第44話『いってきます』
テミスは銀色の髪を指にくるりと絡める。
おそらく、何か考えているのだろう。
「テーにクイズ。人って、なぁーんだ?」
「言語を持ち高度な思考する生物のこと?」
「ぶっぶー。人並みの知能、言語を有する魔獣もいるんだ」
高位の魔獣は城塞を構えるような奴らも居る。
「……それじゃ、他者を思う、心?」
「はは。それが、『人』の答えであって欲しいもんだ」
それが答えならどんなに良いか。
「それじゃ……えぇっと、体の構造、構成材質で決まる?」
「人より植物に近い亜人、無機物に近い亜人もいるそうだぞー」
「むずかしい……。こたえ、おしえて」
「実はこのクイズに、答えはないんだ」
「答えが、ない?」
「誰も、明確に答えることができないんだ」
文献、所属する国によっても違う。
定義がそれほど難しいのだ。
「がっくし」
「それなら、自分で決めちゃえばいい」
「つまり、それは、どういう?」
そもそもテミスが俺に投げかけた質問。
それは、答えを求めての物ではない。
これは哲学や学術的質問ではないのだ。
難解な質問に答えられるとは思ってない。
テミスは、きっと不安なのだ。
抱えていた秘密や悩みを誰かに打ち明けたかった。
それだけのこと。
自己の存在が不確かになる時期を人は一度は経験する。
反抗期、思春期、中二病がまさにそうだ。
そういった時期を経て、自己と他者の違いを理解する。
自己形成。まさに、人らしい、いたって普通で健全な悩み。
「つまり、テーは人だ! 俺が言うんだ、間違いない!」
「すごい。びっくりするほど、根拠なかったっ」
そう言いながら、くすくすと笑っている。
笑ってくれればそれで十分。
「とっても、てきとー」
「いーんだよ。適当ーでいい」
「そうかな」
「そうだ。それにあんま小難しいことを考えているとっ」
人差し指を、ピシッとテミスの眉間に向ける。
漫画なら、ここで『ドン』とか書かれているだろう。
「ここにシワができるぞっ!」
テミスは眉間のあたりを指で触り、シワを確認する。
あたふたしている反応は、年相応で面白い。
天秤、裁定者、難しいことは分からない。
だけど、普段のテミスを見ている俺には、断言できる。
彼女が、人であると。
言葉でうまく表現をする術はない。
それでも、確信を持てる。俺のこの解は、正しいと。
「シワ、ない?」
シワはない。驚くほど、綺麗な肌だ。
でも、反応が面白かったので、少しからかう。
「フッフッフ。さて、どうかな。鏡をみてのおたのしみだ」
「ひどい、いじわる」
「さっきの質問な」
「うん」
「もし本当に知りたくなったら、王都でいろんな本を読んでみるといい」
「シワできるから、いいや。あきちゃった」
「はは。『人ブーム』、短命だったな」
「ユーリを信じる。ユーリは嘘つかない」
続けて、テミスは聞こえない声でつぶやいていた。
「ユーリになら、騙されても、いい」。
それは、誰に向けた言葉でもない独り言だった。
だから、その言葉は俺には聞こえなかった。
「そうだ、俺を信じろ。俺の言うことに間違いなどない!」
「うんっ!」
*
「お月さんの仕事、それは、サボっていい」
「えっ……」
「文句言われた時は、うちが副業禁止だったから、そう、言ってやれ」
「なにそれ。ふふ」
「月は、大きい。だから、器も大きい。そーゆーもんだ」
「よくわからないけど、面白いから、信じる」
「もし、細かいこと言うなら、俺が拳でわからせるさ」
「ユーリが、星と、喧嘩?」
「こうやって、……こうだっ!」
俺は仮想の月相手に、右フックとストレートを繰り出す。
テミスは月と俺が喧嘩したのを想像して笑っている。
なんだか俺もたのしくなってきた。
テミス相手に月相手のシャドーボクシングを披露する。
馬鹿馬鹿しくて、笑ってしまった。
「ユーリ勝てた?」
「引き分け。相手もなかなかのもんだ」
「仲直りは、大丈夫?」
「大丈夫。大抵、殴り合えば仲良くなるって、決まっているもんさ」
「うん」
「死んだあとのことなんて、気にするな」
「…………」
「楽しいことを見つけて、幸せに生きるんだ」
「うん」
「月が親だってんなら、それを一番望んでいるはずだ」
「……」
「笑いながら生き抜いて、帰ったらその想い出を話すといい」
「うん」
「テーは、人が好きか?」
「すき」
「っ……ユーリが」
「サンキュ」
「これ。ほんとの、気持ち」
「10年後に言ってくれれば、その時はまじめに聞く」
……10年後。
俺にとっては、永遠と同じ。
「ながい、3年っ」
「はいはい」
「はぁー。俺、死んだらどこ行くのかね」
「天国」
「そうだと良いんだけど、まっ、地獄だろう」
俺は、多くの殺生を行った。
それが、例え救うためであっても。
その事実は変わらない。
「……でも、それでっ……あの時、わたしは、救われたっ!」
確信を持った強い、言葉。なるほど。
気遣って、知らないふりをしてくれていたのだろう。
なぜ、知っているのかそれは分からない。
「そっか、見えてたか」
「なんか、こう……その……、みえちゃった、感じ」
「トラウマもんの怖いものみせてしまったな。すまない」
「怖く、なかった。……救われた、わたしにとって、ヒーロー」
救助された囚人は全員、鍵付きの地下牢で発見された。
ギルドで俺は、そう報告を受けている。
つまり、テミスは俺のことを肉眼では見ていない。
それでも俺が見えた。なんらかの力なのだろうか。
「みんな、感謝してた。
「ありがとう」
「ユーリのいままでの頑張りを、誰も知らない。それでも、わたしは知ってる! だから……胸を張ってっ!」
「そうだ、……そうだな。ありがと」
後悔などはない、してはいけない。
自分でその道を選び誇りを持って行ったこと。
その結果の一切を俺が負う。
それに疑念を持つことは、救った者、殺めた者。
その、どちらをも否定すること。
「ユーリはヒーロ! だから、幸せにならなきゃ、ウソッ!」
「ありがとう。堂々と胸を張って、笑いながら行くさ、地獄に」
「わたしも、地獄に行く」
「テーはまずは、月に土産話を持って帰らないとな」
「それじゃ、月に帰った後、行く」
「そんな、旅行気分で行けるもんか?」
「そこは、こう、気合でっ!」
グッと、小さな拳を握っている。
なんだか、それが妙におかしかった。
思わず腹を抱えて笑ってしまった。
おかしくて、涙がでるほど。
「まあ、暇なときに遊びにくればいいさ」
「うん」
「それまで、地獄の悪党を掃除しとく」
「待ってて、ユーリ。わたしが、迎えに行く」
「はは。そりゃ、最高だな」
俺は立ち上がる。
そろそろ、時間だ。
「そんじゃ、行ってくる」
「……っ」
「付きあってくれてサンキュ。楽しかった」
「どこ、いくの」
「王都。商談の件で、ちょっとな」
「わたしも、行く」
「だめ。おとなしく寝てなさい」
「むり」
「だーめ。これは、命令」
「……ひきょう」
「はは。かもな」
「いかないで」
頭にポンと手を乗せる。
「いってきます」
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