第10話
突然の浅倉とのスパーリング。
一輝の頭は混乱していた。無謀、憤慨、後悔。
もう後戻りはできないと一輝は覚悟を決めた。
シャツを脱ぎタンクトップ姿の一輝の腕は脂肪らしきものが微塵もなくしっかりと引き締まった腕をしていた。
タンクトップから浮き出た大胸筋は逞しく盛り上がっていた。
どれもわずかな期間とはいえ、毎日地道にトレーニングをしてきた証が少しばかりではあるが、その姿に現れている
会長とよばれていた老人はいった。
「この坊主なかなか鍛えとるな・・・・」
と、笑顔を浮かべた。
頼もしい若者を見たような表情を浮かべている。
このジムのコーチを務める松波からは一通りのルール説明が行われた。
頭での攻撃バッティング、腰から下、下半身への攻撃(ローブロー)、双方ゴングが鳴ったり、相手がダウンをしたらコーナーに戻る事。
スパーリングは三ラウンドで終了する事などが説明された。
しばらくの沈黙目の後、ジム内にゴングの音が鳴り響いた。
「しゃッ!!!」
一輝は声を上げ、思い切り右の拳を浅倉の顔をめがけて振った。
大振りの右の拳。
浅倉は難なくかわした。
一輝は見様見真似のファイティングポーズを構えた。
低い姿勢で足はべたっと
落ち着きのないばたばたとした小刻みに上体を上に下に動かし、浅倉のパンチを警戒しているかのように見える。
決して格好のいい構えであった。
一方、オーソドックスに右こぶしを引き気味に顎に構えて、構えている浅倉は呼吸も整い落ち着いた表情をしている。
一輝は、いざ眼前に立ちはだかる浅倉を見て思った以上に大きな体をしていることに気付いた身長は175センチ、リーチも180を超える。
しっかりと切れ目が入ったように脂肪が落とされた引き締まった大胸筋や腹筋。鍛錬に鍛錬を重ねて作られた身体であることが明らかであった。
ウエイトはライト級程ある。
対して一輝はというと身長165センチほど、体重が56キロとどう見積もってみても一輝の方が二階級くらい小さい。
ボクシンググローブを嵌めることに馴染んでいない一輝はグローブが邪魔で邪魔で仕方なかった。
たどたどしい構えの一輝に、一発軽いジャブを放った。
簡単にあたった。
「ふん!」
と、声をあげて一輝もジャブを放つも動きが硬く、遅い。
浅倉はそのジャブを左手で軽く払った。
一輝はもう一度、一歩前に飛び出るようにジャブを撃ち込んだ瞬間。
ドスッと鈍い音とともに激しい衝撃を感じた。
一輝がパンチを一発撃ち終わるまでに。
浅倉は二発のストレートパンチを撃ち込んでいた。
「!!!」
鼻の上部へのパンチ。後から顔の中心から外へと広がる痛みを感じた。一輝は眼がくらみ思わず低く構えた保てず顔を上げてしまった。
その時、左のフック、右のフックと両サイドからのパンチが一輝の顎をとらえた。
一輝の視界は激しく揺れ、どかんと音を立てて尻もちをつき、背中がマットを叩いた。
「ダウンや!!!」
ジムの中の誰かの声が聞えた。
「おおぉぉ!」
それと同時にジムにいる男達のというどよめきが聞えた。
一輝は仰向けになり天井を眺めていた。
(なんちゅう衝撃や・・・・グローブを嵌めた拳ってこんなにも、凄い衝撃なんか?)
まるで岩石が振り下ろされて、身体を打ち抜いたかのような衝撃を感じた。
リングの外では、見物人が口々に
‘‘ざまぁないな,,
‘‘ボクシングを甘く見すぎじゃ,,
という声が一輝の耳に入って来た。
はっとなり、すぐに上体を起こした。
(ダウンしていたのか?)
開始一分も経たずして一輝はダウンを取られたのだ。
コーナーには浅倉が両肘をロープに置いている状態で一輝を見下ろしていた。
「くそお・・・・」
一輝は立ち上がりすぐに構えなおした。
「おい、まだ出来るか?」
リングの外からロープをくぐろうとしていた松波が尋ねるた。
「当たり前や」
一輝は迷わず答えた。
そして一輝は走った。
浅倉のもとへ。
浅倉も拳を構えた。
左。
右。
左・・・・。
一輝の拳は空を切るばかりで当たる様子が無い。
一輝が焦れば焦る程、パンチが大ぶりになっている。
浅倉からすれば、狙ってくださいと言わんばかりの攻撃であった。
浅倉はひらりひらりと軽やかなステップで躱し、遊んでいるようでもあった。
一輝が左から右へのパンチうとうとした時だった。
またもや、浅倉の左右のワンツーパンチが飛んできた。更に左のボディアッパーが一輝の右アバラの下、肝臓をとらえた。
「うぅッーー!!」
たまらず一輝は嗚咽の声を上げた。
攻撃された右腹を右肘で隠すように低く構え。二歩、三歩と後ろに距離とった。
今度は浅倉が追い打ちをかける様に前にでてきた。
ロケット噴射されたかのように早い踏み込みのように見えた。
(来る!)
一輝はたまらず亀の様に頭を身体にうずめたかのように立ったまま上半身を丸くした。
左、右、左右・・・・・・・。
連打が撃ち込まれてきた。
一発では倒れない一輝に連打を食らわせようとした。
連打の衝撃を受け続けていた一輝は顔を上げることも出来ない程、ロープに追い詰められた。
もうどちらの拳で叩かれているかも判らない。
一輝は下を向き、ガードを固めて攻撃を凌いだ。
突然一輝の顔が上え跳ね上げられた。
下からの攻撃だった。
アッパーカットだ。
下を向いて攻撃を凌いでいた、一輝の顔を浅倉は右アッパーを食らわせたのだ。
浅倉は打ち上げられた一輝の顔を目掛け右のストレートパンチを見舞った。
遠のく意識、回る視界。
(倒れる!)
その時、一輝はぼやけた視界の中、白い線が見えた。
(あれに捕まれば・・・・)
一輝は倒れなかった。
リングに貼られた四本のロープの一番上に、何とかしがみつき倒れることを、まのがれた。
次の瞬間、1ラウンド終了のゴングが鳴った。
「一輝」
父の健司がそう言って、リングの中に入り、コーナーまで肩を貸して歩かせた。
「石川君・・・・そこにある丸椅子を取ってくれ!」
1ラウンドの様子を眼にした石川が茫然としていたが健一の声に反応し、慌てて足もとにあった丸椅子を取り、リングのコーナ―に置いた。
その椅子に一輝を座らせた。
「おい一輝までできるか?」
「おう・・・・まだいけるで」
一輝はそう言って笑って見せたが、鼻は赤く腫れ中からは血が流れ出していて、両目の周りも腫れあがり始めていた。
鼻からの出血で呼吸がしにくそうであったし、 パンチが大振りばかりだったこともあり、1ラウンドでかなりの疲労をしている。
「ええか一輝脇をしめて顎を守れ、後は根性で倒れるな。」
健一は息子の肩を叩いた。
「おい大丈夫なんか?」
と、松波コーチが確認した。
「大丈夫です。もう1ラウンド様子を見ます」
とだけ言って、リングを降りた。
一輝は椅子から立ち上がりファイティングポーズをとった。
有れ上がった顔、しかし、その眼は闘志に燃えていた。
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