第34話『月夜に踊る悪魔と魔王』

「俺が負けた時になんか欲しいものはねーのか?」


「"父親が娘に負けるはずねぇ!"、でしょ?」



「道理だ。おまえも、なかなか言うようになったな」


「えへへっ」




「じゃぁ……いくね、パパ。受け止めて、全身全霊、あたいの、本気っ!」




 「パパ」か、勝ったときのご褒美を先にもらっちまった。

 先にご褒美をもらってしまった以上、絶対に負けられないな。


 だから、俺は精一杯の格好を付けて大見得を切らせてもらう。




「父親が娘に負けるはずねぇ!――全身全霊死力を尽くして、かかってこいッ!!!」


「わかったっ!……いくよっ……あたいの、超超超本気っ!!」




 ルナの直下に超巨大な魔法陣が描かれる。

 強制的に覚醒させられた時の物とは異なる。


 その十倍の魔法陣が激しい光を発する。

 その黄金の輝きは拡散せず、ルナに収束する。


 超巨大な魔法陣は徐々に縮小。

 中心のルナの足もとで消える。



 荒れ狂うマナの奔流に飲まれていた覚醒時とは全く、違う。

 この短時間で制御する方法を身に着けたのだ。



 子供の成長は早いとは言うが……、ははっ!



 体内に貯蔵されたマナだけではない。

 今や、大地や大気のマナもルナに味方する。


 つまり俺は、ルナだけでない。

 大地にも大気にも、勝たねばならない。




 ――面白い。それくらいハンデがなければ、勝負にならねぇ!!!




 黄金の輝きをまとうルナが超高速の連撃を放つ。

 裏拳、正拳、足刀、鈎手、肘鉄、貫手、掌底、鞭手、前蹴。



 ――その全てが、同時に繰り出される。



 一撃必殺が全て一つなぎのシームレスな技として完成。

 動きのスキのなさ、完璧な所作。美しいと感じるほど。


 俺が自壊式オーバー・クロックを行使する時は、心を殺さなければならなかった。

 だけど、今は……はじめて、楽しいと感じている。





「わはははっははっははははっはは!!! たのしーねっ!!」



「あっはははっははっはははははは!!! おもしれぇな!!」





 黄金の軌跡と、真紅の軌跡が闇夜を照らす。

 これは、月夜に捧げる親子の演舞。


 見守る観客はアルテだけ。



 全身に真紅の入れ墨の悪魔。

 そして伝承に詠われる魔王。




「もっと体を脱力させろ」


「わかった!」




「……指先、いや、爪の先まで神経を研ぎ澄ますんだ!」


「はいっ!」




「今の足刀からの踏み蹴りは、よかったぞ。65点」


「65点……嬉しいけど……まだまだだねっ!」




「連携技に空中二回転蹴り、胴廻し回転蹴りを入れるな! 戦闘の最中に背中を見せれば、戦場なら死んでいるぞ。大技は、トドメに限定しろ!」


「わかった! 師匠っ!」




「貫手は指先の一点に、力を収斂しゅうれんさせろ」


「む……むず……かしいかな」




「生来のセンス、パワーに振り回されるな、制御しろ。常に考え、動け!」


「か……考えたら……よく分からなくなって」




「大丈夫だ、一日一日、ただひたすら反復練習。村に戻ったら、基本を教える」


「でも……あたい……冒険者、そんな、なりたく……なくなってきちゃった」




「ルナは、いまは何になりたい?」


「……およめさんとか……かな」




「なら、花嫁修業だ。最近の花嫁修業で護身術は必須科目! 理想のプロポーションで意中の男をゲットしろ――まっ、あと10年は俺が認めんがなっ」


「あははっ……あいかわらず、意味わんないやっ」





 あと10年……か。この体が、持つのなら。


 できるならばルナ、ユエ、テミスの成長した姿を見てから死にたい。

 どこかで挫折を経験したら、「そんなことたいしたことない」と言ってやりたい。


 そういや、ユエとも大人になったら酒飲みにいくって約束してたな。

 あああ……死にたくねぇなぁ!! 


 分かっている。そんなのワガママだって!

 でも、そんな風に思える俺は、きっと最高に幸せってことなんだろうな!





「はははっははっははははっはは!!! どうした連撃が遅くなってんぞ!!」



「わははっははっはははムリムリッ!! パパがはやすぎるだけだからっ!!」





 ただ赤い軌跡と、金の軌跡が激しくぶつかりあう。

 悪魔と魔王が闇夜に高らかに笑う。

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