第366話 転校生エノク
僕は、補聴器がないと耳が聞こえない。それで、虐めにあったりしてきた事もある。何より、困ったのはVR機械と補聴器は一緒に着けられないこと。
だから、僕のゲーム世界に音は存在しない。
それで、足を引っ張りたくさんの友達を失った。それでも、それでもこの世界で遊ぶ事を諦められなかった。ここには、大好きな兄が居るから。まだ見ぬ知らない、数多の冒険が待ってると知ってるから。
『じゃあ、また明日ね』
そう言った彼は、次の日から会わなくなった。別サーバーに移動して、新しい友達と遊んでいたから。
それでも、戻って来る事を祈って待ってたんだ…。
『ごめん、さよなら』
そう言われた時、思わず涙を流してしまった。それから、フリー•ライフ•リベレイションに入る事をやめた。もう、誰も信用が出来なくなっていたのだ。
「なあ、本当にやめるのか?」
兄は、心配そうに言う。
「あの世界で、僕は生きずらいから。」
そんな時だった、日本で障害者向けのVR機械が発売されているらしいと噂を耳にしたのは。けど、調べても調べてもわからない。焦る気持ちで、兄にも調べてもらったけど情報が無さ過ぎるのだ。
親の転勤で、日本に行く事になった。
日本人に聞けば、何か分かるんじゃないかと期待を胸にアメリカを飛び出したんだ。でも、僕は日本語が余り話せない。壁に、ぶつかってしまった。
「Hi!」
翻訳機能を使い、話し掛けてくれる生徒も多い。けれど、僕には日本英語を理解する事が出来ない。
当然だけど、避けられる様になってしまった。
「ありゃ、孤立しちゃったな。」
生徒の1人が、心配そうに何か言う。
「…様子見かな。」
本を読んでいた、大人しそうな子も何か言う。
「なあ、エノク!一瞬にクエストしようぜ!」
陽キャ組が、エノクに声を掛けている。全員が去った後に、さっき本を読んでいた生徒が、通りすがりにメモを机に置いて去って行った。
《クエストは、断るべき。奴らを、警戒して。》
そう、英語で書かれていた。思わず振り向けば、メモを置いた生徒は無言で振り返りもしない。けど、隣の生徒は優しい笑顔で手を振り、慌ててメモを置いた生徒を追いかけて行った。しかし、少しでも情報が欲しい僕は警戒しながらも行くと答えた。
その時に、メモの生徒を見ると小さくため息を吐き出して、無言で分厚い本を取り出していた。
笑顔をくれた生徒も、心配そうに僕を見ている。
少しだけ、申し訳なく思う…。
連れて来られたのは、妖華の洞窟だった。僕は、行った事が無いけどサクサクと進んで行く。暗いし、何より音が聞こえないので突然の敵に焦る。
しかも、手伝いも待っていてもくれないのだ。
当然、マップを見ても分からず。クエストを確認すると、ノッカーの音に導かれと書かれている。
つまり、音が聞こえる前提のクエスト!?
このクエストには、時間制限がない。暗闇に放置された僕が、パニックになるのも仕方なかった。
敵に攻撃され、思わず涙を流して必死に剣を振る。しかし、ここでポーションが切れてしまう。座り込む僕に、敵は容赦なく攻撃して来る。そんな時、あのメモを置いた生徒のメモ内容を思い出した。
ああ、きっと彼は知ってたから…ごめんなさい。
そんな時、ゆっくりと肩に手を置かれる。びっくりしたけど、何となく優しい雰囲気を感じた。周りには敵が居らず、同じ年齢くらいの人が5人居る。
肩に手を置いた人が、筆談切り替えして英語で僕を心配するような文章を浮かべる。暗くて、姿は見えないけれど。僕の手を、ゆっくり引いて歩く。フサフサな尻尾が手に当たりキョトンとする僕。
外に出ると、喜怒哀楽のお面を装備した4人と狐面をつけた獣人の姿が見えた。最前線で余裕な雰囲気だし、とても強い人達だと理解する。
フル回復して、クッキーもくれた。
英語で感謝を告げると、筆談で気にするなと言う。君が、無事で良かったと。陽キャ組が、死に戻りしてきたのを横目に優雅にクッキーとココアを食べる僕達。獣人の人が、仮面を外して何か言うと青ざめる陽キャ組…。陽キャ組は、解散するのだった。獣人さんは、仮面を着けると手を振り歩き出す。
他の4人も、ゆっくり着いて行くのだった。
これが、革命イベントの幸運狐であると知るのはだいぶ後になる。けど、神々しく儚げな雰囲気。
この日の事を、きっと僕は忘れないだろう。
次の日に、机に封筒が入っていた。
障害者向けVR機械のサイト情報。買う方法や、必要な物について全て英語で書いてある。わざわざ、パソコンで打ち込んでコピーしてくれていた。
ずっと、欲しかった情報。
親切な説明と、買うための書類まで入っている。書類は日本語だが、同じ書類がもう一枚入っていて英文を上から貼り付けてある。これを見ながら、日本語の書類を書けと言う事だろう。感謝しかない!
けど、いったい誰が親切を?
手書きじゃないので、誰かを特定するのも難しい。
「きっと、大変だっただろうに…お礼も言えないなんて。でも、バレたくないからだよね?」
考える雰囲気で、周りを見渡す。
「瑠衣、次のイベントだけどさー」
「春都君、僕はやらないからね?」
謎の攻防戦を、翻訳機能が通訳する。
トイレに行きたいが、昨日の今日で周りに声を掛けるのが怖い。勇気を持って、メモの生徒に近づいてみる。キョトンする、笑顔の生徒とメモの生徒。
「えっと、トイレの場所を知りたいんだ。」
余裕がなくて、早口になった。
「トイレなら、廊下に出て左側の降りる階段前。」
メモの生徒が、英語であっさりと教えてくれる。
「えっと、左側…」
覚えようとする僕に、立ち上がるメモの生徒。
「案内するよ、着いてきて。」
そう言うと、トイレまで連れて行ってくれた。しかも、ちゃんと待っててくれて迷子にならなかった。
それにしても、とても発音が綺麗だ。まるで、普段から英語を使い慣れている様だし。少しだけ、もっと早くに助けて欲しかったと思ったけど。
陽キャ組が、彼を気にしているのに気づいてたし。
彼も、陽キャ組に話しかけられるのが嫌だったのだろう。気持ちは、ものすごく理解できる。
「せっかく、注告してくれたのに…その、無視してごめんね。やっぱり、痛い目にあったよ。」
コミュニケーションを取るため、話を掛ける。話す話題の選択ミスに、気まずくなるが仕方ない。
「…そう。」
何処か、複雑そうに言う。
「けど、良い人に助けられたから。怖さも綺麗に消えて、また遊べると思えるまでになってる。」
「次は、楽しめると良いね。」
落ち着いた声音で、呟く様にメモの生徒は言う。思わず嬉しくなって、満面の笑顔で頷くのだった。
作者コメント
よーし、連休キター٩( 'ω' )و
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