第27話『平凡で、平穏な一日』

 ユエのスキルがギルドに認められてから、半年ほど経った。

 この村に訪れるお客さんは順調に増えてきている。

 ありがたい限りだ。



 俺とアルテは王都で一つの交渉を終えていた。

 行商人の地図に俺たちの村を記載して欲しいという申し出だ。


 交渉は成功。今後、出入りの行商人が増えることだろう。

 辺鄙な村に、行商人が来てくれるのはありがたいことだ。



 ここは、王都と村のちょうど中間地点。

 草原に二人で腰を落ち着け、一休みをしていた。




「ユーリさん、最近は村も随分とにぎやかになってきましたねっ!」


「そうだな」




 ユエの付与調理師エンチャント・クッカーが新たな職業クラスとして承認された。

 冒険者たちは好奇心が強く新しい物に目がない者が多い。


 噂の新スキルを体感しようと、多くの冒険者が村に訪れた。

 一度村に訪れた人は王都で口コミで広める。

 そして新たなお客さんが来る。良い循環だ。


 何度も来てくれる常連のお客さんもできた。

 商売は、順風満帆といって良いだろう。




「今じゃ、王都でもちょっとした話題の場所になっていますね」


「ちょっと前までだったら、信じられないことだったよな」



「ですねー。お手伝いさん雇う余裕まで、できるとは思いませんでした」


「だなー」




 この村ではいまは、お手伝いさんを雇っている。

 正規雇用ではないアルバイトみたいなものだ。


 一番負荷がかかっているのは村の食堂だ。

 ユエは超スペックの天才である。

 大抵のことは、涼しい顔で卒なくこなす。


 とはいえ、二本の腕でできることには限りがある。

 それに無理して身体を壊したら元も子もない。


 そんなわけで日替わりのお手伝いさんを雇う事になった。




「お手伝いの子たちが来てからルナちゃん元気ですね」


「だな。ルナもお姉さん気分で張り切ってるみたいだな」



「お手伝いにくる小さい子たち見ているとなんだか癒やされますね」


「アルテ、やっぱ子供好きなんだな」



「はい。いつか私もお母さんになれたらなぁ、って思っています」


「アルテ、村のお母さんみたいな感じあるもんな。向いていると思うぜ」


「その例えですと、ユーリさんは、村のお父さんといったところでしょうか?」




 俺の隣に座るアルテが俺の手に指を絡ませる。

 アルテは一面に広がる草原を見つめている。


 手のひらには冷たい草の感触。

 手の甲にはあたたかいぬくもりを感じた。


 状況的に普段ならドキッとしそうな物である。

 だが、不思議と俺の心は穏やかであった。




「孤児院の子たちを雇おうと想ったのはなぜですか?」


「理由ね……俺も、孤児院育ちだったから、かな」




 前世のこと。はるか遠い、記憶。


 ユエに王都に新設された孤児院の話をしたことがある。

 今は、そこの孤児院の子たちに手伝ってもらっている。


 孤児院としても職業訓練になるので大歓迎とのことだ。


 縁とは不思議なものである。

 縁だけでない、その孤児院を選んだ合理的理由もある。



 ギルドの監査を受け入れている孤児院だからだ。

 定期監査だけではない、抜き打ち監査もだ。


 お手伝いとはいえ、働いた分の報酬は支払っている。

 それを孤児院に取られたら本末転倒。

 それではただの無償労働。誰も幸せにならない。


 孤児院の子たちには、報酬は少し多めに払っている。

 子どもたちにとっても良い小遣い稼ぎだろう。



「そうだったのですか?」


「ああ。そう言えば、アルテにも言ってなかったな」



 冒険者は自分自身の出自をあまり語らない。

 そして、仲間の素性を詮索しようともしない。

 いろいろ事情を抱えているのだ。



「俺が物心つく前に両親とは死別している。だから顔も覚えていない」


「……そうだったのですか」


「ははっ、気にすんな。親のことは仕方のないことだ。それに、辛いことばかりではなかったからな」



 辛いこと苦しいことがなかったとは、言わない。

 …………。


 ただ、そんな暮らしの中にも暖かい想い出はあった。



「まぁ、だからかな。今みたいに、いろんな人間が集まってわいわいやってるつーのが、なんか、俺にとっては、家族みたいな感じで、安心できるんだ」


「私も、分かりますよ。この村のみんなは、私にとっても家族のようなものです」



 アルテはいつからか、村のお母さん的存在になっている。

 特にルナは、アルテを母親として見ている節がある。


 親に甘えたい年頃だ、自然なことなのだろう。



「王都から安全に来れるようになりました。一般の方も増えてきています」


「ダンジョン経験のない人にとっちゃ、回復の泉は新鮮だったみたいだな」



 多くの冒険者がこの村に訪れる。

 道中の魔獣は冒険者たちに狩り尽くされた。


 この村を訪れる人たちによって地面も踏みならされている。

 一般のお客さんもより来やすい環境になった。



「テーちゃんの歌、とても人気ですね」


「さすが、テー。看板娘として採用した俺の眼力は正しかったようだ」




 テミスは喋るのが苦手、だが歌が上手い。

 その歌声は、美しく、透明。

 その歌声は神聖さを感じるほどだ。


 俺がその才能を知ったのは、ある月夜のことだった。

 月を見つめ歌う姿は、今でも目に焼き付いている。


 音楽に関心のない俺でも思わず聴きほれた。

 だから、多くの人に聴いて欲しいと思ったのだ。




「歌っている姿はまるで妖精のようです」


「ユエが作った舞台衣装もいい感じだもんな」






「ユーリさん、みんなのこと思っているんですね」


「そりゃ、……まぁな」



「ユーリさん、やっぱりお父さんって感じですよ」


「お父さん、か。俺は親を知らない。うまくやれているか、自信はないが」


「大丈夫です。ユーリさんは良い父親です。私が保証します」



「俺は、あいつらの血を分けた、本当の父親じゃない」


「……そんなことは、親である資格とまったく関係ないですよ」


「親を知らず、血を分けた実の子もいない。そんな俺が、あいつらの父親の代わりになんてなれるのだろうか。ふと、分からなくなるときがある」



 唇にやわらかい感触。

 とっさのことだった。


 少しの沈黙。

 アルテが口を開く。



「ユーリさんは、本当の父親になれますよ。……私が、それを、保証します。いつでも、ユーリさんさえその気があるのなら、本当の母親になる覚悟はありますから」

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