第43話『月よりの裁定者テミス』

「ユーリは月、好き?」


「そうだな、好きだ」




 お月さんはいつも、見ていてくれる。

 誰よりも俺を見ていてくれていたのは、月。


 俺の、良いとこ、悪いとこ。

 全部、月は知っている。




「太陽は、ちょいとばかり、まぶしすぎるな」


「わかる。晴れた日に見上げると、目がいたい」




「そうそう。その点、月は目が痛くならないもんな」


「そだね」




「うれしい。ユーリが、月が好きでいてくれて」


「テーも月が好きなのか?」




 少し考えたあと、テミスは答える。




「月」


「スキ、じゃなくて、ツキ?」




 テミスは、こくりと、うなずく。

 そして、指先を、静かにすっと、月へ向ける。




「月から、来た、わたし」


「ほう。そりゃ、また」




「こわい?」


「いや、べつに」




 俺だっておなじようなものだ。

 この世界の生まれではない。

 でも、月か。そりゃ、また。




「かすかな、記憶。わたしは、月から、遣わされた」




 昔話で聞いたことがある。

 かぐや姫だったっけか。

 かぐや姫は月から来た人だったっけ。


 テミスも少し神秘的な感じはある。

 月、なんとなく説得力はある。




「だから、月を見ると、歌いたくなる」


「なるほど」




「……、のかも」


「確信はないのかよっ!」




「てへっ」


「てへて……まぁ、月はキレイだ。関係なくても歌いたくはなるが」




「うん」


「俺も、歌がうまけりゃ、一曲くらい歌いたいところだ」




「聴かせて」


「こんどな。練習させてくれ」


「わかった。こんど、約束、ね」




 こんど、約束か。




「月が恋しくはならないのか? 故郷、なんだろ」


「ユーリと会う前の……わたしは……」




「…………」


「いつも、はやく、還りたい、そう思ってた」




「いまは?」


「還りたくない」




「そりゃ、よかった」


「うん」




「里帰り、みたいな感じでは帰れないのか?」


「むり。月に還るのは、器が壊れたとき、だから」




「器?」


「そう、魂の入れ物。この体」




「えーっと、そりゃ、死ぬ時ってことか?」


「そう。器が壊れると、月に還る」




 テミスは指先で自分の魂が月に飛ぶ軌跡を描く。

 その指の軌跡を目で追いかける。

 流れ星が月に飛んでいく姿が、目に浮かんだ。




「月に帰ったら、テーはどうなる」


「星に還る。わたし、元は月の一部、だから」




「そりゃぁ、また。ずいぶん心躍らない、帰郷だなぁ」


「すごく、同意。でもそれが、わたしの役目」


「役目ねぇ」




「そう役目。裁定者リファラ。人を模して鋳造された天秤、それがわたし」


裁定者リファラ?」




「死んだあと、わたしの記憶と経験。それが、月に届く」


「もうちょい気軽に連絡とれるようにして欲しいもんだな」


「わたしも、そう思う。そこは、星なのでっ」




「まぁ、星なら、仕方ないか。お星さまに、説教してもな」


「うん。時間の捉え方、死生観、人と違う」




「そりゃまぁ、そうだろうとは、思うのだが」


「でも、月は、理解したがっている――人を」




「人を理解したいなら、直接、テーに聞きゃいいのにな」


「わたしは…………」



 そこで、テミスは言葉を止めた。



「月が、造ったね」


「そう、人を理解するために造ったの」




「すげーな、月。手とかなさそうなのに、どうやって造るんだ?」



 テミスが、必死に指をわきわきしている。

 どうやらジェスチャーで俺に伝えようとしているようだ。

 すまん、さすがに、そりゃ俺にはわからん。




「こんな感じで、てりゃって、感じ?」


「なんとなく雑な感じだな、月」




「そこは、まぁ、ゆーて……星なので」


「星かぁ。星だもんなぁ」




「まぁ、まとめて言うとだな、俺にゃ、難しいことが分からん」


「うん。それは、しってる」




「そんな俺でも断言できることが、一つだけ、ある」



「…………」



「テーはな、人だ! 断じて、物でも、道具でもない。人だ」




「役目を与えられた、道具として造られたとしても?」


「そうだ。造った人、……いや星、の目的、それは子には関係ない」




「……でも」


「だいたいな、子供ってもんは、親の思ったとおりなんかに成りはしない」




「そう、かな?」


「そうだ。そんなもんだ。だから、大丈夫だ」




 親が居なかった俺がいい切れることではない。

 それでもなんとなくは、分かる。


 俺の親も、俺に何かを期待していたのか。

 一度は聞いてみたかった気もする。


 それは、もとより叶わない話。




「星と話せるなら、酒を酌み交わしながら、人を教えてやるのに」


「なにそれ。ふふ……変。とっても」




 我ながら、変なことを言っている。

 だけど、そんな荒唐無稽な話が妙にたのしくて。

 そんなことを考えてしまうのだ。




「変かね? そりゃ、まぁ、そりゃ変だわなぁ。ははっ」


「変。でも、とても、たのしそう。だから、……いいっ!」

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