第39話 神の世界

 自分と、自分の親が違うことに気付いたのはいくつの時だったか。世界の事を知ったのもその頃だ。

 ある日、いつものように両親と外に遊びに出ていた。その日は山登りだった。登山の途中に足を滑らせた私を庇って、母が壊れた。怪我をしたのではなくて、壊れた。何が言いたいかというと、私は人間だけど、両親は機械だった。私はずっと、機械に育てられていたのだ。それまで私は、何も考えずに、ただ食べて、遊んで、寝ていただけだった。幸せだったし、その事に何も疑問を思わなかった。思う必要もなかった。

 両親が機械であることを知って、私は初めて世界に興味を持った。私を庇って壊れたはずの母は次の日には元通りになっていたので、気になった事を色々聞いてみた。


「ねぇ母さん。私と母さん達って、何で体の作りが違うの?」


 母は色々教えてくれた。体の作りが違うのは、母と父は機械で、私は生物だから。昨日の時点では、私はその違いがぼんやりとしか分からなかった。だってその時まで、機械の人間なんて存在を認識してなかったから。母の話によれば、母と父は子育て用の機械みたいだった。機械といっても、知能や感情といったアルゴリズムは生身の人間と同じ。ただし、私を育てることに関してだけは優先順位が高く、それに幸福を感じるようになっているらしい。


「私は、どうやって生まれたの?」


 機械の母と父の姿に良く似た(実際には機械の方が人間の母と父に似せられているのだが、私の感覚的にはこっち)、人間の母と父から生まれたとのことだが、生みの親は私を生んで一年くらいで子育てと夫婦生活に飽きて、家族はバラバラになった。私は別れ際に機械の母と父があてがわれた。別に珍しい事ではないらしい。大体2%くらいの男女は生物の本能にしたがって一度は婚姻して子供を作るが、他人と一緒に要ることも、子供を育てることも、一人で生きることに比べるとストレスが大きい。だから、すぐに別れてその後再び誰かと生活することもない。私の両親のような人間機械と死ぬまで暮らす事が多い。一年という歳月は、むしろ良く持った方らしい。これまで母と父以外の機械や、まして人間も見たことがない私には、それ以外の誰かと生活するということが上手く想像できない。


「私以外の人間は、どこにいるの?」


 どうやら私の生活圏には私以外いないみたいで、今現在、世界中の人類を足し合わせると、私を含めて391人らしかった。最盛期には200億人を越えていたとのことで、それからすると殆ど絶滅しているようなものだ。生まれた男女の2%、おまけに二人の人間から一人しか増えないのだから、数が減っていくのは当たり前の話ではある。ある程度数が減って人口密度が下がってくれば、子供を作らないまま死ぬ人間も増える訳だし。この話を聞いた私も、わざわざ探してまで子供を作ろうと思わなかった。


「私が死んだら、母さん達はどうするの?」


 母と父は機械だから、歳を取らない。この世界にはあるゆる機械に対して、その機械を直す別の機械が存在するから壊れることもない。だから、例え人間がゼロになっても機械は存在し続ける。もちろん、人間の食料を作っていたような機械は必要なくなれば停止することになるだろう。しかし、子育てや家事をするような機械には、人間と同じ思考回路を有するAIが搭載されている。彼らはどうするのか。大方、三種類に別れるらしい。対象の人間が死んだ時点で自分も機能停止する者。対象の人間の遺伝子情報と環境シミュレーションから作られた擬似人格を用いた人間機械を作って今まで通り生活するもの。そして、仮想現実世界に自らの人格データを転送して、そこで自由に生きる者。


 仮想現実世界。時代設定は様々だが、共通する点は過去の地球が模倣されている事。その世界で生きる人間ももちろんAIだが、例によって人間と全く同じ思考回路を有している。感覚やその他の生理現象も完全に再現されているし、その世界の人間同士が交配すれば子供だって出来る。周りに存在する植物や動物に関しても同様。生じる物理現象も同じ。つまり、仮想現実世界というものの、この現実世界と何一つ変わらないのだ。ただ一つ異なる点があるとすれば、その世界で生きている人々は、自分達が作られた存在だと言うことを認識していない。ただそれだけ。


「仮想現実世界は、何のために誰が作ったの?」


 仮想現実世界は、元々は未来予知のために作り出された超現実シミュレーション技術の発展形らしい。ただ、超現実シミュレーションが出来た時点で人間の生活は今と同水準だったようだから、目的が何かと言われれば、言ってしまえば暇潰し。あるいは、自分達が神に到達したという証明なのかもしれない。人間は生物で、人間機械と違って直接人格データが転送できる訳じゃないから(正確には出来るらしいけど、どうしたって転送先の自分の意識と現実の意識は同一じゃないから、結局、自分のコピーを作るだけになる)、仮想現実世界をを体験するためにはアバターを作って参加する。痛覚等、不要な感覚はオフ出来るし死ぬこともない。アバターの機能は自由に設定出来るから、例えばスポーツなんかの実力世界で活躍することは簡単だし、容姿を良く作ってハーレムを作る事も出来る。王様の息子として生まれることだって可能だ。何にでもなれる。仮想現実側を設定することだって出来る。魔法が使える世界。魔王がいる世界。法則の設定が面倒だから、多くの人は自分で作るよりは過去の先人が作った世界をコピーして使うらしいけど。


 つまり、究極のRPGなのだ。人間の2%の男女しかそもそも繁殖行為をしない理由は、人口密度の話もあるけど、仮想現実世界が実現してしまった影響が大きい。何も、生身を相手にする必要はないのだ。仮想の世界でも子供を作ることが出来る。触れることも出来る。病気や事故で死なないようにも出来る。自分は好きなように活躍できる。現実世界の自分を維持するための食事や排泄といった行為の間、仮想現実世界の時間を止めることもできれば、どうでも良い時間を飛ばすこともできる。その時間は自分の擬似AIが補ってくれる。現実に何も未練がない人の中には、食事や排泄を自動でしてくれるポットのような装置に入って、死ぬまで出てこない人もいるらしい。


 両親からその話を聞いたとき私は単純に凄いなと思ったけど、試してみようとは思わなかった。別に今の生活で満足していたからだ。ただそれも、私が成長するにつれて徐々に変化していった。経験が増えれば、同じような事は飽きるようになる。母と父は、私を育てることそのものに幸せを感じるようにできているから話は別だけど、私は違う。もう飽きてしまった。散歩も、公園も、鬼ごっこも、かくれんぼも、バトミントンも、プールも、遊園地も、スキーも、山登りも、バーベキューも、カラオケも、ゲームセンターも、ボードゲームも。

 両親の事は愛している。人間機械だと分かってからも、それは変わらない。でも、そういう問題じゃないのだ。両親と何かすることに退屈さを感じるようになった私は、言語の読み方を習って、小説や漫画やアニメ、映画やデジタルゲームと言ったインドア趣味に傾倒していった。知らない物語を読む。自分の世界が広がるような感覚。衝撃的だった。物語の人物達はいずれも何かに真剣で、一生懸命生きていて、そういった彼らに私の心は動かされた。……だがそれも。永遠に続くわけじゃないのだ。段々、私は感動しなくなる。あれもこれも、見たことがある。似たような展開。新しさがない。詰まらない。


 そして私は、仮想現実世界に手を出す。初めの内は、その世界の誰かと話をするだけで面白かった。これまで私は両親としか話したことなかったから、新鮮だった。それに飽きると、今度はスポーツで活躍したり、億万長者になって豪遊したりというロールプレイをしてみたが、性に合わなかった。だってそれは自分で得た力じゃない。全然面白くない。


 仮想現実世界の人々は、生き生きとしていた。不幸ばっかりの人も中にはいたけど、それはそれで、何か良いことがあった時に本当に嬉しそうで。彼らは、大変な思いをして働かないと生きていけない。私と違って。でも、楽しそうに見える。私には誰もが輝いて見えた。


 私と彼らの違いは何か。仮想現実世界を体験していく内にそれはすぐに分かった。要するに人間は、幸不幸のギャップに幸せを感じるのだ。私には不幸がない。あえて言えば不幸がない事が不幸だが、無いものは無いのだ。仮想現実を見ればそれが良く分かる。私は学校や会社に行く必要がない。勉強や仕事、嫌なことは何もしなくて良い。本来それに付随する人間関係もない。それでいて衣食住にも困らない。困らないというか、仮想現実に比べれば、現実世界の私は常に世界最高のスイートホテルに泊まっているような物だ。日々趣味に時間を費やす以外に、やることがない。やる必要もない。競争もない。だから、何にも真剣になれない。だから、詰まらない。私は一体、何のために生きているのだろう。


 仮想現実世界で色々試す内に、私は飽きが来ない遊びを発見する。仮想現実世界の人間を、私が設定した世界に飛ばす。願いを叶える事と引き換えに、命懸けの使命を与える。私には物語を作る才能がないけど、そんな物は必要ないのだ。それは、異世界に送られた彼らが勝手に作ってくれるのだから。どういった設定の世界に、どういった人間を送れば劇的な物語が生まれるのか。それを考えながら、実行しながら、彼らの物語を眺める。彼らは必死だ。懸命に生きている。彼らの死は、私に感動を与えてくれた。


 数ある異世界の一つ。その世界で最強の剣士に息子を殺された魔族が目に止まった。そうだ。この息子にそっくりな子供を転生させ育てさせたら、一体どんな物語が生まれるだろう。きっと、極上の親の愛が見れるに違いない。魔王の能力は、インドラというこの魔族が利用しやすい物にしよう。魔王本人も戦えた方が面白くなるだろうから、追加でもう一つ能力を付けよう。ただ、かつての魔王ウエスギのように無双させても詰まらない。世界最強の剣聖も健在だから、良い勝負かな。それに、勇者召喚もされるだろうし。フフ。楽しみ。






「これで、お前は満足なのか?」


 インドラに討たれた後、ここに呼び込んだ勇者が私に問う。

 インドラとアルジュナの物語は、私が予想していなかった形で終わる。これだから面白い。……だが。アルジュナが見せた意志。最後に見せた涙は。私には、彼の両親を生き返らせる用意があった。別に他意はなく、ただ単純にアルジュナはそれを願うと思っていたからだ。だったら、インドラ達と一緒に暮らせる方が良いに決まってるから、転生後の世界で生き返らせる事を提案した。彼らは十分に私を楽しませてくれた。神の報酬は、文字通りそのお礼なのだ。ベストな案の筈だった。喜んでくれると思って、思わずニヤケてしまったくらいだ。なのに……。


 アルジュナは自分の願いを犠牲にして、あの世界の平和を願った。


 ……分からない。心臓の音がうるさい。何だ、この焦りは。今までこんな風に感じたことはなかった。私はあの子に、取り返しのつかない、酷いことをしてしまったのだろうか。


 ……分からない。私はこれで、満足なのだろうか。本当に?私が見たかったものは。もしかしたら、これまでの事も全て……。


 ……分からない。こんな時、私はどうすれば良いのだろう。



 誰か。教えてほしい。誰か。助けてほしい。あの子を、私を……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る