

閃光フラッシュは、光属性の初級魔法で、本来モンスターへの目眩ましなどに使われる物だ。


……普通は、数メートルしか効果が無いんだがな。


……ダリア様が限界まで俺の全ての能力強化してるからなのか、森全体に強い光が……。


……後、俺もついうっかり、全力でぶっ放したから……。


「敵だ! 敵の攻撃だ!」


「うわあ! 目が! 目があ!」


「痛い! 目が焼き付くようだ……!」


「光属性の上級魔法をぶっ放してくるなんてありえねえ! 逃げるぞ!」


「も、森ごと、こ、殺される!」


山賊共は遥か彼方遠くの場所で目を押さえて苦しみながら、自分達の国へ帰っていった。

いや、光属性の初級魔法だし殺す気も無かったんですけどね。

森は無事みたいで良かった。


「山賊達に少し同情してしまうわね」

一部始終を見ていたダリア様が魔法障壁から出てきて、俺の方へ笑顔で来る。

「いやいや、魔法攻撃力も限界まで上げる必要無かったんじゃないですか? 多分、大分殺傷能力高くなってましたよ」

本当にダリア様は同情しているのだろうか?

山賊達とはいえ失明なんて事になってないと良いが。

「……今の一部始終を見ていたのは私だけじゃ無いわ。この農園の人達も皆見てる。ね、園長?」


「はい、勿論でございます。ダリア様」


夜中にも関わらず、紳士服を着た園長が笑顔で現れた。


「まさか、ライオネル王国の山賊集団が犯人だったとはね。魔法を使った形跡が無い訳だ。私はモンスターだと決め付けていたよ」

「いや、俺もライオネルの人間がやってるとは思っていなかったですよ。遅くなりましたが、依頼完了で宜しいですか?」

「ああ、勿論さ。報酬はたっぷり払わせて貰うよ」

「いえ……大分遅れてしまっ……有り難く受け取らせて頂きます!」


たっぷり貰えるんなら、貰っとくしかねえ!


「将来、君もここの野菜や果物を贔屓にしてくれそうだしね」

園長がダリア様を見ながらニヤニヤして意味深なことを言う。

ダリア様は顔が真っ赤だ。

……何なんだ?この空気?


「取りあえず、今日はもう遅い。部屋を用意してあるから屋敷でゆっくり体を休めてくれ」


気になる事はあったが、俺ももう色々ありすぎて疲れた為、園長の提案に乗って、休ませて貰うことにした。







屋敷に戻った俺は、園長が用意したという部屋へと向かっていた。

正直、夜中に畑の見回りというだけでも疲れるのに、ダリア様を慰めたり、ライオネル人の山賊集団を追い払ったりと我ながら働きすぎてしまったと思う。


さーて、部屋に着いたか。

さっさと寝て、明日園長から報酬をたっぷり貰ってさっさといつもの宿屋に戻るか。


あくびをしながら部屋の扉を開けると、一人で寝るには大きすぎるベッドがあるだけの部屋だった。


風呂とかには入ってるし後は寝るだけだからどうでもいい。


フカフカのベッドに、綺麗なシーツ、高級素材の布団、無駄にデカい枕。

そして、銀髪の美女。

完璧だな。


第二王女以外はな。


園長がニヤニヤ意味深に笑っていたのはこういう訳か。

ダリア様が顔を赤くしていたのも。


完全に、余計な気を回してるよ。


……正直、もう眠いから構わないぞ。

先にベッドで寝ているダリア様をスルーしてベッドへ入る。

大きいベッドなので、寝返りなどを打っても体がぶつかったりする事は無いだろう。


はい、お休みなさい。

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