第58話『奇術師と手品』

頼交換用鉤爪投擲我疾走予測地点ユーリ、弾切れだべ。新しいカギ爪を、受け取れる場所に投げてくれ!





 躍るように戦場を駆けるエッジの動きを読め、と。

 更に、最適な場所に交換武器を投げる……。





「んなもん、楽勝にできるぜ! 受け取れ、エッジ!」





 背負った武器庫アーセナルからカギ爪を取り出す。

 エッジの移動速度、風向きを予測。

 落下地点を予測、空中にぶん投げる。


 

 エッジは駆けながら落下してきた楽器タクトを掴む。

 武器の交換は、走りながら。一瞬のことだ。





謝謝謝謝!助かったべ!」 





 このカギ爪には明確な弱点がある。

 それは使用できる弾数に上限があること。

 このカギ爪の弾数は50。



 右手は鋭利なだけの仕掛けのない鉄のカギ爪。

 その右のカギ爪で首の後ろから脛骨を抜き取る。


 カギ爪の形状は左右対象で同じ。

 だがは仕込み武器だ。




 左の爪の先端には注射器のような機構がある。




 人差し指、中指を同時に曲げると仕掛けが作動。

 爪先の先端から寄生型粘性魔獣が射出される。

 ゾンビと呼ばれる、死体を操る雑魚魔獣の本体。

 魔獣としては非常に弱い部類の魔獣だ。



 脳だけの機能しか持たない粘性の魔獣。

 触手もなく動きはナメクジ並みに遅い。

 アメーバに近い。魔獣としては非常に弱い。



 通常は動かない腐敗した死体の傷口から侵入。

 ゾンビはこの魔獣が死体を操って動かしているのだ。

 本体の粘体は靴底で踏めば殺せる雑魚魔獣。




 それも、タイミングと使い方次第だ。




 そこらに居る雑魚魔獣だから補充も容易。

 継戦能力を考慮すれば戦術的優位性タクティカルアドバンテージは高い。

 弾が補充しやすというのは、強みだ。



 だが、弾丸が尽きればこの武器の優位性は損なわれる。

 多数を相手とする殺傷用武器としては明らかにリーチが短かい。

 模擬戦、趣味的な武器という位置付けの武器だ。







 *







 以前、エッジに奇術のタネを教えてもらった。

 タネは呪術的な現象と不釣り合いなほどに単純。



 奇術の手順はこのような感じだった。

 一連の所作は一瞬で完結する。




 


 目標に向かって音で注意を引きながら一気に接近。

 右のカギ爪で首の後ろからコンッと一つ脛骨を弾き出す。

 ダルマ落としを木槌で一段抜くのと似ている。



 


 

 

 切り裂かれた首の隙間から左のカギ爪を挿し込み注射。

 人差し指から、超強力な痛み止め薬剤が射出。

 中指からは粘性寄生魔獣が射出される。


 魔獣は即座に神経と癒着、身体コントロールを奪う。

 切断面の流血、傷痕も粘性魔獣がふさぐ。


 カギ爪で斬られた相手は痛み止めで麻痺している。

 だから粘性魔獣の違和感にも気づけない。




 


 注意をそらすためカギ爪の金属音を立て通り過ぎる。

 駆け抜けたあとしばらくして異変が起きる。

 粘性魔獣の完全な神経接続、身体掌握が完了したのだ。


 近づく人間を攻撃するだけの生きたゾンビと化す。 

 首から上は、元の人間のままで。

 だから、戦場に疑心暗鬼と混乱が生じるのだ。






 

 これを成功させるために様々な工夫がこらされている。





 異様なほどの痩躯。

 長腕、長脚という身体的特徴。


 カギ爪という見慣れない武器。

 左右の爪が奏でる恐怖を煽る鉄の音。


 音のしない足音。

 舞うような独特な足取り。


 奇怪な笑い声。  

 暗闇に溶ける漆黒のローブ。 




 それら全てが奇術を成功させるための演出。

 衣装、音、容姿、その全てに意味がある。



 奇怪な笑い声、鳴り響く金属音、音なき足音で。

 相手の聴覚を完全に支配する。



 異常な痩躯、長大な両手足、鉄の爪、黒いローブ。

 相手の視覚を完全に支配する。



 左右のカギ爪による斬撃は200分の1秒で完結。

 人間の目で認識できる速度は60分の1秒程度。

 その3倍の速さで完了させる。

 


 更に自壊式使用時は、10倍の速さで行われる。

 2000分の1秒で一連の所作が完結する。

 カマイタチに切られたような物だろう。




 サーカスの奇術師と似た、発想の技。

 一流の奇術師は舞台外の日常でもそれを続ける。

 それは、エッジも同じなのだ。




 この奇術の起源は、団長との出会い。

 そして、彼の半生が影響しているのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る