第33話『贋作勇者と試作魔王』

「ぐ……っ……予定とは異なるが、奥の手を使う。この力は……王都民の殲滅、世界制服の時まで、取っておきたかったのだが。こうなれば、仕方あるまい」


「世界征服、王都殲滅、最凶兵器。ガキか、てめぇ。年相応に、地に足つけろや」




 まぁ、地に足付けていようがいまいが、殺す。

 ルナの両親を殺めた罪だけで万死に値する。

 更に、積み重ねる罪の数々。




調教術ブリード竜血強制覚醒エンフォース・ドラゴン・ブラッド……試作魔王プロト・クィーン、その力で蹂躙せよっ! 手段は問わぬ、やれ! その邪悪なる姿、凶悪なる世界を破壊する力をみせつけるのだっ!!」




「う……あっ……いやぁああっああああっ!!!!!!」




 ルナの直下に巨大な魔法陣が浮かび上がる。

 マナの発する光の奔流がルナを飲み込む。 



 頭部に二本の角。

 背中に翼竜の翼。

 指先から鋭いかぎ爪。

 瞳は金色に輝いている。




「……はぁはぁ……こ……殺し……たくないっ……でも、ごめん……っ……あたい、この力、止められない……ここから先は、もう……」


「ほぅ。かっこいいじゃん。そんじゃ、俺も一丁、カッコよくなるとするぜ!」




 守護者権限デーモン・ライセンス自壊式オーバー・クロック

 執行のためではなく、守護するために力を振るう。

 許可申請は、事後。



 全身に淡い光を伴った赤い幾何学模様が浮かびあがる。

 全身に禍々しい真っ赤な入れ墨が刻まれた、悪魔。



 感覚が研ぎ澄まされる。

 力がみなぎるのを感じる。



 非常事態とはいえ、一般人への権限行使。

 こりゃ、始末書どころじゃ済まねぇかもな。

 アルテが目撃者なのが救いだ。




「……殺したくない……イヤ……これ以上、……失いたくないっ!」


「ばーか。女の子にジャレつかれたくらいで怪我なんてするもんか」


「……あたい……力を制御できないっ……だから……」




「そういや俺、あんまりルナと外で遊んでやってなかったな、悪かった。だからさ、いまこの瞬間、全力で遊ぼう。本気で、こい」


「……これは、遊びじゃないんだよ……次の一撃で……本当に最後……死んじゃう、だから、これがあたいとの最後の会話……あたい、ユーリのこと、もう一人の、本当のお父さんだって思っていた……だから」




 俺は照れ隠しに頭をかく。




「血がつながってなくても、本当の父親のように思ってくれたってのは、最高に嬉しい言葉だ。でもな、そういう格好いいセリフ、あとで恥ずかしいことになるぞ」


「……さよなら。……お父さん……楽しかった……好きだったよ」




 超低空飛行で突っ込んでくる。

 極大なエネルギーの塊が突っ込んでくる。


 自壊式オーバー・クロックによる超集中と超視力。

 それでも、目で追うのがやっとだ。


 腰を低くして構える。

 靴底に根が生えたイメージを思い描く。


 必ず受け止める。傷つけずに。

 衝撃。轟音。吹き荒れる風。




「どうした? 急に抱きついてくとは、甘えん坊だな」




 あえて避けずに受け止める。

 全身が痛い、骨が軋む。


 それでも、歯を剥き出して不敵に笑え。

 たいした事なんてなかったのだと。


 ルナは俺の笑顔にあっけに取られている。




「だから、言ったろ?」


「えっ……?」



「格好いいセリフはさ、あとで恥ずかしくなるって」


「……あはっ…っ……うん、ほんとだった。……はずかしいな」



「たまには、大人のゆーことも聞くようにな」


「うん。そうする……っ。ごめんね」



「まっ、それはそうと。嬉しかったぜ。それは、伝えておく」




 俺はルナの頭を撫でる。




「……つぎ、いくよ……、かまえて、ねっ!」


「おうっ!」




 音速を軽く越える、蹴り技。

 その速さ、鋭さ。もはや、刀。

 剣豪の刀に無手で対抗するに等しい。


 なまじ目で追える……だから避けたくもなる。

 でも、駄目だ。それは、格好悪い。

 ルナは、俺を父親と思ってくれてるんだ。



 父親が娘のキックを必死に避けるなんて。

 格好悪すぎる。ダサい姿は見せたくない。



 思い出せ、徒手空拳で剣を持つ悪漢と戦った記憶を。

 ――――見えた。




「う……うそ………いまの最高の角度のペンデュラム《回転足刀蹴り》を片手で? マジっ?」


「マジだ。そして、ルナの技のネーミングセンス。俺は好きだぜ」



「……だって……あたい……最強で最凶だって……」


「犯罪者の言葉なんて真に受けるな。頭と顔が腐ってんだよ」



「魔王、世界征服、……ぜんぶ、嘘?」


「なんつーか、アレ系……ヤベー人の妄想。脳内設定。ルナ、冷静によぉーく考えてみろ。元Bランク追放の俺に苦戦する時点で、世界征服なんて、可能だと思うか?」



「はは……そうだよね。ムリ、だね」


「あの汚い害虫が、妄想を語って洗脳したんだ。気にするな」



「でもなんでそんなに、強いの?」


「冒険者は強いんだ。これくらいの力がないと、生きていけない」



「あたい、……冒険者目指すの、やめようかな……」


「ルナはまだ若い。俺としては、絶対に止めたい。それでも、どーしても成りたいと、成長して大人になった時、そう思ってるなら、そのときは、ルナの自由だ」


「そうだね、わかった」



「だから大人になるまで、安全な村で遊んだり、勉強したり、将来なにがしたいか、ゆっくりと探せばいい。大丈夫、冒険者は誰でもいつでも、無職でも、成れる」



「……うん」



「それとも、刺激のない田舎の村は嫌いか?」


「すき」



「それなら焦るな。将来のことは、俺も一緒に考えるさ」



「あははっ……あたい、……バカみたい。ほんとに世界を破壊する力があるなんて信じちゃってた……なんだか……はずかしい」


「気にすんな。子供の時は、皆そんなもんだ。俺も、ガキの時はそんな風に空想した時もあったさ。それにな、すべて、あの嘘付きゴミ虫が悪い。後で、潰しとく」




「……魔王、……最強の力……破壊の化身……全部、ウソ……。よかった。でも……そんな誇大妄想に……あたいのパパもママも……殺されちゃった」


「害虫も、害虫の甘い蜜を吸って生きた虫も、必ずその犯した罪の報いを与える。俺だけじゃない。ギルドが、法が、必ず裁きをくだす」




「……あたい、あの男も……協力したのも……許せない。……死んだあとも、許せない……そんな……あたいも悪なのかなっ」


「許す必要なんてない、自分の心に従え。大切な人を傷つけた奴を許すなんてのはな、それは寛容さでもなんでもない」




「…………」


「自分じゃない、他の誰かのために、怒ること。涙をながすこと。許さぬこと。戦うこと。それは、人として当然の感情であり、行為なんだ。それこそが、人を人たらしめている。そして、それが亡くなった者たちの尊厳を守るということだ」



 ルナには少し難しかったかもしれない。

 今は言葉の意味を分からなくて良い。

 いつか、想いだしてくれたら、それで良い。



「ルナ、お前はな。ちょっと元気な、普通の女の子。特別じゃない」


「……なんだか……あはっ……不謹慎だけど……たのしくなってきちゃったっ……でもね……少し……ねむいの……だからきっと……次が、あたいの最後の、攻撃」



「そうか、運動のあとは、ゆっくりと眠れ。害虫を潰すのは俺に任せろ」


「うん」



「最後に……あたいが負けたときの条件、つけていい?」


「おう」



「あたいが、負けたら、……その……パパって呼んでいい?」


「当たり前だ!」



 きっと、ルナがずっと言いたくて、言えなかった言葉。

 血を分けた親に対する義理も愛情もあるだろう。


 ルナはまだ幼い。甘えたい時もあるだろうさ。

 だからな、偽物でも、俺が父親になってやるさ。


 

 だから、絶対に、勝つ!

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