生涯をかけてあなたを…【過去コンテスト提出作】

 「やっぱり和田ちゃんはかわいいよなぁ。他の女子なんかよりも全然いいよ」

 休み時間に友達がいきなり話を切り出す。そいつの目線の先を見ると廊下を通り過ぎて行く数人の女子の中に件の女子がいた。

 「お前はほんと可愛い子が好きだよな、まぁ和田ちゃんは可愛いけど」

 もう一人が呆れたように言うが後半は笑いながら同意をする。それぐらい和田ちゃん、和田優莉わだゆうりは可愛いのだ。

 普段なら僕も彼らに交じって盛り上がるところだが、今回はテンションが上がらない。それどころか早くこの話が終わってほしいとすら思っている。

 「そういえばお前、和田ちゃんと幼馴染だろ?」

 さっきまで廊下を見て盛り上がっていた彼らの目線がこちらに向く。

 事実なのだが、今この状況でそれには触れてほしくなかったから適当にこの話題を流そうとしたのに――。

 願ったことほどうまくいかないらしく興味の目が僕に向けられる。

 「…そうだよ」

 「いいなぁ、かわいい幼馴染とか男の夢じゃん」

 「お前は漫画の読みすぎ」

 そのまま話は僕のテンションとは反比例して勝手に盛り上がっていった。

 


 僕にはかわいい幼馴染がいる。家が近く、家族ぐるみの付き合いでずっと一緒にいた。

 僕は彼女が好きだ。いつから好きだったのかはもう覚えていない。そのぐらい前から好きだった。

 笑うとかわいいところとか、拗ねるときに頬が膨れる仕草とか、僕なんかよりも小さい手とか、昔は僕と同じぐらいの背丈だったのに今では僕の肩より若干下ぐらいだから話すときに上目遣いになるところとか…もう全部がかわいくて、愛おしくて、好きなのだ。


 僕には年の離れた兄が一人いる。兄さんは祖父からの影響で昔からカメラが好きだった。兄さんを説明するならカメラマニアという言葉が適切だと思う。そのため僕にもいくらかカメラの知識があった。

 兄さんは昔から色々な場所に行っては写真を撮っていて、僕達はよくその写真のモデルにさせられていたため小さい頃の僕の写真は彼女と二人で写っているものが多かった。

 「大輝たいきもっと右‼そっちじゃない」

 「優莉ちゃんはもう少し大輝の方に寄って‼」

 「それじゃあいくよ、ハイチーズ」

 兄さんがそう言ってボタンを押すと、カメラからパッシャという音が聞こえる。

 そんな兄さんから僕は中古だけどカメラをもらった。型も古く、今では製造されていない。しかもデジタルカメラじゃないから現像しないと写真がどんな出来かも知ることができないカメラだ。でも僕はそれが嬉しかった。

 兄さんにカメラを貰ったその時から僕は写る側ではなく、撮る側になった。僕がカメラを向けると優莉は毎回必ず笑ってポーズをとってくれる。

 撮っているときも好きだけど、僕が一番好きなのは現像しているときだ。僕の思い出として時間をかけて残しているというあの感覚がとても好きだ。

 こんなところを僕は自分自身で変態だと思う。でもこの時間の、もう訪れない時間の彼女を自分の物として閉じ込めるような感覚…これだけで幸せになってしまう。

 しかし、僕がどれだけ彼女を想ったところで、それはただの一方通行の想い。僕が告白したところで、彼女は絶対に振り向いてくれない。相手にすらされないだろう。彼女は僕をただの幼馴染としか思っていないのだから。いくら幼馴染と言っても、漫画のあるある展開なんてないのだ。

 だからあと少しだけ…僕の気持ちが晴れて僕が君を飽きられたら、今まで撮った君の写真を全て燃やそう。それまであと、多分もう少しだから…それまでは幼馴染として、ただの友達として、

 ―隣にいさせてほしいなぁ。



 「なぁ知ってるか?和田ちゃん彼氏できたらしいぞ」

 友人から耳を疑いたくなるような情報を聞いたのはよく晴れた日の休み時間のことだった。

 「しかも彼氏は佐山」

 ここでさらに耳を疑った。佐山というのは学校中で人気のイケメンで、サッカー部に所属し文武両道を体現したかのようなやつなのだ。しかし嘘だと思った矢先、納得をしてしまった。

 優莉は僕だけじゃなく誰が見ても可愛い女子なのだ。あいつも僕みたいな根暗じゃなくてカッコいいやつの方が好きになるよな。

 ―諦めなきゃ。

 勝ち目のない戦いに挑むほど僕も馬鹿ではなかった。ただこの感情だけが消えてくれればいい――ただそれだけだ。



 「大輝聞いた?」

 社会人になって数年、母の言葉に耳を疑った。

 「優莉ちゃん今度結婚するらしいよ」

 そう言った母は白いハガキを持っていた。

 一ヶ月後、結婚式が行われた。僕は悩んだ末、出席した。優莉のウエディングドレス姿は綺麗だった。



 二十七歳のある日のこと、家のポストに自分宛てに往復ハガキが届いた。差出人は高校の元クラスメイト、近日クラス同窓会を開催するということだった。場所は高校近くの居酒屋。僕は後日参加を示すハガキを送り返した。

 ハガキが来てからおよそ三ヶ月後、その日がやってきた。開始十五分前に行くとすでに何人かがいた。

 「青井久しぶり」

 「久しぶり」

 数年ぶりに会う人も多く全然変わっていない奴もいればすごい変わっている奴もいて、懐かしさもあり、楽しかった。

 開始一時間あたりで皆好きに移動し始めた。僕は座敷の隅で目の前の料理に手を付けながらそんな空間を見ていた。すると一人の人が隣に座る。

 「大輝、久しぶり‼」

 「お、おう。久しぶり」

 寄ってきたのは優莉だった。そのことに僕は少し動揺した。

 「最近どうなの。印刷業の会社に入ったって聞いたよ」

 「やっぱり大変だよ。そっちは?」

 「私?私も大変だよ。前までは仕事だけだったけど、今は家事もやらなきゃいけなくなって。でもおかげで仕事に余裕が持てるようになった気がするよ」

 ズキ。身体の内側に鈍い音が響く。理由はわかっているのに気づいていないふりをして自分自身から隠している。

 「そ、そうなんだ。旦那さんとはどう?」

 言った後から後悔した。

 ―聞かなきゃいいのに自分から傷を抉りにいってどうする。

 「んー、優しいよ。けど仕事が忙しいみたいで最近帰ってくるのが遅いんだよねぇ。でも疲れているはずなのになんだかんだ家事手伝ってくれるし、やっぱり優しいよ」

 「いい人と結婚したね」

 「うん、私もそう思う」

 優莉が笑いながら話しているから、本当に幸せなのがわかる。

 ズキ。また鈍い音が身体に響く。

 手近にあったビールが目に入った、と同時にジョッキを手に取って一気に飲み干した。なんだか爽快な気分になり次々にお酒を注文し胃に流し込んだ。

 一時間後僕は極度の気持ち悪さに襲われた。今までもお酒で気持ち悪くなったことはあったけど、それらの比にならないぐらい気持ち悪い。それに頭がものすごく痛い。

 もともとアルコールには強くなかったがこの場の空気や惨めな自分から逃げるために煽った結果だ。

 「青井はどうしよう、一人で帰すのは怖いね」

 「優莉、今日は実家に帰るんでしょ、青井と家近くなかったっけ?」

 「うん、私が連れて帰るよ」

 「ありがとう」

 二人で居酒屋を出て暗くなり始めた外を街灯に照らされながら歩いた。外の風は冷たかったが、逆にそれが気持ちよくて少し歩くと気持ちの悪いのは薄れていき頭痛が少し残っただけになった。

 僕たちは居酒屋での会話の続きを始めた。本当にくだらない雑談でしょうもない話題に二人で盛り上がった。

 「…好きだよ」

 「えっ」

 いきなり僕の口から、二十年間で一度も発されることのなかった言葉がするりと出た。しかし最初はそれに気づかず、優莉の顔を見て心の声が実際に出てしまったことを知る。でも否定する気力も残っていないし判断力さえ鈍っていて考えることもできない。もう素直に全部を出そうと思った。

 「好きだった…大好きだった、ずっと前から…」

 「うん、知ってた」

 「やっぱり?」

 意外と冷静な返答に、笑いながら答える。

 「大輝はわかりやすいから」

 優莉は僕と違って真剣な顔をしている。今まで散々告白されて、それでも一人一人の告白を疎かにせずちゃんと返事をする。そこも優莉が人気な理由であった。僕は知っている、ずっと見てきたから。

 「そっか」

 「でも告白してくるとは思わなかった。大輝は意気地なしだから」

 「…僕ね、もう君以上に好きな人はできないと思う」

 「大丈夫だよ、大輝なら。ていうかそんなになるなら言ってくれればよかったのに」

 「言ったところで、フラれるだけだろ」

 「うん」

 即答され、もともと脈すらないことを改めて感じる。知っていたけどやっぱり辛い。

 「そんな危険は僕にはおかせない」

 「意気地なしだもんね」

 「そう、意気地なしだから」

 二人の分かれ道に差し掛かった。優莉は僕の家まで付き添おうと思っているようだが僕はそれを止めた。

 「ここまででいいよ。ありがとう」

 「本当に大丈夫?」

 「大丈夫。優莉こそ気を付けてね」

 「う、うん」

 優莉が帰ろうと歩いているところを後ろから眺めていたが突然無意識に名前を呼ぶ。

 「優莉‼」

 「なに?」

 驚いた優莉はこちらに顔を向ける。

 「また、写真を撮らせて」

 少しの沈黙が僕には数時間に感じた。

 「うん」

 いつものかわいらしい声が聞こえ、安堵の気持ちになる。

 少し歩くと家に着いた。無言で家に入り、誰にも会わずに二階の自分の部屋に飛び込んだ。ベッドに倒れ、泣いた。

 未だに写真は燃やせていない。



 あれからおよそ七十年が経った。青井大輝は九十三歳でその生涯に幕を下ろした。寿命で命がつき、自宅の寝室にて眠るように亡くなっていたのを親族が発見したのだった。

 彼は生涯一度も婚姻届を出すために役所を訪れることはなかった。周りからいい相手はいないのかと言われるたびに彼は「僕が好きなのはただ一人だけだから」と綺麗な女性が赤ちゃんを抱えながらこっちに笑いかけている写真を眺めて言うのだった。

 叶わなくてもいい。ただ一人を好きでい続けた彼は周りから見たら不幸せだったかもしれない。しかし、彼にとっては相手の幸福が自分の幸せであった。

 後悔など微塵もない。他人になんと言われようが、彼は幸せだったのだ。

 

 ―生涯をかけてあなたを愛します。

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生涯をかけてあなたを… 真和里 @Mawari-Hinata

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