第370話 2人の天才
大河は、仕事中に携帯が鳴り急いで出る。
「おはよう、お前からは珍しいな。赤猫…。」
寝不足で、頭が痛いが深呼吸。そして、疲れた雰囲気で苦笑しながら言う。机を叩く音がする。
『狙われてんのが、瑠衣って何で言わなかった!』
怒りを滲ませ、何とか落ち着いた声である。
「赤猫、それは運営としてしちゃいけない事だ。兄としても、弟を理由に元同僚を動かすだなんて…」
大河は、落ち着いた雰囲気で言う。
『しゃらくせぇ!取り敢えず、必要なもん全部揃えて8時に木漏れ日喫茶にこい!あほたれ!』
そう言うと、通話が切れるのだった。
「え、あっ…。取り敢えず、準備するか。」
「大河、どうした?」
蒼夜は、大河を見てキョトンとしている。大河は、今の電話の内容を蒼夜に伝える。驚く蒼夜。
「だから、書類を準備したら帰るな。待ち合わせ場所に、指定された木漏れ日喫茶に行ってみる。」
そう言って、立ち上がる大河。
「ちゃんと、寝てから行けよ?」
少しだけ、戯けた雰囲気で蒼夜が言えば、周りの運営仲間が優しく笑ってくれる。忙しいのに、こちらの体調を気遣ってくれる蒼夜に感謝しながら笑う。
「分かってるって。じゃあ、お疲れ様!」
鞄を持ち、足速に去る。長く気遣わせては、仲間の邪魔になると理解しているからだ。いくら、ヘルプが来たとはいえ、重要作業は現地運営のお仕事だ。
当然、変わりなく忙しい。
まあ、ヘルプのおかげて全員が交代で帰れる迄にはなってる。ありがたいが、裏切り者が怖いので蒼夜は仕事場に泊まっている現状である。
『お疲れ様です!』
「ほいほい、お疲れ!」
近くの仲間と、蒼夜が答えた声を後ろに帰る。
瑠衣は、木漏れ日喫茶に早めに来ていた。というのも、父親が帰って来たからだ。気まずいのだ。
取り敢えず、目立たない席に座る。
まだ、朝が早いと言うのに混んでいる。朝のこの時間は、お年寄りの常連客が多く来店する。
「少年、相席を良いかな?」
この時間には、珍しいつり目美人さんである。
「どうぞ。」
頷いて、携帯でFLL公式サイトを見ている。
「少年、君はフリー•ライフ•リベレイションをしているのかい?なら、いくつか質問があるんだが。」
女性は、何処か複雑そうな雰囲気で言う。
「何ですか?」
キョトンとして、続きを促す。
「私は、前運営の時にセクハラを受けてね。精神的に、限界を感じて辞めた。戦うだけ、戦ってね。」
最後の方を、お茶目に笑って言う。
「今の運営は、その…どんな感じかな?ゲーム的でも運営的でも良い、素直な感想を聞かせてくれないかい?少し、気掛かりがあって悩み中なんだ。」
深刻そうな雰囲気で、苦笑するつり目の美人。
「なるほど。セクハラは、無いと思います。蒼夜さんが、そういうの嫌いなのと…忙し過ぎて、そんな事をしている余裕が無いのが理由です。ゲーム的にもですが、ストーリーも楽しいものが増えて、1プレイヤーとしても、とても嬉しいです。ただ、セキュリティーに少しだけ違和感を感じています。」
すると、セキュリティーの所で目を丸くする女性。
「実は、あのセキュリティーは不完全なんだ。」
「なるほど。」
女性の言葉に、納得した雰囲気で頷き続きを促す。
「本当は、完成させたかった…好みのショタ…。」
「なるほ…ん?ショタ?」
思わず瑠衣は、頷きかけて困惑な雰囲気になる。
「コホンッ、聞き違いだろう。」
咳き込み、無かった事にしようとする美人。
「そうですか。」
少しだけ、見覚えのあるキャラにジト目になる。
「や、やめたまえ。そんな目で、私を見るな。」
オロオロして、恥ずかしがっていると思いきや。
「クール系ショタ、良い。可愛い…。」
「あの、僕は高校生なのでショタじゃないです。確かに、実年齢より若く見られやすいですけど。」
どんな性格か、思わず察して苦笑してしまう瑠衣。
「それはそれで、良いな。さて、もう一つ聞きたい事があるんだった。今話題の、サーバーダウンの事だ。私も、調べたんだが情報操作が酷くてね。」
瑠衣は、真剣な雰囲気である。そして、少しだけ考えてしまう。女性は、当たりを引いたと微笑む。
「取り敢えず、僕の知ってる情報を話します。」
「構わない、感謝するよ。」
瑠衣は、知り得る全ての情報を話してみる。女性は頷いて、何か調べると画面を見て固まる。
「か、可愛い系ショタだと!?」
「……精霊王の花嫁の元ネタはこの人か。」
瑠衣は、見た事あるリアクションに遠い目になる。その後、正気に戻った女性は情報料代わりに、ケーキとココアをご馳走して去って行った。
瑠衣は、疲労に深いため息を吐き出すのだった。
時は流れて、8時の木漏れ日喫茶。
「すまん、待たせたか?」
朝食を食べている、赤猫を見て言う。
「取り敢えず、完成までは働く。」
「…友達なんだよな?」
大河は、無言で驚いてから何とか言う。
「…恩人だ。」
小さく、一言だけ呟くと黙々と食べる。
「え?」
大河の間抜けだ声が、小さく溢れるのだった。
俺の家は、代々花火を作ってきた。親父は、だから俺を花火職人にしたかった。けど、俺はゲーム会社に憧れを持っていて…。親の反対を押し切り、逃げる様に家を出て行った。喧嘩別れだった…。
けど、現実は甘く無くて辛くて過酷な日々。
そんな時、親父が倒れたと兄弟から連絡が来た。一応は、お見舞いに行ったけど親父は寝ていた。
暫くして、パワハラのストレスで限界が来た。
入院中、母親と兄弟はお見舞いに来たが親父は来なかった。けど、本当は心配してくれていて。帰るとどうだったか、容体を聞いてくるのだと言う。
しかし、俺も親父も素直じゃない頑固者だ。
会社を辞めて、最近に親父が行きつけだという喫茶店に行ってみた。そこでは、おじじバンドという年寄りが集まっていた。親父は、トランペットを使っていた。そこに、1人だけ幼い子供が居たのだ。
メンバー全員が、デレデレで笑顔が眩しい子供。
まだ、若干舌足らずで上手く発音が出来ないが。けど、身振り手振りで一生懸命に喜びを伝えてる。
親父が、此方に気づいて固まる。沈黙する。
「おじーちゃん、きらい?」
不安そうに、見上げる幼い顔。
「息子なんだ、嫌いなわけが無い。」
「親父、家出の様に出て行って済まなかった。」
やっと、やっと謝れた。俺は、話す切っ掛けをくれた子供に感謝した。家は、父代で終わらせると言っていた。息子達に、押し付けたく無いと思ったらしい。本当は、親父も継ぎたく無かったそうだ。
「そう言えば、この子は?」
「ピアノ担当の銀の孫だ。名前は、瑠衣。」
それから、いっぱい今までの事を話した。
そこから、暫く木漏れ日喫茶で働きながら、仕事を探した。就職先で、才能を開花させた俺は独り立ちが出来るまでになった。久しぶりに来た喫茶店で、常連客としてお店に来た成長した瑠衣と出会った。
そこからは、話が盛り上がって楽しかった。
無事に仲直りした俺は、親父の最期をしっかり見送る事が出来た。きっと、あのままだと葬式に出る事さえ兄弟に断られていただろう。そう思う…。
瑠衣は、俺と親父の縁を結び直してくれた恩人だ。
本人は、覚えてないと笑うが。俺にとって、返したくても返し切れない程の恩だと思っている。
だから…
「まあ、おじさんも頑張るか。」
そう、完食してから呟くのだった。
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