第36話『道を外れた者の断末魔』
俺はゆっくりと害獣に歩みをすすめる。
肩にポツポツと冷たい感触。
気づけば、雨が降りだしていた。
「おい」
「ひっ、……慈悲を、我に、更生をする機会を!!」
「駄目だ」
「刑に服し、被害者に謝罪をする、機会を……っ!!!」
「許さない」
「愚かでした……我は、残虐な領民に祭り上げられていただけなんです。本当は、あんな残酷なことしたくなかった。ほ……ほんとうは、嫌だったんです!」
「どちもクズだ」
「邪悪なる陰謀を企てた愚かなテリブル一世の妄想、そして残虐で卑劣で怠惰な領民、金儲けをたくらむ悪徳貴族に、人生をめちゃくちゃにされた……被害者です!」
「おまえは加害者だ」
「我は反省し、罰をうけます。すべての亜人に一人一人に対して頭をさげ、謝罪します。迷惑をかけた分の、お金も支払います。だから、更生の機会を!!!!!」
害獣の頭上に靴底を押し当てる。
地面が顔にのめりこむ。
よく動く口が、やっと止まった。
「頭を下げるってのはな、こういうことだ」
「いやだぁああああ…………我は死にたくなぁい……!!!!……愚かな妄想もやめます! 非人道的な施設も解体します! 謝罪もします! 靴もなめます!!!」
「おまえは命乞いをした人間を許したか」
「はいっ! 命乞いをしたものは、いままで、全員、見逃してきました!! だから、我も見逃してください!!! 今度は、我が救われる番です!!!!」
「嘘だ。まだ罪を重ね足りないか」
「この呪われた
「駄目だ」
「人を憎めば穴二つ!!! 人を殺した者は地獄行き!!! 憎しみは何もうまない!!! 許しこそ、救い!!!」
「それがどうした」
悪党の生きる力それを俺は見誤らない。
こいつらは、ありとあらゆる方法を使うだろう。
生きるためなら道化も演じる。
哲学も思想もゴミのように捨てる。
かつての家族も友も捨てる。
自身が信奉する神も信仰も捨てる。
道化を演じ同情を引いて見せる。
自尊心を紙くずのように捨てる。
無責任に前言を撤回する。
かつての悪行を他人事のように断罪する。
加害者ではなく被害者だと主張する。
額を土にこすりつけ、侘びてみせる。
改心をしたフリをしてみせる。
愚かで無害な存在だと擬態する。
そして、数年後、数十年後に、みんなが忘れる。
悪人に対する怒りも、ほとぼりが冷める。
そして、再び牙を向く。
許された時間に磨き上げた牙で。
今度こそは確実に。
改心などない。
更生などない。
悪党の更生を信じた心優しい善良な者たちは殺された。
俺はそれを看過できない。
善良な者たちの優しい心、信じる心、それは尊いもの。
それが踏みにじられることを、許さない。
だから善良な者たちの代わりに、悪になろう。
邪悪なる罪人を殺す、悪魔。
悪を断罪する。謝罪は認めない。
許しも与えない。
どんなに惨めに媚びようが、信じない。
ただ、決めたとおりに執行するだけ。
「ふひぃ……愚かで……哀れな……この豚に慈悲おぉおおおっ!!!」
俺はおまえの最後を観察する。
邪悪の生態と行動と断末魔を記憶する。
そして、その全てを記録し残す。
俺が、漆黒が消えても誰かが引き継ぐ。
糞尿をまき散らしながら地面を這いずり逃げる。
笑いと同情心をかきたてる効果的な演出。
大げさに涙と鼻水をだし、大声で泣き叫ぶ。
滑稽さと弱者を強調し殺意を削ぐ。
あえて地面を這いずり、土にまみれる。
自分の哀れさを強調し罪悪感を刺激する。
頭を地面に何度も打ち付け土下座。あえて額から血を流す。
強烈な謝罪の印象を与え罰する気持ちをへし折る。
二本の足で立った。奇声をあげ狂人を演じる。
狂人だから許しを得る権利があるのだと主張。
「もう十分だ」
十分に観察した。
――断末魔の演技を。
おまえの言葉も、迫真の演技も信じない。
だが、おまえの悪性は信じる。
男は俺の言葉を許しの言葉と勘違いしたようだ。
媚びへつらう嫌な笑みを浮かべる。
軽く男の足首を蹴る。
無様に倒れる。
俺の靴底で顔を優しく踏みつける。
後頭部が雨でぬかるんだ泥に、埋まる。
雨音は少しずつ、勢いを増している。
「おまえを許さない。判決は変わらない」
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