第63話『タネも仕掛けもある、奇跡』

「ユーリさんは闘っています。この月の下で」


「でも、パパが、まけるはず……」





 アルテは、語った。

 ギルドマスターの最終任務の内容を。


 ユーリの死が任務に含まれていること。

 迷宮術士のユーリ以外には出来ない任務であること。





「……死を、前提とした作戦」


「最終任務は、死ぬこと、です」





 アルテも、かつてユーリに救われたことがある一人。

 


 だから、ユーリのような存在がと理解している。

 正しいかどうか、という話ではない。必要なのだ。




 が、救えなかった者が居る。

 取りこぼしてしまった者たちがいる。

 それを救うのが、執行権限を持つ者たち。

  


 いつか、そんな物を不要とする世界が来るかもしれない。

 そうであれば、どれだけ良いだろうか。




 でも、それはいまではないのだ。

 いまを生きる人間を救うことは、今の人間にしかできない。 



 そして、それが誰かの犠牲の上に成り立っていることも。

 頭では理解していた、だが……。





「パパにも、奇跡はおこる。だって、がんばってた」


「ユーリさんが、見せてくれた物は……」





 アルテは、そこで口をつぐむ。

 奇跡ではない。手品、タネも仕掛もある。

 それを、ルナに言うべきか。




「大丈夫。あたいも、……わかってる」


「ルナちゃんは、どこまで……」




 ルナは、全て理解している。

 ユーリのことも、自分のことも。



 自分の力が危険な物である。

 嫌というほど何度も、あの男に聞かされた。


 あの男は、精神が歪み、狂っていた。

 最も信じたくない相手。


 

 その男が語りかけた言葉。

 それは理屈にかなった、矛盾のない、ただの説明だった。




 事実、現実、証拠、根拠、理論……。

 そういった物を、次々と突きつけられた。

 それらの事実は、ただ辛く苦しいだけの物でしかなかった。



 そこに、何の意味もなかった。



 自分が文献の魔王を創るために造られたこと。

 人殺しのために造られた、兵器であること。

 



 それが狂言でない、事実だと、現実を見せつけられた。

 調教術を使い、強制的に行われる性能試験。


 あの男は、殺戮兵器としてのを褒め称えていた。

 その、称賛の言葉は、最も嫌いだった。


 ルナは、自分の性能も機能も知っている。

 何百、何千と聞かされたから。

 性能試験をさせられたから。




 だけど、ユーリは、その事実を否定した。

 とても、稚拙で、子供っぽい方法だった。

 

 

 ユーリの言葉には、証拠も、根拠も、理屈も何もない。

 ただ、ひたすら俺の言うことを信じろの一点張り。


 でも、想いは伝わった、だからそれだけで信じるに十分な理由。



 世界を支配できるだけの理論上の

 そんな相手に、満身創痍になりながら、自分を、打ち負かしてくれた。

 



 ユーリの体からは血は出ていた。骨が折れる音も聞こえていた。

 骨が砕け、血が出れば、誰だって痛い。当たり前の話だ。

 


 ユーリが痛みを感じていなかった訳ではない。

 ただ、意地を通しただけなのだ。



 ルナを安心させる。それだけのために。



 「女の子とジャレあってるだけだ」

 そんな風に格好をつける。それを貫き通す。 

 それが、格好いいと思った。




 最後の一撃。星を穿つ竜星トゥインクル・スター

 隕石の直撃に匹敵する衝撃だったはず。



 それに、逃げず、両手を重ね合わせ、押し切った。

 まるで、遊んでいるかのように、ユーリは笑っていた。 



 そして、力尽きて倒れたルナを抱きしめた。

 ほっとした。安心した。嬉しかった。



 「ルナは、ただの、女の子」。

 子供でもわかるような、そんな、ウソ。


 

 でも、そんなウソを守るために、文字通り命を張った。

 意地を貫き通した。あの男ではなく、俺を信じろと叫んだ。



 限界を超えて、ムリをして、ボロボロになっていた。

 それでも、不敵に笑いながら、ウソをつきとおした。 



 涙が出るほどに嬉しかった。

 だから、信じると決めた。





「奇跡は、ガッツがあれば、おこせる。パパがそう、おしえてくれた」



 気合、根性。矜持。



「想いがあれば、奇跡が起こせる」




 強い想い。相手を思う気持ち。




「奇跡は、手品みたいな物です。タネも仕掛けもあります」


「そだね。だから、あたいたちも起こせる」

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