第40話 ラストバトル

「これで、お前は満足なのか?」


 ホログラムが消えたと同時に、体の自由が戻った。俺は、消えた先をぼうっと眺めている神に聞いてみる。一瞬の間。


「……そうだね。いや。どうだろう。感動はした。でも、何だろう。いつもと違う。小さい子供を転生させたのは初めてだったからかもしれない」


「……なぁ。別に、魔王の両親を生き返らせる事だって出来るんだろう?必ずしも、叶える願いが一つでなくとも良いんじゃないか?」


「……理由もなく、例外を認める訳にはいかない。今はただ、私の感情しかない。あの子が可哀想だからなんて。そんな事で特例を認める訳には行かない。後悔を感じるくらいなら、初めからこんな事しなければ良いんだから。今まで死んでいった他の勇者たちにも失礼だよ」


 神には神なりの矜持があるようだが、クソ食らえだ。


「そう思う時点で、後悔している。……素直に失敗を認めて、反省すれば良い。お前のやっている事は、やってきた事は正しいことじゃない」


「……あはは。まさか、仮想現実に説教される日が来るなんて。とても新鮮ね。これまで、誰かに説教なんてされたことなかった。……人生経験の少なさは認める所だけれども、貴方は、人に何か言える程の人生をこれまで歩んできたのかしら。そんなに、苦しむことが偉いの?」


「胸を張れることはない。説教をしたい訳でもない。ただ、お前にあの子を幸せに出来る力があるなら、そうして欲しいだけだ」


「……」


 俺は素直な気持ちを伝える。反応はない。神に言われるまでもなく、自分の人生が取るに足らない物なんて事は分かってる。ここに来てからも間違ってばかりだった。後悔は多い。それでも、いつだって正しくあろうとしてきた。


「……理由が必要なら、そうだな。魔王の願いによって、あの世界は真に救われたと言えるだろう。お前が元々俺に頼んできたことは達成された。そしてそれは、俺の選択による所も大きい。俺は魔王を殺さない事で、世界を救った。俺自身の生死は、成功の条件には入っていないだろう?」


「……詭弁ね。仮にそれが通用するとしましょう。貴方、元の世界に帰れないけど、それで良いの?子供が待っているんでしょう?」


「そう思うなら、両方の願いを叶えてくれ。ただ、どちらかしか選べないなら、俺は魔王の両親の復活を望む」


「……何故?」


「……魔王にあの選択をさせたのは、俺だからだ。魔王は、あの戦いで俺に殺される気でいた。だってそうだろう?魔王が本気なら、不意討ちで俺を殺せたんだ。サクラが納得するかなんて関係ない。確かに、サクラとヴァーユの婚姻は世界が平和になるまでの時間を早めるかもしれないが、必須じゃない。……多分だが、あの子は、自分の為にこれまでインドラがしてきた事に気付いていたんだと思う。一方で元の世界に帰りたい気持ちも嘘じゃないから、インドラを止めることが出来なかった。誰かが死ぬ。その度に自分を責める。剣聖が殺されたとき、その場にいた魔族の半数以上が死んだ。耐えきれなかったんだろう。あの小さな体ではとても」


 俺があの子と同じ立場だったら。同じ年齢だったら……。耐えられるはずがない。


「……随分逞しい妄想力ね。貴方に、あの子の気持ちが分かるとは思えないのだけど」


「そうだな。状況から考えられる、ただの想像だ。俺には人の気持ちなんて分からない。分かっていたら、もう少し上手くやれたはずだ」


 あるいは、剣聖やエヴァが生きている未来だってあり得たかもしれない。


「お前は、許されない事をした。あの子は、自分の幸せの為に願いを使う事が出来なかったんだ。それでも何も知らないままだったら、元の世界で両親と暮らすか、この世界でインドラ達と暮らすかには、実際の所、アルジュナの幸せに大きな違いはなかっただろう。だが、お前は見せびらかした。誰がどう考えたってベストな選択肢を。あの子は、喉から手が出るくらい、両親を生き返らせてくれと言いたかったろうさ。でも、言えなかったんだ」


 魔王を生かした選択が間違いだったとは思わないが、俺が、そして神が止めを刺したのも事実だろう。あの子は、これから先も自分の幸せを願うことが難しいと思う。ならばその分は、周りで補なう。子供が泣いていたら手を差し伸べる。


「お前は今まで、多くの人間の死に際を、生き様を見てきたんだろう?だったら分かる筈だ。今、自分のするべきことが。何が正しいのか」


「……分からないよ。私はただ、エンターテイメントとして見ていただけだもの。何が良くて何が悪いかなんて教えて貰ったこともない。考えた事もない。そうする必要もなかった」


「……だったら、こういうのはどうだ。願いは、神を楽しませたことに対する報酬だと言うなら。これから俺はお前に挑む。もし俺がお前を倒すことができれば、俺の願いを叶えてくれないか」


 イザナギさん。俺が今、やれることは。


「……それは、面白いわね。神に挑戦しようなんて。これまでそんな事を言ってくる人間はいなかった。なるほど。さしずめ私は、トゥルーエンドに向かうための真のラスボスね。でも、馬鹿じゃないの?私のこの体はアバターよ。私はここにいない。私は死なない。何にでもなれる。貴方に私を倒す事は不可能よ」


「そりゃ、死なれたら困るからな。願いが叶えられなくなる。……アバターとやらは好きに出来るんだろう?俺じゃ倒せないような設定で良い。もしそれに勝てたら、報酬を与えるに十分だと思うが」


 そもそも初めから勝てるなんて思っていない。俺の命で、神に何かを残せたら。アルジュナを救えるかもしれない。可能性はゼロじゃない。


「……貴方、放っておいても消えるだけだものね。万が一私に勝てれば儲け物。貴方にデメリットはない。いや、死ぬに当たって相応の痛みを伴うわね。もう一度、死の痛みを。……良いでしょう。貴方の挑戦、受けて立つわ」


 言うが否や、突然周りが教室から荒野に変わる。ここは……。イザナギさんが死んだ戦場、か?


「さて。それじゃあ、アバターを変更させてもらうわ。貴方も私がこの姿だとやりにくいだろうし。フェアに行かないとね。これで良いかしら」


 神の姿が変わる。性別が分からない子供の姿から、成熟した大人の女性へ。


「魔王軍五大将軍の一人、ヴァーユ。見た目はともかく、彼の身体能力をコピーしている。中身は私だけど、私も仮想現実世界で伊達に遊んできてないから。貴方に勝ち目はない。あ、当然だけど、貴方は今、私が与えた能力は使えないから。けど貴方が使っていた防具や武器は用意したわ。アメノオハバリは粉々だったし要らないわよね」


 散弾銃、千変万化の剣、千変万化の鎧、再生の軽鎧。いつの間にかそれらが身に付けられている。だが、無限の魔力がない今、散弾銃はただの重い鉄塊。その他の装備も、何の変哲もない武具だ。質量操作が出来ないと、こんなに重かったんだな。


 散弾銃と千変万化の鎧を脱ぎ捨てる。それらを装備したままではまともに動けない。魔法も無理だ。無限の魔力がなければ、俺はまともに電気魔法を使えない。使えそうなのは水魔法だけ。それも本職と違い、殺傷力は少ない。牽制が良い所だろう。……さて、この状態でどこまでやれるか。呆気なくやられては、神の心を動かす事は出来ないだろう。


「……十分だ。始めようか」


「あんまり落胆させないでよ、……ね!!!」


 一息に斬りかかってくる神。それに応じる俺。言うだけあって、鋭い。だが、ヴァーユ本人とは比較にならない。拙い技術だ。しかし、残念ながらそれは俺も同じ。お互いが素人同士なら、明暗を分けるのは単純に身体能力の差だ。異世界を経験したとは言え、元々ただのサラリーマンの俺と生粋の軍人であるヴァーユでは、地力が違いすぎる。あっという間に防戦一方になる。


「ほらほらほらぁ!!!カッコつけて挑んできたんだから!!!少しは楽しませなさいよ!!!」


「……!!!」


 だが、俺は焦らない。真剣での戦いだ。一瞬の隙を着いて、一撃でも入れば致命傷になる。神は死なないのだから、思う存分やれる。受けながら相手のパターンを覚え、どのタイミングで行くかを見極める。


 ……来た。右足で踏み込んでからの袈裟斬り。俺は神の右足が地面に着くかというタイミングで、左手から水魔法を放つ。それは見事に着弾し、神の体勢を大きく崩すことに成功。


「……な!?」


 つんのめる神を半身で躱し、背後から神の左脚を突き刺す動作に入る。だが、俺の剣が触れるかどうかという所まで迫った所で、不意に体が痺れて動かなくなる。電気魔法による妨害。クソ。まともに喰らうとこうなるのか。


 結局、神の左ふくらはぎを浅く切っただけで終わってしまった。神は綺麗に受け身を取り、俺との距離が若干離れる。


「……やるじゃない。まさか、魔法を使わなければならないとは思わなかったわ」


「できれば使わないでいて欲しかったな」


「接待プレイは終わりよ。勘も戻ってきた。本気で行かせてもらうわ」


 神の言う通り、曲がりなりにも攻撃を受けることが出来ていたのは、神が魔法を使っていなかったからだ。例えばここで、遠距離魔法を使われたらそれだけで終わってしまう。俺は攻めて、近接戦に持ち込まざるを得ない。今度は俺から斬りかかる。しかし、容易に避けられる。


「良い判断だとは思うけど、電気魔法を使った私のスピードについてこれるのかしら」


 神からの応酬が始まる。当然のようにこちらの防御は間に合わない。先程の件があるためか、神も深く切り込んでは来ないが、すぐに身体中に裂傷が刻まれる。致命的なダメージを負う前に、何とかする必要がある。……俺は覚悟する。


 神が左から横凪ぎに剣を振るう。俺は剣で受けない。代わりに、左腕に力を入れて受ける。腕は切断されるが、神の剣は脇腹の骨で止まる。防御を放棄した俺は、神と同時に突きを放った。体重は既に載せている。電気魔法による妨害を受けたとしても、貫けるはずだ。


「ぁぁぁぁああああああ!!!」


 痛みを誤魔化す為に叫ぶ。狙いは首。当たれば俺の勝利だ。


 ……しかし。すんでの所で躱される。その後で蹴り飛ばされる。まずい。なけなしの魔力で、再生の軽鎧を起動する。裂傷と左腕の止血を試みるが、これはもう……。


「……何で、分かった?」


「今まで見てきたから。追い詰められた貴方がそういう戦い方をする事は、容易に想像できた」


「……そうか」


 誘い込まれていたのは、俺の方だったか。


「どうする?もう、無理でしょう?その痛みも耐えがたいはず。元々の予定通り、存在を消しましょうか。そうすれば、痛みも恐怖もない」


「……いや。まだだ。俺は生きている。俺はまだ、負けちゃいない」


 勝てるなんて思ってない。だが、負けるにしても存在を消されるようなやり方では意味がない。俺をその手で殺させる。人の死を理解させる。神からすればただのデータである俺を殺させたところで、意味はないのかもしれない。だとしても、それが今できる最善だ。


 出血は塞いだ。俺は立ち上がる。だが、打てる手はない。ここから先はただ死にに行くだけだ。


「……そう。残念ね。できれば貴方を、殺したくはなかったわ」


 神も剣を構える。次の打ち合いで、俺は死ぬ。


 ……いや、まだやれる。もう、後を考える必要はない。相討ちで良いなら一瞬くらい電気魔法が使えるはず。


 神が動く。


 迎え撃つ。神は、俺が反応できる状態だとは思っていないはず。そこを打つ。


 頭と右腕以外なら、どこを切られても構わない。来い。


 死の間際だからだろうか。全てがゆっくり見える。


 神はどうやら、俺の左肩から右脇腹に掛けてをばっさり行く気らしい。


 俺は、ほぼ同時のタイミングで、剣を右方から横凪ぎに振るう。


 だが、俺は瞬時に察してしまう。俺の剣は、神に届かない。


 電気魔法は問題なく使えた。……だが神は。


 この速度。ここに来て、ヴァーユが行っていた魔力の推進利用を行っている。


 俺の剣が届く前に、俺は両断されるだろう。


 不思議と、悔しさはなかった。俺の死が、神を変えるという確信があった。


 …………不意に、右腕に違和感を感じる。剣が、軽い。いや、剣だけじゃない。満身創痍のはずの体も。


 神は、俺の異変に俺よりも早く反応する。袈裟斬りの軌道を変え、俺の剣を受ける。


 パキン。


 神の剣が、切断される。


 俺の異変に気付いた時点で不測の事態を想定していたのか、神は後方へ飛び退く。 


 神が受けたダメージは、腹部の薄皮一枚だけだ。決して致命傷ではない。だが。


「……あり得ない。その剣は、一体どこから出したの」


 神に言われて、俺は違和感の正体を確認した。


 俺の右手には、魔王戦で粉々に砕けたはずのアメノオハバリ。


 雷光に覆われた完全な刀身が、眩しいくらいに煌めいていた。



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