ラッシュ!

成海 要

第1話    

              

              

                1

 荒れた少年がいた。 

 「クソッ!」

 そう一言吐き捨てて、少年は、路地裏の雑居ビルの壁際にもたれかかるように座っていた。

 好んで座っていたわけではない。

 座るというより、気力も体力も果てているのだ。

 それを証拠に少年の顔にはいくつものあざがあった。

 左の瞼は青く腫れ、鼻から顎にかけて、鮮血が滴り、拳でそれを拭っても、また血は、黒い学生服の胸元にぽたぽたと流れ落ちていた。

 少年は立ち上がると、学生ズボンについた砂を手で払い、地面に、血のまじった真っ赤な唾を吐いた。

 少年の名は 矢島 一輝 (やじま いっき)。

 今年中学校三年生の初夏を迎えようとしていた。

 一輝のこの無残にも見える姿の発端はというと、今しがた学校の帰りがけに、ガラの悪い高校生と思われる男二人にに絡まれ、負けん気の強い一輝は無謀にも、その二人の高校生を相手にした結果だった。

 

 一輝の髪はの色は茶色い。

 染めている訳ではない。

 先天的に髪の毛の色が薄く赤茶けた色なのだ。

 それに加えて、学生ズボンは標準のより幅が広いものを履いている。

 こんな出で立ちであるから、以前にも、高校生や他校の生徒に『生意気な奴と』目を付けられ、たびたびトラブルを起こすのだ。

 不良グループにも、それなりの規則があるのか、それが人というものか、おおかたの不良は不良の先輩に愛想よくしたり、好かれているほうが無難なのだが、一輝にはそれがない。


 あれは二年ほど前の事。

 

 中学一年になり、半年がすぎようとしていた時過ぎようとしてい頃だった。

 上級生の不良グループに、生意気な態度だという理由で、三年生の飯塚という喧嘩自慢で名が通る、札付きのわるに校舎裏に呼び出されたことがあった。

 取り巻きみたいな、または腰ぎんちゃくともいえる不良共が五人ほど周りにいてその真ん中に飯塚がいた。

 飯塚は見た目は細身で、周りの不良どもと比べると頭一つ飛び出るように長身である。

 飯塚は一輝に対し突然土下座を強要した。

 取り巻きどもは、クスクスと馬鹿にしたような笑みを浮かべ、追従するように「土下座しろ」や「いう事聞いといた方がええぞ・・・・!」という言葉をかけてきた。

 どいつもこいつも嫌な顔に見えた。

 一輝はこれに応じなかった。

 いわれのない事である。

 そもそも、一輝は飯塚と何の接点もない。いわれのない謝罪などする必要は無いと思っていた。

 飯塚は、不気味なほど冷たい視線で一輝を見下ろす。

 「はい、時間切れ・・・・」

 と、飯塚が言った。

 

 すると、突然、左の頬に硬い衝撃が走った。

 

 飯塚の右の拳が一輝の頬に直撃した。

 よろめく一輝に、もう一度、拳が飛ぶ。

 

 一瞬目が眩む感覚を覚えた。

  

 確かに喧嘩自慢だけあり、その拳には肉体的のみならず、精神を砕くような独特の痛みを感じた。

 一輝にとって、殴られることは初めてではない、中学に入る前から何度となく喧嘩に巻き込まれてきた。

 好むか好まざるか、暴力が向こうからやってくるのだ。

 一輝は飯塚の拳の衝撃を足に力を込めて踏ん張りった。

 そして、やはりこの時も、一輝は飯塚の顔面に硬く握った拳を叩きこんだ。

 飯塚の頬に拳が当たったが、よろめかせる程ではなかった。

 周りの不良共が凍り付いた。。

 『よくもやりやがったな』

 という、表情を一瞬みせた飯塚は、再び鋭く冷たい眼に戻り、一輝を殴った。

 更に力の入った拳だった。

 その拳が二発三発と続いた。

 一輝は謝るどころか「クソ、くそう・・・・」と、殴られながら吐き捨てていた。


 一輝にしてみれば、たとえ相手が上級生であっても、理由のない、媚やへつらい、表面だけの愛想など、無意味だと思っていたからだ。

そのうち攻撃が止んだ、一輝は、雑草が生えた地面に両膝をついていた。

 「くそ・・・・くそう・・・・く・・・・」

 飯塚は一輝を見下ろし、ぜぇぜぇと、荒れた呼吸をしているのが解った。

 何発殴られたのかもわからなくなっていた。

 飯塚は膝まづく一輝の頭をわしづかみにし、額を地面に叩きつけた。

 一輝は腰をあげたまま膝まづき、額が地面に付いた状態になった。

 「ふん、やっと、土下座したか・・・・」

 そういって、飯塚と、取り巻きは、一輝を置いてその場を去っていった。

 そんな事があってから、ますます一輝は荒れた性格になっていた。

 

 そして今回も、͡このありさまである。

 「痛・・・・」

 一輝はひとり、痛むわき腹をおさえながら歩いて、商店街をぬけて、公園にたどり着いた。 

 若いカップル、買い物帰りの中年女性、どれも、一瞬歩みを止め、ボロボロの一輝の姿に驚きの表情をみせては、道を退く。

 そして一輝は公園の公衆便所の水道で手と顔に付着た血を洗い落とし、鏡をみて腫れた頬を軽くなぜた。

 西の空に夕日が沈みかけていた。

 自分にもっと力があればと思った。

 

 一輝はとにかく強くなりたかった。


 

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