第41話 一人じゃない

 アメノオハバリ。そしてこの身体の軽さは……。龍化の魔法、なのか?


「イザナギさん、エヴァ……」


「……訳が分からない。彼らは死んだ。データだって残してない。完全に消えたはずなのに」


 ……理由はいい。今、俺は彼らの思いに助けられている。であれば。俺は死なない。生きて願いを叶える。その為には。


 俺は剣を構えて神への攻撃を試みる。先程までとは打って変わって、今度は神が防戦一方になった。俺の動きが早すぎるのだ。龍化の魔法。感覚で分かる。今の俺の身体は、完全に龍化している。この状態なら電気魔法と魔力推進を併用している神を上回る。加えて、アメノオハバリの切れ味。

 神はどこからともなく新しい剣を出現させるが、いずれも一太刀で切断する。神はアバターだ。身体的な疲れとは無縁だろう。しかし、精神は別。極度の集中状態は長く続かない。このまま神の疲弊を待てば、遠くない未来、俺の勝利が確定する。


「なんだか分からないけど、それ、ちょっとズルくないかしら」


 閃光。おそらくは、ノータイムでの雷魔法。だが、俺にダメージはない。体が勝手に反応する。神の雷撃を、アメノオハバリで切り裂く。神はその間で、俺との距離を取る。


「……さっきから何なのよ。とても、イライラする」


 爆炎、激流、真空波、氷獄、土石流。あの世界では見たことのない魔法の極致。神は立て続けに放つ。本来なら、どれか一つでも使われたら即死級の威力なのだろう。……だが。

 意思とは無関係に身体が動く。炎を剣圧で吹き飛ばす。水を縦に割る。風を去なす。氷を昇華する。岩を砕く。


 ……いくら肉体のレベルが上がろうが、剣の性能が凄まじかろうが、とてもじゃないが俺にこんな芸当は出来ない。こんな真似ができるとしたら、それは。


「……俺じゃない。剣聖だ。例え死んでも、お前の言うようにデータに過ぎないのだとしても。俺の中に、確かにいる」


「……そんなものはないわ。あり得ない。私は認めない。もういい。遊びは終わり。貴方を殺すわ。そしてまた別の世界で、一から始めれば良い」


「こんなことはもう止めろ。普通に生きろ。結婚して、子供を作って。働く必要がなくても、例えば野菜を育てても良いかもしれない。そういう、人間らしい暮らしを」


「また説教?難しい事を言ってくれるわね。……もう少し、世界の真実について教えてあげる。私が子供の頃、世界には私を入れて391人の人間がいたわ」


 ……何を言ってる?


 神の雰囲気が変わる。俺は、何かが起きる前に勝負を決めに行く。神に一太刀浴びせる。


 しかし。


 ギィイン!!!


 これまで多くの剣を切断したアメノオハバリは、神の左腕に受け止められる。俺は咄嗟に後ろに飛び退く。


 「ぁがっ!」


 何かに、腹部を強打される。空中で体勢を整える俺の目に映ったのは、龍の尾。


「機械だけど、私には愛する両親がいるわ。世界は完結していた。だから元々、生殖活動に興味はなかった」


 神の姿は変貌する。龍。それも、亜獣の弟が造り出した龍の勇者に近い。……あの時は殺す手段があった。脅威ではあったが、所詮は操り人形だった。だが今は……。


「まぁ、何が言いたいかというとね。私のいる世界で生きている人間ってもう、私一人なの」


「……そうか。それは、難しいな」


「……もっと反応してもいいんじゃない?変に同情されるよりはマシかしら。さて、それなりに面白かったけど、やっぱり及第点って所ね。……覚悟は良いかしら」


「……」


 神は焦らない。焦る必要がない。それはそうだ。先程の攻撃で、俺がダメージを与えられない事が分かっている。神は、死刑宣告のようにゆっくりと、こちらへ近付いてくる。


 ……今、俺にできる最善は。先程は腕に弾かれた。つまり、龍鱗部に攻撃は通らない。唯一の急所は目だろうか。だがそれも、黙って突かれるのを待ってはくれないだろう。……俺の魔力では心許ないが、アメノオハバリの補助があれば、電撃で動きを鈍らせられるかもしれない。隙ができればあるいは。


 覚悟は、最初から出来ている。


 神はもはや剣を使わない。ただその膂力に任せる。暴力の嵐が、俺を襲う。


 俺は耐える。ひたすら攻撃を受け流し続ける。やることは変わらないのだ。精神の疲労を誘う。後は、どちらが先に力尽きるか。それだけだ。


「……粘るわね。別に、いたぶる趣味はないのだけれど」


「……例えばだが、俺の知り合いの誰かをお前に紹介するのはどうだ?」


「は?」


 一瞬の間。俺は迷わず電撃を放つ。神の硬直は継続する。俺は神の左眼を狙い、突きを繰り出す。


 カッ!!!


 ……馬鹿な。何故、弾かれる。


 神の左眼に注視する。目の表面が半透明な膜に覆われている。……瞬膜。鳥類や爬虫類に見られる、眼球保護の機構。まさか、こんなものに。


「……全くひどいわ。いえ、やるわね、と言うべきかしら。一瞬ヒヤっとした。でも、残念ながら私に弱点はない。……もう、良いでしょう」


 神の連打の勢いが増す。まだ、受けられる。受けられるが、一方で、神を倒す術が見付からない。……心が、折れかける。十分やっただろうと、休みたがる。そうだ。そもそも、我慢比べをしても勝てる道理がない。相手はアバター。俺は生身。どちらが先に果てるなど、分かりきった事だ。なのに。


 俺は、諦めない。正確には、俺の身体が。剣聖が。エヴァが。


 やるんだ。あの瞬膜が龍鱗よりも装甲が薄いことは確か。貫けるまで、何度でも。


 しかし、俺の目論見は、容易に看破される。


「貴方の考えている事は想像が着く。でも無駄よ。私は回復魔法も使える。無限に」


 サクラに何度も世話になった回復の光。それが、先程攻撃した左眼を包む。


「フフ。良いわね。もう少しなのにね。貴方の願いは叶わない。私好みの展開」


 ……心の動揺が体を鈍らせる。去なし切れない。腹部に一撃。それだけで、俺は膝を着いてしまう。呼吸が出来ない。


「さよなら」


 膝を着いた俺の頭を目掛けて、神が蹴りを繰り出すモーションに入る。当たれば即死。弾けて原型も残らないだろう。


 ……まだ。まだ、やれることは。


 不意に、右手の痺れに気付く。なんだ?剣が、何かを教えようとしてくれている?


 ……電気魔法?だがそれは、龍化している今では使えないはず。


 いや……。龍化中に魔法が使いづらくなるのは、高密度と化した筋肉の中を魔力が通れないからだ。電気魔法は、通常は動かしたい部位の魔力を電気に変換することで行うから、龍化の魔法との相性は最悪。だが今でも、魔力が通う箇所はある。例えば、掌。そして、アメノオハバリによる電気魔法は、外側から。つまり……。


 剣を介せば、龍化状態で電気魔法が使える。


 速度が増せば、その分剣撃の威力は増す。俺は持てる全ての魔力を剣に注ぐ。電気魔法に使われない分の魔力は、雷に変換され、刀身を覆う。


「ぉぉぉおおああああああ!!!」


 神速の一閃。


 目前に迫っていた神の右足を、膝下から切断する。


 神は、自らに起きた事実を認識できていないだろう。立ち直る暇は与えない。


 返す刀で、胴体と頭部の繋がりを絶つ。


 神は、その場に力なく崩れ落ちる。


 俺は勝った、のか……?


 倒れた神の身体は消え、気付くとそこには元の子供が立っていた。


 感情の篭らない顔で、神は俺に抗議する。


「……それは、貴方の力だと言って良いのかしら」


「死んだら何も残らないんだろう?」


「……そうね。その通り。言い訳は見苦しい。……私の敗けで、貴方の勝ちよ」


「なら……」


「ええ。約束は守るわ。アルジュナの両親は復活させる。もちろん、彼らのいる世界に」


 ……良かった。今までのやり取りから、約束を反故にされることはないだろうとは思っていたが。初めは底知れないと思っていた。違うのだ。彼女自身がどうして良いか分からない。ただの子供だったのだ。


「そうか。なぁ、それは神の施しという事にしてくれないか?あいつの前では邪神を演じていただろう?そうじゃなくて、真の平和に導いた報酬という形で、神からアルジュナへ」


「何故?」


「俺の関与を知っても、後悔が大きくなるだけだ。あの子の選択の結果だと思わせた方が納得するだろう。……とりあえず、問答無用で両親を生き返らせてくれ。下手をしたら、俺の復活を願うかもしれない」


「なるほどね。良いわ。分かった。別に大した手間でもないし、そうしましょう」


「ああ。ありがとう」


 やるべき事はやった。後は、俺が消えるだけだ。


「……続けて悪いが、最後に、願いを叶える様子を見せてくれないか。あの子とインドラの喜ぶ顔が見たいんだ」


「……彼らはまだ、召喚の間にいる。それじゃあ、やりましょうか」


 ホログラムが目の前に現れる。あれから大して時間は経っていないのだ。アルジュナは未だに泣き続けている。


 神が喋り始める。


「初めまして、魔王アルジュナ。貴方の願いにより、この世界に真の平和が訪れました。貴方は勇者ではありませんが、神として、貴方には相応しい褒美を送る必要があると思っています。受け取って下さい」


 三人とも、何が起きているのか分かっていない。突然現れた神をただ呆然と見上げる彼らの前に、いつの間にか中東系の顔立ちをした若い夫婦が立っている。


「なら、勇者の復活を……」


 言い掛けたアルジュナは、目の前に現れた人物に気付く。


「ママ、パパ……?」


「あっちゃん?ここは?私達は確か……」


「ママ!!!パパ!!!」


 泣き顔のまま、両親の元へ飛び込むアルジュナ。それで良い。そうでなければ、頑張った甲斐がない。


「……神様、キヨスミ君は、どうなったの?」


「心配しないで下さい。彼の魂は、元の世界へと帰りました」


「そう……。良かった。良かった……」


 泣き崩れるサクラ。


 本当は消えるだけだが、神も中々気の利いた事を言ってくれる。助かった。


「神よ、この奇跡は、本当にアルジュナへの褒美なのか?勇者は……。いや。できるなら勇者に伝えてほしい。この恩は決して忘れないと。何かあったら私を呼んで欲しいと。神なら、それができるだろう?」


 ……インドラ、鋭いな。そして、ありがとう。お前の思いは伝わった。でも、その機会が訪れることはない。お前はお前で、勝ち取った平和を享受すれば良い。


「分かりました。貴方も功労者ですから。……今一度、お礼を。この世界を救って頂き、感謝しています。皆様に永遠の幸福が訪れる事を。それでは、私はこれで」


 彼らから神が見えなくなったのだろう。インドラは復活したアルジュナの両親に、魔王に代わって現状を伝えに行く。余程疲れていたのだろう。アルジュナは母の胸に抱かれて寝入ってしまった。これ以上なく、子供らしい、安らかな寝顔。ああ。良かった。本当に。


「貴方、泣いているの?」


「……まぁな。最後に良い物が見れた。お前も、随分晴れやかな顔をしてるじゃないか」


「……そうかしら。そうかもね。ハッピーエンドもそう悪いものじゃないなって、少し思っただけよ」


「そうか。良かったな。……俺の目的は果たした。もう、良いぞ」


「……そう。それじゃあ、名残惜しいような気もするけど、さよなら」


 神の言葉の数瞬後、俺の意識は闇に消えた。





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