第38話 魔王の選択

「……確かに転生者にとってメリットしかない事は分かる。だが、あの世界で転生者同士の争いに巻き込まれた人に関しては、どう思っているんだ?」


 俺はせめてもの悪足掻きとして、意味のない反論を試みる。


「どうって言われても。私が殺してる訳じゃないし、必ずしも殺し合う必要だってない。私は勇者や魔王を転生させる時に、本来そのまま放っておけば元の世界で死んでしまう事実を隠したり、願いを叶えることを餌にして焚き付けることはするよ?でも、あの世界の事を少し理解すれば分かる事でしょ。転生者の争いさえなければ、あの世界に戦争は起こり得ない。転生者は神の力も与えられてるし、普通に生活する分には何も困らないんだから、魔王や勇者を倒す必要なんてない。貴方達の欲望が、あの世界の人達を殺してるんだよ。私はわざわざ、他種族と恋に落ちたときの為に、その種族になれる面倒なギミックまで用意してるのに」


 まぁ、その面倒なギミックのお陰で龍の勇者が生まれた訳だから、やっておいて良かったけどね。


 ポツリと言い加える神に、しかし俺は反論することができない。その通りだからだ。俺はかなり早い段階でその事に気付いていた。元の世界に帰りたいという俺の思いが、あの世界の多くの人を殺したのだ。結局の所、あの世界の住人の事を、俺は心のどこかで犠牲にしても良いと感じていたのだ。元の世界に帰ってしまえば、関係ないのだと。神の事をどうこう言える資格は、俺にはない。


「さて、長々と話したけど、そろそろ魔王一行が召喚の間に到着したようね。果たして彼は、ここまでの犠牲を払った対価で、何を願うのかな」


 俺と神の前に、ホログラムでインドラ達が映される。良かった。サクラもいるし、魔王も全快している。


 彼らに向けて、神が問い掛ける。


「……魔王アルジュナよ。勇者討伐、誠に大儀であった。お前は覚えていないであろうが、褒美を取らす。何でも願いを言うが良い」


 なるほど。魔王の前では神というより邪神的なイメージの役になっていたのか。


 アルジュナが、チラッとインドラの方を見る。


「アルジュナ。私たちの事は気にするな。お前の思うまま、願いを叶えれば良い。後の事は私に任せろ」


「うん……。父さん、ごめん」


 向こうからも神が見えているのだろう。アルジュナは意を決したのか、こちらを向き、口を開く。


「……僕の願い。この世界で、転生が起きないようにして欲しいです」


 ……は?


 神も含め、魔王以外の全員が虚を付かれている。場が静まり返る。


 初めに我に帰ったのはインドラだった。


「神よ!今のは間違いだ!少し時間を頂きたい!」


「間違いじゃないよ。これが、僕の思うままの願いだ」


「馬鹿を言うな!お前は、元の世界に帰るんだ!本当の親が、お前を待ってる!安全な世界で、幸せに暮らせば良いんだ!」


「この世界も、すぐに安全な世界になる。父さんがそうする。約束したんだから。後はダメ押しで転生者さえ現れなければ二度と争いは起こらないと思う。勇者さんのお陰で、この世界の転生者は今や僕だけだ。千里眼で確認済だから間違いないよ。……ずっと前から考えてたんだ。父さん達だけじゃない。皆が、僕に良くしてくれた。貰ってばかりの僕が、皆に返せる事はなにか」


「お前は、そんな事を考えなくて良いんだ!貰ってばかりなのは、私の方だろう……!私が、妻が、どれだけお前に救われたか……!」


「魔王として大事な仕事も残っている。今回の殉職者達の遺族に、謝りに行かなければならない。残念ながら育ての親の影響で、僕はそこまで無責任になれないんだ」


「お前……!」


 冗談目かして言うアルジュナに、インドラが怒気を発する。


「そして何より、僕にはもう父さんも母さんもいる。元の世界の親の事なんて、昔の事過ぎて覚えてないよ」


「……」


 インドラは何か言い掛けて、声にならないのか、そのまま下を向く。少し経ってから、そのままの姿勢で口を開く。


「本当に、良いんだな。いつか、その選択を悔やむかもしれないぞ」


「するはずない。絶対に」


 アルジュナは断言する。……これまで黙っていた神が沈黙を破る。その顔は、これ以上ない悦びで溢れている。嫌な予感がする。俺はコイツの本性を知っている。俺は止めようとするが、体も口も動かせない。クソが!もう、良いだろうが!そいつらは、これまでも十二分に苦しんできたんだ!


「さて、結論は出たようだが、良いのだな?……だが、何も知らないままこの大きな決断をするのは、些か可哀想だ。折角ここまで頑張ったのだから、魔王にはできうる限り後悔のない選択をして欲しい。少し話をしようか。魔王の、本当の親についての話を」


 再び、場が静まり返る。誰も何も言えないまま、神が話を始めてしまう。


「この世界に来る転生者は、いずれも元の世界で死ぬ寸前の者達だ。ある者は事故で、ある者は病気。中には自殺なんて者もいる。魔王アルジュナよ。お前はまだ幼かったから、自分に起きたことを覚えていない、あるいは理解していないだろう。……まず、お前は元の世界では数少ない紛争地域の生まれだ」


 そうだったのか……。アルジュナの容姿は俺の母国のそれと異なる。紛争地域だと言われて見れば、なるほど中東系の顔立ちをしている。


「子供であっても一定の割合で国に徴兵され、幼い頃から戦闘の技術を学ばされる。好戦派が多くを占める中で、お前の両親は平和主義であった。誰がリークしたのかは分からないが、当て付けのようにお前が徴兵の対象に選ばれた。お前の両親は抵抗した。国はお前たち家族を、見せしめの目的で殺すことにした。お前の両親は殺された。お前が辛うじて生きていたのは、両親がお前を守り通したからに他ならない」


「そうですか……。つまり、例え元の世界に帰ったとしても、僕の親は既に……。この世界に残るつもりだったとは言え、教えてくれてありがとうございます」


 ……違う。この神の目的はそうじゃない。


「話は終わりではない。私はお前の願いを叶える事を約束した。だから、できうる限りそれに答える為に、お前の両親は生き返らせられる状態にしてある。例えばだが、その世界にお前の両親を生き返らせることもできる」


「なっ……」

 

「生みの親と育ての親。お前が望むなら、そのどちらとも幸せに暮らすことが出来るのだ。悪くない話だと思うが、どうだろう」


 ……これは罠だ。一見ベストな選択に思えるが、恐らく魔王がそれを選択した場合、神は人間側に勇者を転生させるだろう。それも、俺や獅子の亜獣を越えるレベルの。ようやく掴んだ平和が、幸せが崩される。インドラやアルジュナは当然それに抗う。だがそれは、あと一歩で届かない筈だ。劇的な死を迎える。あるいは生き返らせた両親に神の力を与え、もう一度アルジュナを守らせて死なせるなんて事もあり得る。そうでなければ、神は感動しない。満足しない。駄目だ。アルジュナ、話に乗るな。インドラ、気付いてくれ!


 対してアルジュナは、神に予想外の質問をする。


「……それが出来るなら。僕の兄を、生き返らせることは出来ますか」


 アルジュナの兄?死んだインドラの子供か?


「アルジュナ、余計な事を言うな。お前の本当の親が生き返る。私も妻もお前の成長が見れる。それで十分だろう……!?」


「……悪いが、それは出来ない相談だ。流石に私もそこまで予想していなかった。私にとって人を生き返らせることは難しくないが、あくまで魂が残っていればの話だ。無限に発生する魂を、いつまでも残しておくことは出来ない」


 魂と言ったが、これまで神から聞いた話からすればそれもデータなのだろう。通常は人が死んだ場合、その情報は自動で消えるようになっているのかもしれない。でなれば、やがてこの仮想世界がパンクしてしまう。神は転生者や使えそうな人間の情報だけをピックアップして保存しているのだ。


「そうですか……。残念ですが仕方ない」


「フム。それでは、お前の願いは両親を生き返らせることで良いな?」


「……いえ。僕の願いは変わりません。……転生の禁制を」


「馬鹿な。何故……」


 神が、思わず漏らす。神の話に乗るべきではないと思っていた俺も驚く。


「僕は魔王だ。僕の願いは、民の願いだ。万人の幸福だ。僕には、そうする義務がある」


 ……とても子供とは思えない。王として完全に自分を殺している。だが、その強い眼差しに溢れる涙。当たり前だ。インドラ達がいるとは言え、自分を愛してくれた両親に会いたくないはずがないのに。この子は……。


「……分かった。魔王アルジュナよ。お前の願いは聞き入れた。金輪際、この世界に勇者や魔王といった存在が現れぬよう、手を尽くそう。平和な世界で、幸せに暮らすと良い」


「……」


 そうして、俺達の目の前からホログラムが消えた。


 ホログラムが消える直前に見えた、アルジュナの姿。インドラとサクラに抱き締められながら滂沱する姿が、目に焼き付いて離れない。どうしたって、息子の事を思い出してしまう。


 元の世界で俺が死んだら、息子もああして泣いてしまうのだろうか。



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