第59話『絶望打ち砕く影の英雄』
「まっ、タネがバレりゃ、単純な手品だべ」
俺に、そう自嘲気味に言っていた。
エッジは身体能力、魔力が弱い。
エッジの育った環境はあまりに残酷が過ぎた。
奇術めいた技は彼の生い立ちが影響している。
エッジはその半生を移動サーカスで過ごした。
そこでエッジは奇術の本質を理解した。
誰から教えられる訳でもなく繰り返し見る事で自然と覚えた。
だが、エッジは奇術自体には関心を持たなかった。
むしろ当時は、奇術を忌むべき物と思っていた。
エッジは違法奴隷商が運営するサーカスの見世物だった。
エッジの生みの親である両親も同じである。
人道とかけ離れた施設。
尊厳を踏みにじり下劣な嘲笑に変える施設。
名誉と尊厳を換金する邪悪な施設。
エッジが育ったのは、そんなサーカスだ。
エッジの身体的特徴は亜人の両親から引き継いだ。
痩躯は劣悪かつ非人道的管理による慢性栄養失調のため。
今は身体的特徴を
だが当時は、激しい劣等感を抱かせる特徴でしかなかった。
全てを諦め、心を無にして過ごす、灰色の日々。
そんなある日のこと。
非人道的サーカスのキャラバンは謎の襲撃者に襲われる。
襲撃したのは、黒服をまとった若き双剣士。
エッジは無謀なる黒服の若者を死んだ目で見つめる。
勇敢なこの男も他の冒険者と同じように殺されるのだと。
希望は持たない、希望は、絶望を深くする。
一瞬だった。まるで、荒れ狂う漆黒の暴風であった。
黒服の青年は双剣と罠を駆使、嵐のように一団を壊滅させた。
悪徳違法奴隷商も、その手下も容赦せず、完全に殺し尽くした。
エッジと親に地獄の責め苦を与えた敵を、たった一人で。
永劫に続くと思われた地獄を一瞬で終わらせた。
団長――否。当時は、シャドウと名乗るただの青年。
ギルドマスターから力を授かる、そのずっと前のこと。
青年が持つ武器はただ一つ、――漆黒に燃える正義の心。
ただの一般冒険者、シャドウ。
漆黒立ち上げ前はただの一人でこんな活動をしていた。
もはやそれは、狂気と言っていいだろう。
永遠に終わらない責め苦は、この日を境に終わりを告げる。
エッジと団長の縁はその時からだ。
エッジは弱者を食い物にする悪を激しく憎悪する。
平穏な日常、その真の価値と尊さを知るのは、エッジ。
尊厳、人権、日常、その意味と価値を真に理解している。
だから、それを奪う敵には一片の容赦もしない。
親と、自分を救った団長に対する恩義は篤い。
だが、親友になってからは直接的な感謝の言葉は口にしない。
代わりに、行動、その命で、返し切れない大恩に報いる。
シャドウとエッジの友としての付き合いは長い。
照れもある。対等な関係でいたいという思いもある。
変にかしこまって、親友との間に距離を作りたくない。
シャドウは英雄であり、同時に、大切な友でもあるのだ。
エッジは今もあの時の光景を一時たりとも忘れた事はない。
親友となったシャドウに言葉で過度な敬意を示す事はない。
それでも心の中ではシャドウは、彼にとって永遠の
だから、憧れた
そんな彼が漆黒のシャドウと共に戦うために生み出したオリジナル。
それが、
*
「手先の器用さだけは少し自信あるべ」
エッジはそう笑っていた。
奇術を成功させるために必要なこと。
それは、注意を引きつけタネから目をそらすこと。
攻撃技より奇術に近い。
ゆえに、タネを絶対に悟られてはならない。
そのために相手の視界と聴覚の注意を奪う。
それが、最重要だと言っていた。
理屈ではエッジの言っている言葉は分かる。
だが、それは、エッジにしかできないことだろう。
エッジの自己評価は、過小評価に過ぎない。
確かに、奇術のタネを聞いた今なら俺も一応再現はできる。
静止した相手なら
だが、エッジは戦場という不規則に変動する場。
荒れた悪路を駆けながらソレを一瞬で行うのだ。
曲芸的、相手に勘づく間すら与えない。
言うは易く行うは難し。
手品のタネが分かったとて、誰にもマネなど出来ないだろう。
「所詮、俺のは初見殺しだべ」
エッジは自嘲気味に語る。
ならば、俺はこう切り返そう。
初見殺し大いに結構。
漆黒は一撃必殺を旨とする。
一の太刀で殺し切る――二の太刀要らず。
一撃必殺にこそ宿る、神通力は確かに、ある。
「おしッ! エッジの妙技で敵陣が乱れてきたッ! そろっと俺の出番だぜッ!」
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