第94話 生産クランbreeze閉店

ついに、夏のイベントが決まりました。ですが、やる気がしませんね…。キャンプイベント、例の加速時間系の1週間イベントです。実際には、リアルは1時間しか経過しませんが。詳細を、見る気にもなれず自室でゴロゴロする日々です。はぁ…


ノック音がして、ルイスはベッドに座る。


「ルイス、キャンプイベント行くだろ?」


「えーと、今回は僕はパスします。」


トキヤが、暢気に言うのに対してルイスは言う。


「な、なん…だと!?せっかくのキャンプなのに、ルイスのご飯が食べられないなんて…」


トキヤは、わざとっぽく戯ける。ルイスは、苦笑してウィンドを開きイベント詳細を探す。


「ルイス?」


「今回は、海と山が有るみたいですね。」


すると、トキヤは頷いてから言う。


「おう、前半と後半を選べる感じだな。」


ルイスは、ふむふむと頷く。


「今回は、のんびりしたイベントそうですね。これならば、僕が居なくても安心です。」


「甘いな、あの運営だぞ?絶対に、悪戯する!」


確かに、あり得ないとは言えません。しかし、何て言うかやる気が出ないのですよね。しかも、チームを作る際に初心者を入れるルールがあります。


初心者…、初心者ですか。アレン君達だったら、少しは頑張っても良いですね。そろそろ、初級ポーションを教えようとは思ってましたし。ですが、彼を誘うと迷惑になりそうですし。やっぱり、やめておきましょう。うーん、今日はログアウトしますか。




さてと、夕食の準備でも……あれ?台所から、良い匂いがしますね。でも、今日も親は遅いはず……。取り敢えず、台所を覗いてみる事にしますか。


「あ、瑠衣。ただいま、夕食はできてるぞ!」


「兄さん、帰ってたの?」


瑠衣は、驚いた様に言う。


「おう、何とか帰れたよ。瑠衣は夏休みか?」


大河は、笑ってエプロンを外す。瑠衣は、料理を運ぶのを手伝い。それから、頷く。


「うん、そうだよ。」


「なあ、リアルでさ海に行かないか?時矢と龍馬を呼んでさ、アイツらも有給休暇くらいあるだろ!」


柊 時矢さん、ゲームのトキヤさんの本名です。牧田 龍馬さんは、マッキーさんの本名ですね。


うーん、外ですか。


まあ、久しぶりに行きますか。気分転換に、サンドイッチでも作りますかね。いいえ、ここはおにぎりでしょうか?おかずは、どうしましょうかね。唐揚げとかは、時間がかかるから前日に作り置きをすべきですね。卵焼きも、冷蔵庫で冷やしとけば大丈夫でしょうし。少しだけ、楽しくなりますね。


「良かった。作る事が、嫌になったかと思った。イベントも、行かないつもりだって聞いてたし。」


大河は、少しだけ安心した様に微笑む。そこには、弟を大切に思う兄の姿があった。瑠衣は、キョトンとしてから苦笑する。作るのは、嫌いでは無い。寧ろ、大好きな事だ。けど、そこに人との複雑な関わりがあると、とてつもなく嫌気が差すのだ。


それが、好意ならば。受け止めて、全力で返そうと思うのだが、全てが好意では無い現実…。多少は、悪意があろうと平気だ。でも、それが複数の団体として現れると流石にお手上げなのである。


やめ時、その言葉が何度も心を過ぎる。


でも、キリアさん達を拾った癖に、無責任に見捨てるのは違うと頑張っているのだ。


楽しくない、色褪せていくゲームの世界。


当然、何もやる気が起きない。ルイスは、事実としてゲーム世界の台所に立つ事をやめてしまった。


「作るのは、昔も今も大好きですよ。それに、段々と嫌がらせ行為等も減って来てますしね。」


「うん、知ってる。俺だって、お前が心配だから周りに状況とか聞いてるし。疲れたのなら、別に休んでも良くないか?最近、ポーションを作れるお店も増えたんだろ?お前が、無理する必要は無いと思うんだ。何事にも、息抜きは必要だぜ?」


大河は、お茶を飲みながら優しく言う。瑠衣は、考える様にご飯を一口食べる。大河は、続けて言う。


「お前は、昔から真面目で紳士で人思いだけど、自分の事になるといつも溜め込んで潰れるからな。きっと、今回も溜まりに溜まって、潰れそうになってるんだろうなって思った。もっとさ、気楽に行こうぜ。ゲームってさ、本来は楽しむもんだろ?」


瑠衣の瞳から、涙が溢れる。ハッとして、瑠衣は涙を拭う。大河は、ハンカチを渡して頭をくしゃくしゃに撫でる。大好きなものを、大好きだと言えなくなる事ほど辛い事は無い。大河は、今回の件で爆裂としてゲーム世界でルイスに会いに行くと決めた。


兄さんには、いつも勝てませんね。辛い時ほど、どんなに忙しくても側に居てくれます。


何か、力が抜けた気がします。


瑠衣は、笑顔を浮かべるとご飯を食べる。大河は、それを見て優しく笑う。口調は違っても、やはり兄弟。その笑顔は、似ており久しぶりに瑠衣の心に光が灯った。大河は、安心したようにお茶を飲んだ。


「にしても、帰るなら連絡してよ兄さん。」


「お、瑠衣に戻った。じゃなくて、すまんな。」


大河は、笑って謝る。実は、心配の余りに連絡も入れず急いで帰って来ていた。瑠衣の部屋を覗き、ログイン中だと確認して晩御飯を作っていたのだ。


「そうだ、海行くならグレン君だっけ?誘えば?」


「良いの?なら、後でLINEしてみるよ。」


瑠衣は、暢気に笑って後片付けをするのだった。




さて、再ログイン。周りには、誰も居ませんね。お店は、どちらも慌ただしく忙しそうです。


ルイスは、暫く座ってなかったソファーの部屋に入る。すると、トキヤとマッキーが驚く。ルイスは、ノホホーンと微笑み紙とペンを出して考える。


「ルイス、少しは顔色が良くなったな。」


「ふふっ、兄さんのおかげですかね。」


ルイスが、明るく笑うと2人は驚く。


「やっぱり、本当の兄には勝てないか…。」


トキヤは、悔しそうに笑う。悔しいが、前みたいにルイスが笑ってくれるのは嬉しかった。


「まあ、だよな。ルイスが、潰れる前にいつもフォローしてたもんな。俺達も、頑張らないとだ。」


マッキーは、ルイスの出した紙を見ながら言う。


「閉店したら、全員をお茶室に集めてください。とても、大切なお話があるんです。」


ルイスは、真剣な表情で言えばトキヤは頷いた。


閉店してお茶室…


「さて、さっそく本題となります。僕は、暫くの期間ですがbreezeを閉店させる事にしました。」


すると、全員が驚く。ルイスは、真剣な表情で言葉を続ける。勿論、全員が黙っている。


「質問は、勿論ですが受け付けます。これからの、クランとしてのbreezeの方針も決める必要もありますし。勿論、ここでクランから抜けるというのなら引き止めません。生産クランが、生産を止めるのですから。これから、どうすべきか話しましょう。」


「ルイス、どうして閉店させるんだ。」


トキヤは、真剣な表情で言う。


「疲れたからです。僕達breezeは、最近ずっと悪意のあるプレイヤーに悩まされて来ました。攻撃対象は、勿論ですが僕です。そして、その悪意あるプレイヤーを止めようとして、散ったプレイヤーも居ます。お店で、死者のでる事態までに悪化してしまいました。もう、僕も限界なのですよ。だから、息抜きをする事にしました。勿論、僕が居なくてもお店が回るのは理解してます。でも、このままだと僕はこの世界から姿を消すでしょう。だから、僕に暫く息抜きする時間をくれませんか?」


ルイスが、泣きそうな笑顔で言えば、周りは黙る。


「確かに、ルイス様は良く我慢なさいました。」


ランコルは、優しい表情で言う。ガリレフも、無言で頷く。これは、解散ではない。いずれ、息を吹き返すための休憩に過ぎないのだ。それに、お店はやらないがクランとしてイベントは参加する。


「なら、イベントをメインに切り替えるのか?」


「はい、暫くはイベントと素材集めですね。薬草の買い取りは、メンバー交代制で引き続きして貰います。それに、最近は忙しくて休みメンバーも働いてましたよね。お店の警備、薬草の買取り、素材集めそして休日のメンバーを決めルーティンします。」


「ルイス様は、警備と買取から外します。これだけは、私達も譲れません。良いでしょうか?」


キリアは、参加な表情で言う。


「そうですね。その間ですが、やりたい事があるのでお店を暫く、留守にしてしまうかもしれません。取り敢えず、それだけは言っておきますね。」


「じゃあ、夏イベも勿論だが参加だよな?」


グレンは、暢気に笑って言う。


「はい、勿論ですが参加します。」


すると、全員が笑顔になるのだった。皆んな、言いたい事はある。しかし、ルイスが深く傷つき、真剣に悩み導き出した答えだ。誰も、否定なんて出来ない。それに、自分達も疲れていた事も事実であり、そんな自分達にも気をかけるルイスに感謝もある。


こうして、その話は掲示板に上げられ。FLLの世界で、大きく騒がれる事態にもなった。運営すら、予想外のbreeze閉店の展開…。上位ランカー、前線プレイヤーやNPCも動揺し大混乱をもたらした。


ルイスは、生産クラン板を静かに見つめてウィンドを消した。これで、暫く気兼ねなく休めますね。


そう、小さく呟いて…。

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