第28話『ルナの親権者を騙るクズ』

 今日は、とても不愉快な男が村に来た。

 ルナを引き取りに来たと言う、田舎貴族。


 その爵位は、辺境伯へんきょうはく


 王侯貴族の中でもかなり高位の権力者。

 100万都市の知事クラスといった感じか。


 ルナはこの男を遠目で見ただけで怯えていたt。

 明らかに様子がおかしくなった。


 この男との会談は俺とアルテで行う事にした。




「どちら様ですかね」


「我はアグリィ辺境領のテリブル辺境伯。拝謁はいえつの栄によくせ事、光栄に思え」


「はぁ。辺境の族長さんですか。光栄なことで」



 辺境伯へんきょうはく、爵位で言えば相当な高位。

 分かっていながらあえて無識を装う。

 無学な相手に対しては口も軽くなるというものだ。



「これだから田舎者は。わざわざ、高貴なこの我が、辺鄙な村まで来てやったのに、それがどれだけの名誉かも理解できぬとはな」


「はぁ」


「長旅で我は喉が渇いた。さっさと茶をよこせ」



 無言をもって、回答とする。

 この男に出す茶などは無い。



「で、族長。要件は?」


「我の統治する領地の民を引き取りに来た。用事がなければ、このような地に来るはずがなかろう」



 この男は、護衛を同席させてすらいない。

 聞かれたくない事でもあるのだろう。



「人探しですか、ご苦労なことで。思い当たりません、お引き取り下さい」


「――しらばっくれるな、下民。とっとと、竜人のガキを引き渡せと命じておる」



「この村に居る証拠はあるんすか?」


「ふん。もちろんだ。密偵からの情報で、裏は取れている」



 語るに落ちるとは、まわにこの事だ。

 手配書ではなく密偵を使ったという事か。

 よほど、後ろめたいことがあるという事だ。


 ルナに執着する事情は分からい。

 ただ、ろくでも無い事情であることは明らかだ。




「貴様、アレの保護者を名乗っているそうだな」


「名乗っているだけじゃねぇ、俺はルナの保護者だ」



「ユーリさんは、正式にギルドから許可も得ています」


「あのガキは我の領地の領民、我の所有物」




 この男はルナの事を『物』と言う。

 そして、この男は一度もルナの事を名で呼んでいない。


 そんな男に託すことなどできるはずもない。

 もとより一欠片も信頼に値するとは思ってはいなかった。


 だが、これで確証が取れた。

 この男は、俺の敵だ。




「アレの親が死後に、我にアレの親権譲ると遺言を残しておったのでなぁ。だからこそ、義理深い我がワザワザこうやって引き取りに来てやったたのだ」


「駄目だ。ルナは、お前にゃ、渡さない」



「親権は我にある。親権は、保護者の権利より、優先される」


「辺境伯、親権を持つというのであれば、その証拠を見せて下さい」



 クズがドカッとテーブルの上に靴を乗せる。

 応接テーブルに土が落ちた。



「その汚ぇ靴を、どけろ」



 クズはあわてて、そそくさと足を床に付ける。



「こっ……、これだから、無教養な蛮族は。下賤で、下等。粗野で、無知。そんなに証拠が欲しいなら、くれてやる!」



 クズは契約書を胸元から取り出し机に叩きつける。

 契約書にはルナの両親の連名で署名されている。



「アルテ、書面の確認を頼む」


「はい」




 アルテは契約書を手に取り確認をしている。


 元ギルド職員のアルテは鑑定スキルを持つ

 このスキルで大抵の偽造書類は見抜くことができる。


 つまり、書類が偽造ならこの場で話は終わる。

 後は俺がクズを捕縛して中央ギルドに連行するだけだ。




「この契約書は、本物である可能性が高いです」


「我の言った通りだろう? この女は、野蛮な貴様より、賢いようだ」



「ですが、念のため、中央ギルドで超位鑑定を行わせていただきます」


「構わぬ。それは、本物だ。好きなだけ調べるが良い」



「少しだけお時間をいただきますが、ご了承下さい」


「うむ。良い。その間、王都の観光でもして暇を潰す」



「それでは、この契約書に署名を」


「これで良いか、田舎娘」



 アルテは辺境伯の署名が記載された契約書を受け取る。

 直筆の署名を確認したあと胸元にしまう。



「はい。確かに、頂戴しました」


「明日中には終わらせろ。我は、忙しいゆえ」



「通常は30年程度ですが、29年で終えられるよう、善処します」


「はぁ……っ30年?! そんな……、待てるはずがなかろう!」



「超位鑑定を持つ者は、ギルドでも一人だけですので」


「謀ったかっ! その契約書を返せ! その契約は無効だッ!」



「契約書通り、超位鑑定が完了するまで、絶対に返しません」


「な……なんだと、我を誰だとっ!」



「あなたのような人にルナちゃんを託せるはずがありません」


「貴様……今、何と言ったッ!」



「あんたみたいに人を物のように見るクズは、おととい来やがれってんですよっ!」


「くっ……こっ、この、クソアマァッ!!!!」




 クズがアルテに拳を振るう。その拳を右手で受け止める。

 そして拳を包み、ゆっくりと力を加え、握りしめる。

 骨の砕ける音が俺の手のひらを通し伝わる。


 万力で圧し潰したかのように、クズの手の甲の骨が砕けた。




「ぐぎゃぁあぁああああっ!!!!」




 さすが高貴な育ちの豚だ。

 品格を感じる、格調高い鳴き声だ。



「おまえたち! 覚えておけ!!! タダじゃすまさん!!」













「ははっ、アルテ、やるじゃん。大見得切った時はスカッとしたぜ」


「あのような豚に大切なルナちゃんを託せるはずはありません」



「アルテが怒ってくれたのは嬉しかったぜ」


「ルナちゃんを大切に思っているのはユーリさんだけではありませんよ」


「そうだな」



 アルテが感情的な言葉を使うのは珍しい。

 よほど頭にきたといことだろう。



「辺境伯の間抜け面ったらねぇ。最高だったぜ」


「ですね」



「ユーリさんの対応、ワザとですよね」


「さすがアルテだ」



「当然のことですよ。私とユーリさんの間柄じゃないですか」


「そりゃ、そうだな」



「無知を装い相手を油断を誘う、うまくいきましたね」


「さすがアルテ。ご明察」



「そして、あえて怒らせ口を滑らせる。見事、ハマってくれましたね」


「あぁ。だが、ここからが本番だ」



「ですね。辺境伯が冷静さを失っている今が好機かと」


「そうだな」



「契約書は私が持っています。間違いなく、奪いに来るでしょう」


「俺たちを撒き餌にして、ゴミを釣るというわけか」

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