第4話  

 

            

   


 あの敗北から四日が経った。

 顔中にできた腫れも少しは引いてきていた。

 殴打によって受けた痛みも、敵に対して猛烈に抵抗し、暴れたことによって体に充満した疲労による筋肉の痛みもひき始めていた。

 一輝は久々に学校に顔を出した。

 解りきっていることではあったが、さっそく進路指導室に呼び出され、数日間の無断欠席について担任の教師に叱責された。

 叱責と言っても、どこか義務的で、本心から怒ってる感じでもない。当たり前の文言を唱えているだけのように感じる。仕方のないことだ、まともに勉強もせず学校にも顔を出さない、将来に大した希望もない一人の生徒の為に本気になれる教師などいるはずがない。一輝は仕方がないと思っている。 教師はさらに付け加えて、一輝に今後の進路について希望を聞いてきた。

一輝は自分の学習レベルで、どの高校に入れるか、どの学校を志望するかなんてするか、考えたこともない。

 担任の教師からすれば、これも仕事一環であるため、呼び出して一応の話をするまでで、その対応は、本気で心配している訳ではないことは、思慮の浅い一輝の目にも明らかであった。だからと言って、それを卑屈に捉えて教師を嫌うつもりも、自らを悲観するつもりも毛頭なかった。すべて自業自得だと一輝は思っている。

 素早く話を済ませたかった一輝は素直に返事をしては、教師の助言にうなずいて見せたが、ほとんど頭の中に教師の話は入ってこなかった。


 放課後、校舎の中から、わらわらと学生たちが姿を現し学校の外にその解放感が現れたかのように、明るい声で話す女子や、けたたましい程の声を上げて友人たちと騒ぐ者たちで溢れていた。  

 学校での授業を一通り寝て過ごし、一日を無事に終えた一輝は、この者たちを避けるように、素早く学校の門を出た。

 早く大きな歩幅だった。

 一輝の眼は鋭く、どこか一点だけを見つめているようでもあった。

 一輝のいく先は、数日前、自分を叩きのめして、いい気になっているであろう、あの男達がいた商店街のゲームセンターであった。

 一輝は思い出していた。

 あの日の出来事を。


          ***********


 四日前の出来事だった。あれは一輝が、学校を無断早退し、隣町の商店街の中にあるゲームセンターで格闘ゲームを楽しんでい時のことだった。

 「おいッ」

 と、いう声が後方から聞えた。

 一輝は気にせずゲームに集中していたら、一人の男が右隣のゲーム機の椅子に座り、こちらに顔を近づけてずっとこっちを睨んでいた。

 その男は紫色の半袖Tシャツにだぼだぼの学生ズボンに、頭にはパーマを当てていた。

 気配を感じていたが、一輝はゲームを無言で続けた。

 もう一人の男が、左隣にあるゲーム機の前に置かれた椅子を素早く引き、一輝の左傍に腰を掛けた。

 この男は、髪をセンターに分け後髪を延ばし、髪の色を金髪並みに明るく染め、派手な原色が混ざった、シャツに白いズボンを履いている。

どちら年齢も、若くはあったが、二人とも一輝よりも年長の風格があった。

 「おい、お前に言うとんじゃ!」

ドスを利かせた関西弁であるが、どことなく迫力を感じなかった。

 ゲームに夢中になる一輝を挟むように、その男たちは座っている。

 一人がしゃがみ込んだと思ったその時、ゲーム機の画面が突然、真っ黒になった。

 ゲーム機のコードを抜いたのだ。

 「何さらすんじゃボケ!」

 一輝は立ち上がり、たまらず声に出した。

 この後の展開を予想するほど一輝は思慮深くはなかった。

 「そこは、いつも俺らが使ってるゲーム機や、さっさとどかんかい」

 黒シャツの男が言った。

 いつも使っているゲーム機など、嘘であろう

 「そ、そんなもん誰が決めたんじゃ」

 あからさまに喧嘩を吹っかけてきたこの不良二人に戸惑っていた一輝だが、あまりの理不尽さに、言われて『はい、そうですか』とは、言えるはずがなかった。

 「オドレ、中学生やろ?さっさと家に帰って勉強でもしとかんかい!」

と、金髪の男が、からかう様に、そういうと、もう一人の黒シャツの男が、下品な笑い声をあげた。

 「くっ・・・・」

 一輝は怒りがこみ上げ、歯がきしんだ。

 この二人組の魂胆はなんとなく分かっている。実際のところは、一輝がこのゲーム機を使っていることに不快感を示しているのではなく、ただ単に、憂さ晴らしか、もしくは因縁をつけて金でも巻き上げようとしているのだと、一輝は勘ぐっていたのだ。

 あながち間違ってはいないであろう。

「おい、お前、俺たちゲームしたいんやけど金が無くてな、有り金全部俺たちに恵んでくれへんか?」

 やはり一輝の勘は正しかった。カツアゲが目的だった。

 「なんで、お前らに金わたさなアカンねん!」

 「面白い中学生やなぁ、ちょっと表出ようか・・・・」

 黒いシャツの男が眉間に皺をよせて、顎をしゃくった。

 こっちに来いという合図だ。

 立ち上がった二人はどちらも、一輝よりも背が高い。

 金髪の男の方は背は高いが、どことなく細見である。黒シャツで髪にパーマかけた男は、身長は百七十そこそこではあるが、肩は罰広く、頑丈そうな身体つきである。

 万が一も一輝に勝ち目は無かろう。

 しかし、融通も利かない、勝気な一輝は、内心、これから迫る危機を感じてはいたが、弱い姿を見せることは出来ず、自ら進んでゲームセンターを出て、人気の無い路地裏えと向かった。

 数歩後を二人がポケットに手を入れ、歩きながらついてきた。

 しかし、これがまずかった。

 完全に背後を見せていた一輝は、振り向きざまに顔面に強烈なパンチを受けた。

黒シャツの男の拳は、左頬に当たり、一輝の視界が廻った。

 そして、金髪の男が腹部目掛けて前蹴りを放った。

 「ぐぎゅ」

 みぞおちに蹴りが入り、息が出来ない程の苦しみで一輝の身体は九の字に折れ曲がった。

 腹部をおさえ下を向いた状態の顔に黒シャツでパーマの男が前蹴りを食らわす。

 目が眩んだ。

 次にすかさず金髪の拳がくる。

 「おおう!」と、一輝はわめき握った拳を、力任せに振るい、黒シャツの顔に思い切りぶつけた。

 手ごたえはあったが、倒れるほどではなかった。

 むしろ本気で怒らせただけだった。

 眼を見開き、さっきより鋭さが増したパンチを一輝にぶつけた。

 二発三発、四発五発・・・・硬く強い拳だった。

 何とか踏ん張り、倒れないようにした。

 一輝の顔は無惨に変形した。

 鼻から流血し、口の中も切れていた。

 「くそう、くそう・・・・」

 虚ろな目でふらふらと黒シャツに近づこうとしたとき、背後から鈍い痛みが襲った。

 金髪の男が、落ちていた角材を拾い、思い切り一輝の背中を強打したのだ。

 「ぐううぅ」

 たまらず腫れあがった顔が歪み、声を上げた。

(卑怯者!)

そう叫びそうになった。

 そして足に力が入らず片膝をついた。

顔に蹴りが入った。もうどちらの足で蹴られたのかも解らない。

続けざまに腹、顔、また、横腹、と蹴られ、踏まれ、一輝は寝ころび転げまわった。


 そして、ようやく二人に攻撃は止まった。

 転げまわった一輝は、壁際に上半身を起こしている状態で座っていた。

 どういう風にこの体勢になったかも定かではない。

 転げまわった挙句の果てである。

 二人の男は肩で息をしていた。

 視界がぼけ、気力も果かけている、一輝には二人に呼吸だけが確かに聞えた。

 「こいつ、なかなかしぶとい奴やな・・・・」

 黒いシャツの男の声だ。

 「世間知らずの中坊に、ええ経験させったったのぅ」

 金髪が言った。

 相変わらず金髪は人を見下したようなしゃべり方だ。

 「おいクソガキ、もうこの辺で勘弁しといたるから、これから俺らをこの辺で見かけたら、大人しく道を譲るか、おとなしく物陰にかくれることやな」

 鼻で笑うような声、顔を上げると金髪のニヤついた顔がみえた。

 完全に勝ち誇ったかのような笑み。

 そして二人は、一輝に背を向けて去っていった。

 「クソッ!」

 憎しみで全身が震えた。目がくらむほど悔しかった。

 

         2

 

 友人の石川や、そのほかのクラスメイトの前では明るくふるまっている一輝ではあったが、この四日間、あの商店街で出会った、例の二人組のことは忘れてはいなかった。

 自分の犯したトラブルに友人を巻き込むことは出来なかったし、ケンカに敗北したことを引きずり、石川に気を遣わせるのも個人的に気が引けるからだ。

 日がたてば忘れるだろう。時間が解決するだろうと、何度も自分に言い聞かせてはいる。されども、ふと記憶がよみがえり怒りが噴出しそうになる。

これを解決するにはもう一度、奴らに会い復讐するべきだとの考えに至った。

 

 そうしているうちに、あの忌まわしき日の商店街のゲートの前に立っていた。

 まずは、自分がぼろ雑巾の様に殴られまくったあの路地裏に向かうことにした。

 そこにはゴミ箱が置かれ、中には袋に包まれた生ごみの中を漁っていた猫が、一輝の足音に気付き、軽快に箱から飛び出る出てきて、ビルの隙間に素早く身を隠した。

 足元には自分を痛めつけた、あの時の角材が、まだ転がっていた。

長さは一メートルほどあり、一輝はそれを拾い上げ、再び商店街を歩いた。

 次は奴らと出会ったゲームセンターに向かった。

 自動ドアが開き、一輝の耳に、格闘ゲームのキャラの雄叫びや、シューティングゲームの攻撃音が店内にけたたましく響いている。

 店内では夢中でゲールを楽しんでいる男性客が数人いているものの、あの二人組の姿は見当たらない。

 一輝はもう一度、店を出て、商店街を小一時間探したものの、一向に黒シャツの男と金髪の二人組を見つけることが出来なかった。

 一輝は商店街を横道に外れ、商店街から数十名とる離れたベンチで腰を下ろし、少しばかり休息をとることにした。

  (奴らは今日、この辺には来ていないのか・・・・?もう一度ゲームセンタ―に言って待ち伏せしてもいいか・・・・・)

  そう心で呟き、ポケットに中にある小銭を取り出し手の平のを見た。手の上には三十二円があった。

 (これじゃ、缶ジュースも買われへんな・・・・)

 一輝は手に取った小銭をポケットに戻し、再び立ち上がろうとした時だった。

 見覚えのある後姿を発見した。

 後ろ髪を延ばした金髪の男の後ろ姿だ。

 (あいつや!!)

 金髪の男だ。

 金髪の男は、以前と違い、学校帰りと思われ、黒い学生服を身にまとっていた。

 長身で細身、その目立つ髪の色、一輝を痛めつけた後の去り際での、あの歩き方、それらだけで、顔を確認しなくても、誰だかをおおかた判別できた。

 一輝は頭に血が上りそうであったが、一度、落ち着いて、この男の後ろ姿を追うことにした。

 

 金髪の男は商店街から出てきて、駅の高架下を装用に歩いている。

 一輝はそのあとを二十メートル程離れた場所で様子を見ながら後をつける。

 雑居ビルや、小さな印刷工場などが並び、人気は徐々に感じられなくなっていた。

 一輝は考えた。

 あいつにやられた通り背後から攻撃をするべきか、それならば、見事に、あの時の仕返しが済まされるであろう。

 静かに奴の背後に忍び寄り、思い切り右手に握られた、この木製の角材を奴の脳天に目掛けて振り落とせば、一撃で決着であろう。よしんば一撃目で仕留め損ねても、さらに追い打ちをかけれるのは、いとも容易たやすかろう。

 「おいおい、そりゃ死んでまうやろ・・・・」

  自分の頭の仲で描かれたイメージに一輝は、自らそう呟いた。

 「狙うなら肩か背中、もしくは足やな・・・・」

 そう言いながらも、一輝は心の中で迷が生じていた。

 いくら何でも後ろからは卑怯ではなかろうかという迷いである。しかし、一輝自身背後からの攻撃により、この男に敗北したのだ。

 しかも二人がかりでの攻撃だった。

 (かまうものか・・・・ここまで仕返しをしに来たんや、奴の悲鳴を聞きに来たんや・・・・)

 一人でいる今が好機と一輝は歩を進める速度を上げて行った。

 金髪の男は、右に曲がり高架の下をくぐり方向へと向い、一輝の視界から消えた。

 更に一輝は歩く速度を上げた。

 一輝が、男の後を追い、高架を下へ向かった時、一輝は足を止め目を見張った。

 高架をくぐった先、道を挟んで向こう側の建物のすぐ門に、数人の高校生とみられる男が数人いて、どうやら、金髪の男は、この高校生たち床の場所で待ち合わせをしていたようである。

 その高校生たちは、金髪の男を合わせて五人いた。

 五人の中には、あの黒シャツでパーマを当てた髪型の男もいた。男は全員、黒の学ラン姿で、、茶髪でパーマだの、リーゼントだのがそこにいた、まさに映画や漫画で見るヤンキー集団さながらであった。

 (まずい!!)

  さっきまで、一輝が調子よくイメージしていたものとは真逆の展開になっていたのだ。

 (どうする、今日は諦めるか)

 そう思って、手に握られた木製の角材に眼をやった。

 だが、一輝は諦めきれなかった。

 と、言うより、目の前の敵に、どうしても一矢報いたかった。

 他の者どもには目をくれず、あの二人に、強烈な一撃を食らわせることが出来るだけでもいいであろう、と気を取り直し、つばを飲み込んだ。

 どちらかを先に攻撃し、他の者が、ひるんだ隙に、もう一人に一撃をお見舞いするという作戦に出た。その作戦でいくにしても、二人の距離が遠すぎる感がある。

 しかも、この距離からだと、三十歩以上走って近づく事になるわけであるから、それまでに気取られてしまう可能性の方が高い。

 一輝が躊躇していると、そこにいた五人達は、パーマの男を先頭に、歩き出してしいた。ますます一輝と不良五人の距離が離れた。

 「ちっ!」

 五人の背中を見ながら、一輝は自らの決断の遅さに苛立ちをおぼえた。

      

           

  


 「俺は何をやっている!」

 と、心のなかで叫んだ一輝は、あの五人を尾行しているものの、一向に立ち向かうことが出来ず、すでに十分以上が過ぎようとしていた。

 この間、五人の高校生たちは、商店街を煙草をくわえて闊歩しては、通りの女の子に声をかけてみたり、道に唾を吐いたり、弱そうな男子生徒に睨みを効かせて、怖がらせてみたりと、下種の極みの限りを尽くしていた。

 この者たちの振舞を見ながら、この者たち全員を、この手でぶちのめすことが出来ればと、思い始めていた。

 そうこうしているうちに、五人の中のうち、一人がまた、獲物でも見つけたかのように、一人の男子生徒に学生に声をかけていた。 

 その男子生徒は、カバンをわきに抱えたまま、両手をポケットに入れて歩いていた。

 五人の不良と同じように、黒の短ラン、ボンタンという変形学生服を身にまとっている。

 身長は百七十そこそこで、少し細身身体つきで、顔も細い印象を与えるが、か弱さなど無く、涼しげな眼をしているようではあるが、どことなく獰猛さを孕んでいるような眼つきであった。

「おい、そこのお前」

 その男子生徒は、視線を前にしたまま、五人の横を通り過ぎようとした時、意気揚々と声をかけたのが金髪の男だった。

 いかにも、ありがちな高校生の喧嘩の始まりが予想された。

 一輝は、この高校生たちの動向をしばらく見守ることにした。

 声をかけられた、その男は、静かに立ち止まった。

 金髪の男は、その男の前に立ちはだかり、その周りを残りの四人が囲むように立った。

 (おいおい、五対一か、あの兄ちゃん、可哀そうに・・・・)

一輝は、その高校生の不運を気の毒に思った。

 男はポケットに手を入れたまま、金髪の男に何かを言っているように見えた。

男は周囲の五人の不良を一周視線を送り、五人の不良共促され、ついていくように、歩き出した。

 (不良の喧嘩が始まる)!

 通りを歩く人々にそれが気付くかは解らないが、一輝はそう感じ取り、妙に胸が高鳴った。

 しかし、五対一であるわけだから、これは喧嘩というより、リンチが行われるこ可能性の方が高い。 

 一輝は考えた。

 (奴らが、あの学生をシバきまわしている時に、一気に飛び出て、この棒でぶちのめしたろう・・・・)

 と、隙を見て五人の不良共に襲い掛かる決心を固めた。




 人気の無い降下沿いを、一人の高校生を真ん中に歩かせ、五人の不良たちは、前に二人、後ろに三人という形で同じ速さで、歩いていた。そして一輝はそこから遅れるように、近づきすぎて見つからないように、また、見失わないようにと注意を払いながら、距離を取って尾行していた。

 五人に囲まれるように同じ方向に歩く高校生の真後ろには、例の金髪がいる。

 (あの兄ちゃん、完全に敵に背後をみせてる・・・・)

 一輝の苦い経験が脳裏をよぎる。

 一輝は刻一刻と、喧嘩が始まる予感に胸をざわつかせ、体中が熱くなり、額から汗が流れた。

 すると、高校生が突如すごい速さで、五人の輪を抜けだすかのように、一直線に走り出した。

 一瞬の隙を突かれ、一度、あぜんとした様子だった不良たちが

 「おい待て!」

 と、口々言い、その言葉に反応するように、「コラ、またんかい!!!」と大声をあげて、その走る高校生の後を追いかけ始めた。

 (!!!!)

一輝も、なぜか、その状況に引き込まれるように走り出した。

男子高校生の走りは、まるで陸上選手のような手の振り方と足の回転力で、あっという間に、追いかけてくる不良共との距離を離しはじめた。更に疲れる様子もなくどんどん距離を話していく。

 「おい、ちょ・・・・・ま・・・・」

 五人の不良たちは、ついてゆくのに必死な様子で、息が上がり声も絶え絶えであった。

 一輝は不良たちから更に数十メートル離されていたが、徐々に不良たちの後方に近づきつつあった。

 (なんちゅう足の速さや!!!)

一輝も声が出せない程、息が切れた。右手に持っていた木製の角材が邪魔になり、放り投げてしまった。手ぶらになった一輝は更に速度が増した。

 男子高校生を追いかけている五人から脱落したものが一人いた、金髪の男である。金髪の男は横っ腹を抱え、足をふらつかせながら、肩で息をしていた。走る速度を上げた一輝は徐々に金髪の背後に近づいていた。

 「食らいやがれ!!!」

 と声に出し、加速させた足を、跳ね上げて、金髪の不良の背中に飛び蹴りを食らわせた。 

 「ぐふっ!!」と声とともに、金髪はアスファルトの地面に顔面から飛び込むように倒れ、したたかに顔を打った。

 ゴスという鈍い音が、一輝の耳に聞こえた。

 顔をおさえて苦悶の声を上げている不良を尻目に、何の気遣いもなく、前を走る不良たちを追った。

 相変わらず先頭を疾走する、男子高校生は道を右に曲がると電車が走る高架の下にたどり着いた。不良共は息を切らしついていくのも必死だった。これは、不良の面子化なんなのかは定かではないが、不良も諦めることはなく追いかけ続け、右に曲がり高架下にたどり着いた。

 そのとたん、男子高校生は振り向き、持っていたカバンを投げ捨てるように地面に放り投げて、一番先頭を走る不良たち男の顔に右の拳をめり込ませた。

 必死の形相で走っていた先頭の不良は、その拳をまともに右顎に食らい、全身の骨が抜けたかのように、ふにゃりと地面に崩れ落ちた。

 男子高校生は直線状に延ばされた拳を素早く自分の右の顎に引き込み、次に襲ってくる不良の鼻にめがけ放った。

 とても素早く、反応が出来ない様子であった、突然の逆襲に泡を食ったような表所をした、二人目の不良に、またもや、左右と、二発のパンチを顔に見舞った。

 二人目の不良も地面に膝から落ちるように倒れた。

 残り二人の不良は、近づきすぎないように警戒した様子だ。

 男子高校生の右前に坊主頭で剃りこみが入った、少し背の低い不良が言った。

 「おどれ、こんなことしてただで済むと・・・・ぐえっ!!」

 坊主頭の不良の言葉が終わる前に、男子高校生は低い姿勢で、懐に素早く飛び込み坊主頭の右腹に左拳を下から突き上げるように打ち込んだ。

  「ぐえぇぇぇえ!!!」

 一輝はこの時、曲がり角を過ぎ、目前の倒れた不良を目の当たりにした。

 坊主頭は地面に転び、のたうち回っている。

 一輝は目を疑った。

 男子高校生が拳を握り構えている。

 (ボクシング・・・・?)

 と、一輝は思った。

 握られた両拳を右は顎に左はに少し前に出し目線高さに構えられている。

 右足が後方でかかとと少し上げた状態でリズミカルに体を揺らしている。

 すでに四人の男が地面に転がっている。

 残るのは、以前、一輝にゲームセンターで金髪と一緒に絡んできた、あのパーマ頭で黒いシャツを着ていた、今日の一輝の標的でもあった男である。

 一輝は、この黒シャツの男の拳の強さを、身をもっと経験しているため、余計に二人の様子に眼をみはった。

 頑丈そうな体躯の黒シャツ不良。

 「オラァ」

 と、声を上げて、黒シャツが前に出た瞬間だった。

 パパンと音を立て、二発のパンチが不良の顔の中心に打ち込まれていた。

 たまらず黒シャツの不良は視線を下に向け口元から鼻にかけて両手で抑えて苦悶の表情をさらした。

 顔をおさえた両手から鮮血がぽたぽたと落ち、もつれそうな足を踏ん張らせて、なんとか持ちこたえている様に一輝には見えた。

 黒シャツの男はぺっと血の混じった唾を地面に吐き、顔の下半分が血で真っ赤に染まらせた状態で、言葉とも言えない怒鳴り声をあげた。

 まだやる気だった。 

 男子高校生は拳を構えたまま、いとも簡単に黒シャツの拳を躱した。

 もう一度、拳を振るうが、男子高校生は、その拳を、自らの左の肩の上をスライドさせて、躱しながら、右の拳を黒シャツの鳩尾に突き刺した。

 「がは!!」

 めり込んだ拳が胃袋を押し潰したのであろう、苦しそうな声が響き、立ち尽くしながらその様子を見ていた一輝も肩をすくめて、苦虫を嚙み潰したような表情になった。

 次に左の拳が横から黒シャツの顔を目掛け飛んできた。そして、右の拳が黒シャツの顔面をまっすぐに打ち込まれ。

黒シャツの男は虚ろな目で、天を仰ぐ様に上を向いたまま膝から地面に崩れた。

 男子高校生は暫く構えを解くことなく、周りを一度確認するように眼をやり、五人の不良どもが、戦意喪失いている様子を眺めている。

 あまりの鮮やかな闘いぶりに、言葉を失った一輝はただただ、茫然と立ち尽くしている。そんな一輝を鋭い目線が睨む。

 断然遠い距離ではあるが、その厳しい眼差しが、刺さるように鋭く険しい。 

 一輝はただ、俺はこいつらの仲間じゃないと言おうとしたが、言葉にならず、ただ首を横に振るだけであった。

 

そして、このボクサーと思われる男子高校生は構えを解き、カバンを拾い、足早にその場を去った。

 人通りが少ないといえど、ここは、繁華街のすぐそばで、会社や、雑貨屋、飲食店やマンションが、並んでいる。

 この喧嘩をどこで誰が見ているかも解らない。

 すでに、警察に通報されている可能性だってありうる。

 五人を倒した男は風のごとく去った。

 一輝も道を引き返すように、足早にその場を後にした。





 




 


 



 

 

 

 

 


 


 

 

 




 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

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