第29話『元ギルド嬢の〝狩漁〟』

 俺とアルテは王都に向かい夜道を歩いている。

 あの手のヤカラは契約書を奪い返すためなら手段を選ばないはずだ。


 俺たちが中央ギルドにたどり着き、鑑定に出されればアウト。

 少なくとも、あの男はそう考えているはず。



 辺境伯が後ろ暗い人間であることは明らかであった。

 人を殺すのを好む者が持つ、特有の腐臭。

 あの男にはそれが色濃く漂っていた。


 だが、黒と断言するには、まだ足りない。

 そのため、自分たちを餌として敵を誘い出す。




「うまいこと撒き餌に引き寄せられてくれたようだ」


「ですね」




 足音と気配をを殺しているつもりだろうがバレバレだ。

 ソレは俺の領域。後方からの追跡者。その数は、8。



「村の方は大丈夫そうですね」


「あの村は不審者が暗躍する余地がないからな」



 今日は村に100人以上の冒険者が滞在している。

 村を襲撃するのは小国に戦争を挑む等しい愚行。


 宿泊料金半額セールの効果はバツグンだ。

 



「姿を見せろ、辺境伯」


「ふん。気づかなければ苦しまず死ねたものを、愚かな奴らめ」



「はい、言質ゲット。殺害の意思、ありっと」


「浅はかな奴らよ、生きて王都にたどり付けるでも思うておったか。くっくっく」



「追加の証言、あんがとよ」


「貴様の我に対する、数々の無礼、許してはおけぬ。コヤツを殺……っ?」



 俺の魔力操作の適正はゼロ。


 だから愚直に身体能力の向上に努めた。

 来る日も来る日も、ただそれだけを続けた。



 ――つまり




「遅いッ!」




 地面を蹴る。跳躍。一瞬で距離を詰める。

 護衛二人の顔面を鷲掴み、そのまま地面に叩きつける。


 後頭部を地面に打ち付ける。

 二名を同時に制圧。


 物理耐性のない相手に負ける道理はない。

 コイツら相手に、破壊式オーバー・クロックは不要。




「な……っ! 何をボサッとしておる、とっとと我を守れっ!」




 大盾を構えた巨漢が俺の前に立ちふさがる。

 男の後ろに控えている魔法使いが詠唱を開始。


 詠唱を終えるまで、大盾男は動けない。

 つまり、この男は俺にとっては動かぬまと




 ――無駄だ




 大盾の男に向かって一直線に駆ける。

 加速の勢いをそのまま蹴りの威力に転嫁。




「ちぃぇすとおおぉおっっっ!!!!」




 体術ですらない。力に任せた、ただの前蹴り。

 だが、俺はその蹴りを毎日かかさず繰り返した。

 その研鑽の日々が俺の蹴りに、重みを与える。



 大盾の男の盾が真ん中からべコリとへこむ。

 大男は大砲の直撃を食らったかのように後方へ吹き飛ぶ。


 そして、後方に控えていた詠唱中の魔法使いに衝突。

 詠唱失敗。魔力の暴発。爆発音。




「――無駄です」




 二本の投擲された短刀が、月夜を切り裂く。

 短刀は月明かりを受け、妖しくきらめいている。



 奇襲を仕掛けようとしていたシーフ2名に短刀が刺さる。

 致命傷には至らない。シーフたちはナイフを引き抜こうとする。

 だが何故か、それを引き抜くことができない。


 アルテの投擲した短刀は通常の投擲剣スローイングナイフではない。

 一度刺さったら抜けないように、深いカエシが付いている。

 ――そして、それだけではない。




ボルタ伝雷




 短刀の柄には金属繊維の糸が括り付けてある。

 突き刺した相手に雷属性魔法を放てば、すなわち。


 男たちは大きく痙攣した後、バタリと地面に顔から倒れる。

 倒れたあとも、細かく痙攣を続けている。



 その姿はまるで陸に打ち上げられた魚のようでもある。



 アルテの投げた、糸とカエシの付いた、この短刀。

 それは、釣り針ペシュールと呼ばれる、暗器。


 高い集中力と指先の器用さが求められる武器。

 だが、使いこなせればその威力は、見ての通りだ。




「2匹、釣れちゃいました」




 アルテは釣り針ペシュールを糸をたぐり短剣を回収。

 左右の手にはいつの間にか2本の短刀が握られていた。

 その手際の良さは手品のようでもあった。


 

 ギルド嬢の制服に金具やポケットが多いのには理由がある。

 その制服には無数の暗器が隠されている。




 ギルド嬢を襲う愚者は、その報いを身を持って知ることになるだろう。

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