第60話『団長は月夜に吠える』
「そろっと、俺が出張る頃合いだなッ! ユーリ頼むッ!」
団長の通る道だ、気合入れていくか。
真正面。ド直球ストレート。
「うおぉおおおおおおおおッ!!!!」
加速度的に混迷を増す戦場。
超速度で破滅的な死の塊が飛翔する。
「人は血の詰まった、ただの袋」
そんな感じの言葉を誰かが言ったそうだ。
どういう文脈で語られたか。
誰が言ったかは知らない。
だが、俺は誰よりも知っている。
その言葉が事実であると。
投擲。着弾。爆散。爆散。爆散。轟音。
陣を崩し、通り道を作る。
「そんじゃ、一暴れだッ!」
団長を取り囲むように襲いかかる無数の軍勢。
剣の斬撃。槍の刺突。大盾の殴打。
その全てを受けきり、双剣で叩き斬る。
「
左右の剣から繰り出される超高速の斬撃。
一言でいうなら、人間ミキサー。
立ち塞がる者達をバラバラに引きちぎり突き進む。
だが、斬っても斬っても、終わりはない。
「ちッ。この数殺し切るにゃ、時間が足りねぇ。これじゃ、埒があかねぇッ」
おそらく敵軍も、今は引くに引けない状況なのであろう。
明確な形で敗北を与えない限り止まれないのだ。
「おや? こんな夜更けに、どうかされましたか、悪魔さん」
団長の、
双剣をただの身一つだけで受け切る2メートルを越える大男。
汗一つない、涼しげな顔をしている。高位の聖職者だ。
「
「ふふ。違いますよ。私は神に遣える聖職者。
2メートルを越える巨躯の聖職者。
白い法衣の上からもうかがえる異常に発達した筋肉。
双剣の連撃をノーガードで受け切るとは常軌を逸している。
特徴的な糸目。涼し気な顔に薄ら笑い。
さらに、超巨大な鉄の十字架を担いでいる。
「
聖職者が掲げる武器は、巨大な十字架。
それを、力任せに地面に叩き付ける。
団長は双剣を十字に構えソレを受け切る。
回避は可能。だが、団長の意地がソレを許さない。
団長の足元に巨大なクレーター。
この十字架の一撃がそれほどの威力ということ。
「ふむ。今のを、受けきりましたか。貴方は、見上げた悪魔さんですね」
「イヤイヤ……てめぇの異常な馬鹿力も随分と悪魔じみてるぜッ」
激しい応酬が続く。どちらも一歩も引かない。
そして、この二人は高らかに笑っている。
命をかけた死闘を……楽しんでいる。
魔双剣の高速斬撃は、確実に男に当たっている。
その証拠に法衣に斬られた跡が残っている。
だが、聖職者の異常な筋肉に阻まれ致命打とはならない。
お互いに攻撃を避けない。殴り合いは続く。
ここまでくると、ただの意地の張り合いだ。
突如訪れる、一瞬の静寂。
「そろそろ、決着と参りましょうか」
「ああ、惜しいが、……これで決着だッ」
「貴方は、最高でした。終わらせるのが、寂しいと、思うほどに」
「ははッ! そうだな。まぁ、そりゃ、俺も同じ気持ちだぜッ!」
聖職者の巨漢は巨大な十字架を肩がけに担ぐ。
そのまま振り下ろすつもりだろう。
対する団長は双剣を持った手をだらりと下げる。
筋肉を弛緩。完全な脱力。最速の準備を整える。
「
「
巨大な十字架を力任せに叩きつける、渾身の一撃。
迎え撃つは三日月状の弧の軌道を描く、神速の斬撃。
―――ぶつかりあう、意地と魂の一撃。訪れる、決着。
「ふふ……優れた武人との死闘、胸躍りました。思い残すことはありません」
「おまえも、最高にイカした男だったぜ。天国にでもどこにでも行っちまへ」
「一つだけ。私の敗北は主の敗北を意味しません。ゆめ、思い違いなさらぬよう」
「んなこたァ……もち、分かってるッ。罰はさ、きちっと受けるさッ、地獄で」
「偉大なる父。主が、我らの罪を赦すよう……願わくは、彼の罪も赦したまへ」
「お前、敵である……俺なんかの……、ためにッ……っ……」
「ふふっ、きっと、聞き間違い、……でしょう。私は一足先に、主のもと……へ」
聖職者の男は満ち足りた顔で果てた。
その死に顔は安らかな物であった。
きっと殉じた神の御下に行ったのだろう。
敵ながら、大した男であった。
聖職者であると同時に、生粋の武人だった。
強者との闘いを楽しまないはずがなかった。
勝負が終わればノーサイド。恨みっこなしだ。
いつの間にか、戦場は静まりかえっていた。
みなが、二人の闘いを、固唾を飲んで見つめていた。
いや、魅入っていた。
俺達が対しているのは10万の軍勢。
10万の中には、聖職者のような傑物は存在する。
それら全てに勝利し、
それでこそ敵も敗北を受け入れるというもの。
敵軍の被害も甚大だ。戦場は混迷を極めている。
早期決着を望むのは、何も俺たちだけじゃない。
きっと、勝利でも、敗北でも構わないのだ。
彼らは、明確な決着が欲しいのだ。
誰が見ても明らかな勝敗で終わらせたいのだ。
だから男は、月夜に、吠える。
「こっから先ッ! 戦場で覇を競うのは本当に強ぇ猛者だけだッ!! 腕自慢は遠慮しねぇでかかってこいッ!! 大将首は俺だッ!! 100人組手ッ!――いや、1000人組手でも構わねぇッ!! 俺が喧嘩すんのは、歴戦の剛勇だけだッ!!!」
相変わらず言ってることはムチャクチャだ。
だが、だけど……それが、良い。
それでこそ、漆黒の団長だ!
それに、……俺たちだけじゃねぇ。
事実、この言葉を誰もが真剣に聞いている。
「俺一人だけでお前らの相手をしてやんぜッ! 安心しろ! 相手は俺一人ッ! 仲間にゃ一切手出しをさせねぇッ! 最強過ぎる俺が与えるハンデだ。何人がかりでも構わねぇッ。手段も方法も問わねぇ。男なら一度は大将首取ってみやがれッ!!!」
団長が吼えた一方的な100人組手の決闘宣言。
戦争中とは思えない、あまりに荒唐無稽な主張。
だが、誰もが当然のように、この言葉に従った。
驚くべきことに、両軍、満場一致で可決した。
敵軍も団長の決定を、よしとした。
「吼えたな、小僧。面白い。乗ってやろうじゃないか」
団長の前に、猛々しい面構えの猛者が集う。
その数は既に数十を越える。
その誰もが自信に満ち溢れた強者の顔。
一人として、弱者は居ない。
この男たちは漆黒の圧倒的闘いを見ている。
それでも、なお自分を最強と自負する猛者達。
団長の相手は一人とて尋常なる者はいない。
鋭い眼光、覇者に相応しき荘強なる面貌。
世界は広い。このような猛者が居るのだ。
最強を吼える団長と、まだ見ぬ豪傑相手の100人組手。
なんとも団長らしいわかり易い決着の付け方だ。
敵軍も、この団長の雄叫びに賛同したのだ。
いまや、敵の軍勢は既に、武器を地面に置いている。
兵は地に座りこの闘いを目に焼き付けようと構える。
それは、こちらとてそれは同じだ。
武器は全て地面に置いて、地面に座っている。
無粋なちゃちゃ入れなど、するつもりはない。
ここから先は、もはや戦争ではない。
真の最強を競い合う場だ。
男は……そう戦場で吼え、そう決めた。
その雄叫びを聞き、彼らはそれに同意した。
望むのは正々堂々真っ向勝負の強者の一騎討ち。
最強の猛者を有する軍勢こそが、すなわち、勝者。
単純で分かりやすい。真の最強を見極める闘い。
この、馬鹿げた決断を冷やかすものは誰もいない。
これは、場にいる全員が、同意したことである。
ここから先、俺たちは強者の闘いを見守るだけだ。
決着の時は、――近い。
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