第2話    

             


 翌日の朝。

 身体に複数の痛みを感じながら、一輝は目が覚めた。

 家の中は一輝以外はだれもいない。

 一輝は父と二人だけで、小さなアパートの一階で暮らしている。

 その父親は、まだ帰ってきていない。

 一輝の父親は今年、四十七歳。

大型トラックの長距離ドライバーで生計を立てていて、それ故に、仕事内容によっては、三日から一週間、長ければ九日ほど帰っては来ない。

一輝は殴られた顔を鏡で見ると、左瞼は昨日以上に青黒く変色し、腫れあがり、唇も切れて腫れあがっていた。 

 時計をに眼をやると、午前八時二十分を過ぎていた。

 一輝は今日は学校に行くかどうか悩んだ。

 廻りの同級生は、何処の高校を受験するか、日にどのくらい勉強をしているかという話をしているが、一輝は、まるで勉強が身が入らずが、うわの空で授業をうけているだけで、いたずらに時間が過ぎている様に感じている。

 更に昨日は久々の登校であるにもかかわらず、帰宅途中で、どこぞの不良ふたりに喧嘩で負けるという不運に見舞われた。

 それにこの顔を晒していくのも、どうかと思っている。

(今日も休むか・・・・。)

 ため息が漏れた。

 結局、自分は、学校生活というもの自体に縁が無いのであろうと感じた。

 「!」

 どんどんというドアを叩く音が聞えた。

 玄関に設置しているインターホンは壊れたままだ。

 大して、親戚やら友人が訪れる家でもないから放置した。

 セールスにしては訪問が早くないかとも思った。

 「おーい・・・・」

 ドアの向こうで呼ぶ声が聞える。

 その声でドアの向こうにいるのが誰なのかがすぐに分かった。

 石川の声だ。

 石川は一輝の小学校時代からの友人で、学校内では、一輝同様に他の生徒や勉強に馴染めず、町の暴走族や非行少年の類と組み、教師や警察に眼をつけられている。

 石川は学校や勉学に馴染めないものの、一輝とは違い、社交性にはわずかばかり長けているのようで、登校拒否の確立も低くい。

 ドンドンとさっきより強い力で、石川はドアをたたき始めた。

「はいョ!」

寝起きの頭に響くような音に耐えかねた一輝は、なるべく、ドアの向こうにいる石川に聞こえるように、大きな声で、返事をした。

 

 ドアを開けると学生服姿の石川がいた。

かれも、校則違反の学生服姿だ。

 「おい、イッキぃ」

 石川は朝から陽気な声だった。


 「なにしてんねんな、もう、学校行く時間屋のに、まだ用意が済んでへんやん・・・・」

 そう言った後に、一輝の顔を見るなり驚いた表情で言った。

 「おい、どないしてん、その顔!」

 「あぁ、悪い・・・・今日は休むわ」

 「まぁ、階段から落ちた訳ではなさそうやな」

 「どこぞの誰にやられたんや!」

 石川は少し眉間にしわを寄せて、強い口調でいった。

 「さぁな・・・・、どこかの高校生か・・・・見た感じ、中坊ではなさそうやったわ。何処の誰かは、私服やったから解らんわ。相手は二人がかりやったから、負けてもうたけど・・・・まぁ、こっちも殴り返したしな」

 「大丈夫なんか?」

 「おう、もう何度も経験済みやからな、自分の身体は自分が良くわかってるて」

 心配そうに顔を覗き込む石川に、強がって見せた。

 「なんや、せっかく昨日、お前が久々に学校に来たから、今日は朝から誘いに来たのに・・・・」

 残念そうな顔だ。

 石川は、もともと垂れ下がった目尻を、更に眉間をすぼめると、さらに目が垂れ下り、その残念さが大いにつたわってくるようだ。

 「ほな、俺も休むわ」

 「はぁ?」

 「どっちみち学校いっても、勉強もついていかれへんしな・・・・。それに、もうクラスのみんなも、この夏で、自分の人生が決まるみたいな顔して、勉強、勉強ばか言うとるしな・・・・」

 「・・・・・」

 一輝は言葉が見つからなかった。

 確かに、中学三年ともなれば、高校受験が頭をよぎる、大抵の学生はそうだろう。

 そこからはみ出る者は、ただ、なんとなく学校に登校しているだけで、その状況に違和感がある。

ましてや、石川みたいな風体の者など、その空気感を醸し出すクラス内では著しく浮いているだろう。

変形ズボンに両サイドを刈り上げ、前髪から後頭部にかけて髪を伸ばし、後ろで輪ゴムで縛り上げたヘアスタイル。

 学ランの下には赤だの青だの派手な色彩のTシャツを着こみシルバーネックレスまでしている。

 なんで、中学生にシルバーアクセサリーが必要なのか一輝には理解できなかったが、いちいち、それを咎めたこともない。

 石川なりの個性の出し方なのだろう。

 「二人とか卑怯な奴らやな、許せんわ・・・・で、仕返しはいつするねん!」

 さっきまでの残念そうな表情が一変して、強い口調になった。

 「リベンジや!」

 「いや、まだその予定はない」

 「俺も、加勢するで、なんなら仲間に声をかけておこうか」

 社交的な石川のことだから、彼が声をかければ面識のない連中でも、何人かは動いてくれそうではあるが、あくまで一輝自身が勝手に行った喧嘩に見ず知らずの不良を利用するのは気が引けた。

 「い・・・・いや、もうええねん。その気持ちは、ありがとう・・・・」

 「そうか・・・・でも、相手が二人と言えど、果敢に立ち向かうとか、ほんまに勇気があるなぁ。イッキのそういうところ、尊敬するわ!」

 石川は目を輝かせてそういった。

 石川は子供の頃から、なにかと一輝を気にかけてくれている。勉強と女子生徒にモテることは出来ないが、友人に対しては、明るく振舞い、こうやって心配してくれている、心の優しい男であった。

 「ところで、なんか腹減ってきたな・・・・一輝、朝飯おごってくれへん?」

 「なんで、そうなんねん!」

 そして、かなりのお調子者でもあった。






 

 

 

 


 

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