第104話『月影が描く神父と咎人』
ベオウルフはシンの後頭部を鷲掴みに。
再度木桶にシンの顔を突っ込む。
「——————百二十四」
「……げほっ……マジで……本当に苦しぃッ……許して……」
ベオウルフは人差し指をシンの耳に突っ込む。
声を聞こえないように破壊した。
「お前たちが請け負う仕事は、戦争の代行だけじゃなぇ、
シンの頭部が岩に砕かれる。そして……復活。
…………シンは早くも不死を後悔していた。
ベオウルフはシンの耳に突っ込み内耳を破壊する。
「拷問、尋問に専門の器具は不要だ。特にいかにもといった形状の一目で相手の心に恐怖心を初手から植え付ける拷問器具は、絶対に使うな。絶望と諦観が相手の心を麻痺させ痛みを鈍らせる。拷問を効率化するための痛覚強化の魔法や薬物も使うな。逆効果だ。過剰な苦痛は慣れる。俺が昔ながらの伝統的な方法に拘るのは酔狂じゃねぇ。俺は知っている。これがもっとも効果的であると」
ベオウルフはシンの内耳を破壊。
シンの顔を再び水に沈める。
「最先端の手法を否定するわけじゃねぇ。薬物、痛覚強化、痛覚鈍角、ありとあらゆる器具を試した。駄目だ。強すぎる刺激は心を壊す。心の動きを鈍らせる。俺がこの使い魔を水に沈めている時間は。きっちり124秒。人間は20分近く無呼吸でいられるそうだ。だけどそれは駄目だ。死ぬ限界まで水に沈めれば脳に酸素が供給されなくなり意識が
ベオウルフは手首の力をあえて緩めた。
シンは木桶から自力で抜け出したと思った。
もしかしたら自力で助かる可能性がある。
希望という最大の呪いを植え付けた。
希望がある限り、諦められない。生を。
ベオウルフは数々の経験を経て理解した。
最も危険な毒、それは——希望であると。
「絶望を与えるな。絶望は咎人にとっては救いに過ぎない。————必ず適量の希望を与え続けろ。お前たちはプロフェッショナルだ。常に最善の行動を取れ。もっとも効果的な方法。助かるかもしれない。……そう希望を持たせることだ。目玉を抉る器具、歯を抜く器具、指をへし折る器具、生きたまま焼く拷問器具、
シンの後頭部をおさえる力をあえてゆるめる。
「……ごぽぁ……かはっ……げほっ……あぁっ……助ッ」
「二十二、——あと七十八」
ベオウルフは何の数かは言っていない。
だから嘘を付いている訳ではない。
だがシンは新たな希望を抱いた。
あと78回我慢すれば許してもらえると。
それこそが、致死毒。
「こんな感じで希望と期待を与え続けろ。小さじ一杯程度で十分だ。心を絶対に折るな。折れ線を付けるな。諦めさせるな。———罪人と交わした約束は破れ。適当な理由でイチャモンをつけろ。例えばこうだ。『惜しかったが、89回目でお前は意識を失った。——1からやり直し』。『43回目で木桶を倒し洗礼の水を溢れさせた。だから1からやり直し』……まぁ、何でもいい。適当な嘘をでっちあげろ。すべて自分がミスをしたせいで努力が無駄になったように思わせろ。木桶と水、それだけで十分。道具を選ぶな。身近な物を使え。例えば、縄なんかでも構わない。焦るな。ゆっくり学べ。おまえたちを現場に出すまでに俺が完璧に仕上げる」
漆黒もギルドマスターの特任部隊。
ひとりひとり執行のプロ。
多少の心得はあるつもりだった。
————だが本職は違う。
目の前の静的な所作を見てそう思わされた。
ベオウルフの一連の動作は無駄がない。
静かで精緻で正確。
神にささげる儀式にさえ見える鮮やかな所作。
降り注ぐ雨。稲光。
二つの影を色濃く映す巨大な———月。
月明かりは地面に影絵を作り出す。
その影絵をユーリは一生忘れない。
月明かりが描く影絵————二つの影。
それは跪き懺悔する咎人と神父の姿であった。
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