第87話『第三階層:体育』

 もうシンはシャドウの声は聞こえない。

 次のワクワクをイメージしている。






「……女子供に僕が、体験したのと同じ恐怖、苦痛、絶望を……ゆっくりゆっくり味あわせて、その苦しむ様を見ながら、少しずつ少しずつ心の傷を癒やすことに決めたよ。……そうだなぁ、うん。田舎の村の外れの森の中に、……小さな小屋を作ろう。……表向きは小さな木でできた小屋に見える、ログハウスさ。……でもねぇ、僕が森の中に作るログハウスには……地下があるんだよねッ。……その地下は、すげぇ……めちゃくちゃ広い空間……そこに……僕に絶対に抵抗できない、反撃されない、幼い女を連れてきて、……僕の味わった……恐怖、苦痛、絶望を追体験してもらおうと思っているんだよね。いいアイディアでしょ?」






 シンはもうシャドウに語りかけていない。

 完全な独り言。新しい楽しみに心を踊らせている。






「……僕だけが、あんな辛い思いをさせられるなんてさぁ……さすがに不公平だもんね? 僕が、その痛みを他人に振るったって正当防衛みたいなモンじゃん? キミもそう思うでしょ? これからは……心の傷を癒やすために、……人知れず山にこもって……君たちとはまったく関係のない……田舎の村とかから……女子供をさらってくるんだ……いひひっ……おとなしく、慎ましやかな、スローライフで、心を癒やすことにするよ……僕ぁね、田舎の村で善良なハンサムな青年として暮らすんだ……。でも……ひひひっ……しばらくすると……少しずつ少しずつ子供が行方不明になる事件が発生するんだ……犯人はダァーれだ? 分かるかなぁッ? いひっ」






 シンは一人芝居を続ける。






「犯人はぁッ――――僕でしたッッッ!!!……きっと……突然、子供がいなくなった母親は……半狂乱になると思うんだよねぇ……その顔を間近で見てやろう。非処女はクソだけど、……まぁ、娯楽の一環としてえて寝取ってみるのも面白そうだよね? 心が弱って判断力が弱ったところに……心に隙間に入り込むのさ。……ひひひっ……これはステルスゲームだから……気づかれないように、こっそりとね……子供を失ったのに、旦那も、子供も忘れて快楽に身を委ねる淫売。僕はね散々もて遊んだ後に……ちゃんと、淫売野郎に言ってやるんだ『奥さん……旦那が居るのに……子供がまだ見つかっていないのに……僕と、こんな、事をして良いんですか……こんな事は間違っていると思います。……僕は、この罪を、奥さんの旦那さんに告白します……!』。その後の……修羅場。絶対、……爆笑ものだよね……」







 部屋の中をスキップをしながら一人語り。

 シンは自分の世界に入ってしまった。







「僕ぁ。そして……僕ぁね、そっと……傷口に塩を塗り込んでやるんだ『え……奥さん……まだ幼い……自分の大切な子供を……一人で、危険な外で遊ばせたんですか? ソレは……とても危ないことですよッ!! 人さらいに……大切な子供がさらわれたら……いや、……今の、忘れてください。大丈夫です。きっと、迷子になっただけです。きっと……あなたの子供は帰ってきますよ!』……いひひ。テメェのガキは助かんねぇよ。なぜなら僕が森に作った小屋の地下に居るからねぇ……ひひひ……せめてもの慈悲に、ガキに母親と会った時の会話は逐一、語り伝えてやるんだ。いひっ。その時の絶望に歪んだ顔。きっと最高だろうねぇ。『ママぁ……ココから出してぇ……』誰が出すかよッ! 僕が、おまえを出すときは、殺してからだッ! スローライフ……いいね。うん。ワクワクしてきちゃった」





 

 シャドウはただ柔軟体操をしている。

 授業をやめるつもりはない。



 



「最初の事件は……野犬の仕業にしよう……。最初から飛ばし過ぎはよくないもんな。だから、少しずつ少しずつ大きな事件にしていこう。うん。それがいい。適当に殺して野犬に死体を噛ませる。そして……そのズタボロの死体が……家の玄関で見つかる。……自分がノウノウと寝ている間に殺さえた。きっと……子供は家の扉が開くのまで、ドアを必死で叩いて、助けを求めていたはず。……でも気づけなかったッ! まぁ……僕が、睡眠用の薬をこっそり飲ませたせいなんだけどさッ。……いひっ! その後悔と、絶望は……ハチャメチャに楽しいはずさ……ひひひっ……次の事件は、……人さらいにもて遊ばれて、絞殺されてしたことにしよう。……まぁ、これも犯人は僕なんだけどさぁ。……そうやて、一人一人が破滅していく姿を、優しくてイケメンの好青年の僕が、……寄り添いながら見守ってあげるさ。楽しそうだなぁ、ステルスローライフッ!」








「ボコボコに殺す冒険の旅も楽しかったけど、村に暮らしながら、そうやって……人が苦しむ姿を眺めるのも楽しそうじゃんねッ? スローライフとステルスゲームのあわせ技。ステルスローライフッ!!……徐々に弱ってゆくガキの親。……親切で優しい僕が、寄りそってささえてみようか? まぁ、その親の顔を思い浮かべながら、ソイツのガキをハチャメチャな目にあわせちゃうんだから。こりゃ……もう盆と正月が一緒にきたみたいな、シナジー効果が期待できるよねッ! 善は急げ……僕ぁ、みんなに知られないようにヒッソリと暮らすよ。これから先は、侘び寂びの精神で、傷ついた心を、癒やすことにすることに決めちゃったッ! やったぁ! 世界の破滅が救われたぁッ! おめでとう! おめでとう! おめでとう! バイバイッ! 僕は、スローライフを始める。……よかったね。君の勝利だ……さぁ、早くここから出してくれ。僕は……早く幼い女をボコボコにしたいんだ。そうじゃないと、耐えられない。……早くしろよ? 世界の破滅が千年以上先延ばしになったんだから、あんたの手柄だろ? 僕ぁ……王都とも、あんたとも関係のない……女を犯しぬいて、子供を殴ってスカッとして、心の痛みを……少しずつ少しずつ癒やすよ。先生!」


「逃げンのか? ゴミ」






「勝ちとか負けとかこだわるのってさ、ダサいと思うんだよね。人生、楽しんだものが勝ちでしょ?」


「逃さねェッ」





 臆病で残忍なシンは二度と姿を現さないだろう。

 ステルスゲームを始める。




「僕ぁ、慎ましやかに暮らしたいだけなのにッ! それに……王都から遠く離れた地方なら、君にも関係ないじゃん? これってさぁ、Win-Winじゃん?」


「テメェはナァンも分かってネェッ」


「……これ以上は……僕の私生活への内政干渉だよッ? 個人の自由をキミは犯すの? キミが無教養だからって、僕に対しての人権侵害はやめてねッッッ!!!」





 ――シンを絶対に帰してはならない。

 もうどこにも逃さない。

 ここが、終着駅だ。





「俺がなんで漆黒はじめたか知ってッか?」


「王都とか、家族とか、友人とか、そういう自分の大切なモノを守りたいーとか、まぁ、そんなかんじっしょ? 知らんけど」





 世界一薄っぺらい言葉だった。シンは言った。

 『ナニするかよりダレがするかが重要』

 だから、シンが語る言葉は何の重みも無い。

 これは、声じゃなくて、ただの音。





「ハズレ――――テメェみてぇな薄汚ぇゴミ野郎をこの俺の両の手でブッ潰すためにキマってんだろをがよぉッ! よりによって子供に手ェ出すって言いやがったなァ! ぜってぇにテメェを許さねェッ! 授業はからに変更だッ! 詫びても許すかッ! クソ野郎ッ!!」

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