第3話 すれ違う二人の思い
「何か、言って欲しかったって言っても、お互い成長してからは、こうして二人きりになる機会なんてあまり無かったでしょう? それに、実力が無いから修行の旅に出たいんです。なんて一国の王女様にはとても相談できる内容じゃないですね。情けないにも程がある」
もっともらしい言い訳を並べて、自分が王都から逃げ出した事を隠す。
すると、ダリア様は呆れながら、
「貴方の両親や姉二人の耳に入ったら間違いなくそう言われるでしょうね」と言ってくる。
なんだよ。俺が何故何も伝えずに居なくなったのか、ダリア様も納得しそうな理由思い付いてるじゃん。
「でも、その相談を受けていたら貴方の事を止めていたでしょうね。貴方は間違っているもの」
「まあ、端から見たら自分に自信が無くて逃げ出してるように見えるだけですからね」
それは承知の上だ。
でも、それでも良いから逃げ出したかった。
バカにされても良いから。
失望されても良いから。
もしかしたらもうこれから国に仕える資格を与えて貰えなくなってしまうことになっても良いから。
それでも良い、と選んで自分で王都から逃げ出したんだ。
こんなことを昔からの知り合い、ましてや仕えなければいけない第二王女という立場の人間においそれと話すことなんて出来るわけが無いだろう?
それだけじゃない。
一度は彼女に恋をしていたんだ。
でも、仕える側と仕えられる側という明確な立場の違い。
周りにアイツなら任せても大丈夫と納得させられるだけの実力もない。
だけど、努力して周りを納得させられるだけの実力を付ければ、一応俺だって騎士王と大賢者の間に産まれた男なんだ。
彼女にアプローチすることを許されたかもしれない。
頑張ってはいたよ。
でも、結果は大して付いて来なかった。
どこまでいっても、凡人の延長線でしかなくて。
やっぱり俺の上には何人かいて。
彼女に来る縁談の相手のスペックと自分を比べて。
彼女に恋をするということはどういう事なのか気付いて。
俺は諦めた。
でも、諦めたとはいえ、一度は好きになった人にこんなみっともない姿は見せられない。
だから俺は貴女に話さないんじゃ無くて、話せないんだ。
……なんて、彼女に言える訳が無くて。
ダリア様の言葉を俺は素直に受け入れるフリをして自嘲しながら笑った。
◇
あのやり取りからどれぐらいの時間が経ったのだろう。
俺達は無言で農場の見回りの続きをしていた。
隣にいるダリア様はずっと俺と腕を組んだままだ。
……そろそろ離してもらえないかな?
夜中とはいえ農園で働いている人はいるわけだし。
チラチラ見られてるんだよな。
第二王女の顔を知らない王国民なんてほとんどいない。
仮に知らなかったとしても、園長から第二王女が来るから失礼の無いようにと釘を刺されてるだろうし。
「そういえば、何故ここの農園にいらっしゃったんですか?」
無言で一般人の前で第二王女に腕を組まれ続けるという罰ゲームに耐えられなくなってきた俺は聞きたかった事を聞く。
すると、ダリア様はかなり困った顔をしだした。
何か言おうとして迷ってる感じもする。
「言いたくないなら、別な話をしますか?ダリア様にも色々あるでしょうしね。俺と違って"王女"ですから」
「……貴方がここの農園の園長から依頼を受けていると聞いて会える……かもと思って」
少しの沈黙の後、恥ずかしそうに彼女は俺にしか聞かれたくないのか、小さな声で話した。
「俺の事を心配してくれていたんですね。有り難き幸せで、身に余る光栄ですよ」
「それもあるわ」
やっぱり王都から突然消えたことは良くなかったよな。
親父からの手紙にも心配したダリア様が、俺を王都に連れ戻すために兵士を連れてお前を探しだしていたぞ? って内容が書いてあった事もあったな。
「何も言わずに王都から居なくなったことは申し訳なく思ってます。でも、俺は貴女達を守るために王国に仕える資格を持てるくらいの実力を付けてから王都に戻りますよ」
我ながら酷い嘘だ。
王国に仕える気なんて無いクセに。
実力を付けると言いながら遊んでただけのクセに。
……もう、彼女達を守れるような人間になる事なんて諦めたクセに。
「……う」
ボソッと何か呟いた後、突然組んでいた腕を彼女に離された。
その直後だった。
「違う! 違うわ! やっぱり貴方は間違ってる!」
さっきまでの恥ずかしそうな姿はどこへいったのか。
今が夜中だとか周りに人がいるとかそんなことはお構い無しに、大きな声で叫びながら彼女は俺の両肩を掴んできた。
目には涙を浮かべている。
突然の事で俺は何も言えない。
「私は貴方が実力が無いなんて思ってない!
新しく合格した私達と同い年の騎士と魔法使いを見たけど、貴方より優れた剣技を持った騎士なんて二人か三人しか居なかったし、魔法使いは貴方みたいに全属性使える人なんて居なかった! 貴方は十分実力があるの! それなのに何で私の前から何も言わずに居なくなってしまったの!?」
彼女は子供の頃の口調に戻っていた。
俺がまだ"ダリア"と呼んでいた頃の彼女に戻ったかと錯覚するくらい。
そして、彼女はとうとう泣きながら俺の胸に顔を埋めた。
もう、何を言ってるか分からない。
……十分実力がある! か。
嬉しいな。
好きだった人にそう言って貰えるのは。
でもな、ダリア。
それは昔からの知り合いという補正がかかっているだけだ。
他の人間はそうは思ってないんだ。
騎士王と大賢者の間に産まれた人間として見てくるから。
将来を羨望されている騎士と魔法使いの弟として見てくるから。
もっとやれるはずだと思われてるんだよ。
いや、こんなもんなの?としか思われて無いのかもな。
勝手に期待されて勝手に失望される辛さがお前に分かるか?
それでも目標があったから気にせず頑張れた。
王国に仕える人間になろうという。
俺が王国に仕える人間になろうと決めたのはお前が好きだったからなんだぜ?
お前を守れるような男になりたかった。
お前の隣に一生立てる男になりたかった。
……チッ。また、思い出したくもない事を思い出した。
数年前だったか。
ダリアの縁談相手がフラれた腹いせに俺をバカにしに来た。
ダリアと仲良さそうに話していたのが気に食わなかったのだろう。
最初は俺も言い返していた。
だが、縁談相手は上級魔法を使える天才だった。
そんな人間が実力が足りないからダリアの結婚相手には相応しくない?
上級魔法は努力でどうにかなるものじゃない。
選ばれた人間にしか使えない。
俺は全属性の魔法を使えるといってもその当時は初級魔法だけだった。
上級魔法が使えなくても初級から中級魔法の全属性の魔法が使えるようになれば認められるかもしれないと思っていた。
それなのに上級魔法一つじゃ足りない……だと?
その時だったかな。
ダリアの隣に立つ男になるなんて夢を諦めたのは。
ダリアの事をダリア様と呼ぶようになったのも。
ダリアに下手な敬語を使い始めたのも。
王国に仕える人間になるのを辞めようかと考え始めたのも。
気にしてなかったはずの周りの評価が気になってきたのも。
悪いな、ダリア。
お前がそう言ってくれているのに、何て答えれば良いのか分からないわ。
だから、こうしてまた嘘を重ねる。
下手な敬語を使って、"ダリア様"とその他大勢の一国民のように振る舞って。
「そう言って貰えるのは、本当に嬉しいですよ。でも、第二王女ダリア・イーグリットを始めとした王家とその国民を守る人間になるには実力が足りないんです。同い年の普通の家で育ってきた人達よりは上ってレベルじゃダメなんです」
「貴女が女王マリア・イーグリットの次女で第二王女のダリア・イーグリットであるように、俺も騎士王ロイと大賢者マリーナの間に産まれた長男、プライス・ベッツなんですよ。ダリア様」
半分嘘で、半分本当だ。
でも、彼女に伝えたかった。
貴女が思ってるほど、お互いの家の地位は安くはない。
別に普通の家で育った人達をバカにしてるわけじゃない。
でも、俺は普通の家の人達より実力を付けられるチャンスが沢山あったんだから実力が上で当たり前だし、上じゃなきゃダメなんだ。
「……そうね。取り乱してしまって悪かったわ」
どうやら、彼女は俺が伝えたかった事を理解してくれたみたいだ。
「……でも、もう少しこのままでいさせて?」
そう言って彼女は俺の胸に顔を埋めたままだった。
抱き締めてやらないのかだって?
冗談だろ?
そんな資格なんてとっくに失ってるよ 。
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