第37話 無自覚な悪意

 心臓を貫かれた俺は、胸を押さえ、仰向けに倒れる。もう、痛みを感じていない。脳が痛覚をカットしているのだろう。時間はない。伝えるべき事を、伝えないと……。


「キヨスミ君、早く回復を……!!!」


「しなくて、良い……。俺が死んだら、魔王の回復を……。あの子も、ひどい。俺ほどじゃ、ないが……」


「ここで貴方を助けられないならっ!私は、何の役にも立ってない!!」


「そんなことは、ない。お前のお陰で、ここまで、来れた。今まで、ありがとう。俺はお前に、いつも救われていた……。こいつらを、恨むなよ……。俺が、弱かっただけだ……。すまない……。時間がない、インドラと、話を」


 ああ。徐々に、苦しさも消えていく。抗えない眠気が。終わりが近付いているのが、分かる。


「……勇者。約束を違えて、すまない……。どうしても、抑えることができなかったのだ……」


「おせぇよ、インドラ……。俺がお前なら、もっと早く、殺してる……。あの子に、俺を殺させるわけには、行かないだろう。これで、良いんだ……。悪いと、思ってるなら、俺の代わりに、お前も幸せに、なれよ……」


「私は……。いや、了解した。私の罪は消えない。だが、いつか償い、幸福の中で死ぬことを約束する。今度こそ、必ず」


 ああ。それで良い。お前のやったことは、決して褒められる事ではなかったのかも知れない。だが、親としては正しい。尊敬できるほどに。


「勇者さん……。貴方は最後、僕の頭を貫く剣の欠片にだけ、質量操作を掛けませんでした。貴方は、僕を殺す気がなかった……」


「……痛かった、だろ。悪かったな……。俺にも、息子がいて、な……。まだ、小さいんだ。お前みたいな、子供を殺しちまったら、どんな顔で、会えば良いのか、分からなく、なった……。お前は、まだ子供なん、だ……。もっと、インドラに、我が儘、を………」


 言葉が続かない。ああ。タイムリミットだ。意識を保つことが、難しくなってくる。

 

 どうだろう。俺も、イザナギさんやエヴァのような顔をしているだろうか。そうなら良いなと、思う。


「キヨスミ君!?駄目だよ。駄目だって!いや、いやあああああぁぁぁぁぁぁ…………」


 サクラの泣き声も、すぐに聞こえなくなる。 


 俺は俺の正義に殺される。最後の最後で。ここまで来て。全く、馬鹿みたいな話だ。


 だが俺はこの選択を、間違いだとは思っていない。一つ、心残りがあるとすれば。


 ……こうちゃん。父さん、帰れないみたいだ。もう、どこにも遊びに連れ行けない。ごめんな。ごめん……。


 そして俺の意識は、闇の中へ消えていく。







 ……気付くと俺は、誰もいない教室で一人佇んでいた。呆然とする俺の前にはいつの間にか、男なのか女なのかよく分からない美形の子供が立っている。あの時と同じ。


「残念だったわね。もう少しだったのに」


「……俺はこの後、どうなる?」


「期待させても悪いからはっきり言うけど、消えるわ。何度もチャンスを与えると、必死さがなくなるのよ。見てて面白くない。だから、終わり。今はそうね、エンドクレジット後のおまけみたいな物かしら。貴方を打ち破った魔王が何を願うのか。一緒に見ましょう」


「そうか」


「驚かないのね」


「……いや。もう一度チャンスがあったとしても、断ろうと思ってたからな。少し、ホッとしてる」


 もう、殺し合いはゴメンだ。かといってまた転生してしまえば、俺は元の世界に帰るために誰かを犠牲にするのだろう。


「……正直、意外だった。貴方は魔王を殺すと思ってたから。少し、感動したわ。お礼と言ってはなんだけど、魔王が転生の間に着くまで少し掛かるだろうから、何でも聞いて。答えてあげる」


 今さら聞いたところで、特に意味があるわけでもないが。ただの、暇潰しだ。


「そうだな。獅子の亜獣の弟が言っていた。この世界は映画館だと。自分の存在はデータかも知れないと。あれは、どういう意味だ?」


「ああ。あの子は頭が良かったからね。彼の疑問は正解よ。あの子は、データだった。でもそれは、あの子だけに限った話じゃない。貴方もそう。私もそう、かもしれない」


 ……こいつは、何を言ってるんだ?かもしれない?


「まぁ、貴方はもうすぐ消えるから、ネタばらししても構わないわ。それに私も、真実を聞いた貴方の反応は気になる。まずね?あの世界には転生者が何人かいたでしょ?彼らはいずれも、何もしなければ元の世界で死ぬはずの人間なのよ」


 それは、そんな気はしていた。


「何故かと言えば、まだ生きている人間を使うのは禁止されてるから。そんな事をしたら、元の世界で原因不明の植物人間が多発する。それは、良くない。何が良くないって、人類が神の存在や自分がデータであることに気付いてしまう可能性がある。そうなってしまうと、ドラマが発生しなくなる。面白くない」


 ……俺は今、何を聞かされている?


「少し、分かりづらかったかも知れない。もっと根本的な話をするわ。私は前に自分の事を神様だと言ったけど、本当はただの人間なのよ。ただ、貴方がいた元の世界よりも科学が遥か先まで進んでいる。私の世界では、誰も働く必要はないわ。全て機械がやってくれる。その機械の管理すら、別の機械がやってくれる。私たちは死ぬまで、娯楽を享受するだけ。何かに真剣になることができない」


 理想郷、なのだろうか。羨ましい気もするが、実際はどうなのだろう。


「小説、漫画、アニメ、ゲーム、映画。でもそんなもの、生まれて20年もすれば飽きるのよ。人はやがて、本当のドラマを求めるようになった。ドラマを作るための舞台装置が、貴方の元いた世界ね」


「……つまり俺の元いた世界は、お前の世界が作った、シミュレーション、なのか?」 


 そんなことが、あり得るのか?あり得て良いのか?


「正解。理解が早くて助かるわ。シミュレーションと言っても、私のいる世界では全ての物理法則が解明されているから、貴方の思考パターンも実際の人間、つまり私と何も変わらないわ。そうでなければ、やる意味がない。ドラマは生まれない」


 俺達のいた世界は、神の暇潰しのために存在する。そんな現実……。


「貴方たちの世界も、やがては私のいる世界のレベルまで発展する。確実に。そうなった時、貴方たちの世界は、そうなる前の世界をシミュレーションしてドラマを求めるようになるよ。私が、私もデータかもしれないと言ったのはそういうこと。普通は下位から上位を認識出来るようにはしないからね。私の世界の上位もいる可能性が高い。更にその先も。……ここまで発展した世界にドラマは産まれないから、放っておかれてると思うけど。いつか最上位の世界の惑星が寿命を迎えたら、全ての世界はまとめて消えるのだろうね」


 ……スケールが大きすぎる。理解は出来るが、心が納得しない。


「そう言うわけで、私たちは死ぬ直前の人間を使ってドラマを見てるんだ。私はファンタジーが好きだから、こうして剣と魔法の世界に人を送り出す。人によってはラブコメだったりミステリーが発生する世界を作る。自分のアバターで直接参加する人もいるわ。でも、私はこうして見てるだけ。私、こう見えてそれなりに年を取っていてね。もう、人の生き死ににしか、心が動かないのよ。アバターで参加しても私は死ねないから、代わりに貴方たちにやってもらう。でも、別に良いでしょう?元々死ぬはずの人間にチャンスを与えてる。仮想世界だから、何でも願いを叶えられるのは本当。win-winの関係だと思わない?」


 そうか。神の力。俺の元いた世界と若干違うものの、魔法であっても明確な道理があったあの世界の中で、神の能力だけが異質だった。あれだけが、理を必要としなかった。シミュレーションの世界というなら納得だ。文字通り、何でもできるのだ。やり過ぎると詰まらなくなるから、制限を付けているというだけで。それも、神の匙加減……。


 間違いなく言える。こいつは、この神は。悪だ。


「誰を異世界転生させるのか。結構悩むのよ?良いドラマを生むには、キャスト選定が大事なの。例えば、魔王。あの魔王は、実はインドラの死んだ息子に似た人間をわざわざ探したのよ。その結果、剣聖のせいで停滞していた世界が動いた。私も、インドラがあそこまでやるとは思わなかった。親の愛は素晴らしいわね。ええ。感動したわ」


 ……そうか。イザナギさんの死も、インドラの苦しみも、全てお前が。


「愛にも色々な形があるの。その全てが美しい。恋人、家族のために命掛けで戦うのも良いわね。龍の勇者。彼の存在はイレギュラーだったけど、結果的には大成功ね。臆病者が、愛する者のために強者に立ち向かう。良い。とても良いわ」


 ……もう、止めろ。それ以上、喋るな。


「兄弟愛も悪くないわね。むしろ、ここ最近で一番心が震えた。あの兄弟はね、元の世界でそれは悲惨な人生を送っていたのよ。そして、失意のまま自ら命を絶った。あの世界で龍を倒せば、晴れて幸せになれる予定だったの。特にお兄さんは凄かったわ。元々才能があったし、それに加えて神の力を与えていたとは言えね。まさか、本当に龍を倒せるレベルになるとは思ってなかった。彼は、間違いなくあの世界で最強だったわ」

 

「止めてくれ。もう、いい……」


「そして、貴方。中々、良い仕事をしてくれたわ。さっき、インドラがあそこまでやると思ってなかったと言ったけど、それでもまだ、剣聖を殺すには足りなかった。剣聖があの時に死を選択出来たのは、貴方がいたからよ。貴方がいれば、最悪、魔族を滅ぼす形で戦争を終息させることもできる。剣聖は理想を夢見ていたけど、博打を打った訳ではないの。貴方のお陰で、良い物が見れたわ。あれだけの強者が、ただ老衰で死ぬなんて勿体ないもの」


 そんな。それじゃあ、剣聖の死は……。


「貴方がいたからインドラは魔の洞窟を通ることを選択した。彼は千里眼で亜獣種の存在を知っていたからね。潰しておきたかったのよ。そのお陰でエヴァが復帰できた。彼女の覚悟や、何より龍の勇者の妻と相対した時の一郎君の心境を思うと、心に来る物があったわ。そして、あと少しで願いを叶えることができた獅子の亜獣を、貴方は殺した。そのまま龍の長を倒してハッピーエンドでも良かったけど、貴方という絶望を前にして、それでも弟を守ろうとした兄。貴方を倒して、何としてでも兄を生き返らせようとした弟。願いが叶わなかったからこそ、極上のドラマが出来上がった」


「……」 


「まぁ、貴方は最後に殺された訳だけど、悪くない結末だったわ。貴方が魔王を殺すパターンの方が良かったけどね。あれだけの覚悟と執念からなるインドラの願いを絶つ。本当に面白かったと思うもの」


 感動する。とても良い。心が震える。良いものが見れた。心に来る。極上のドラマ。悪くない。面白い。

 ……こいつは、本当に俺達の人生を見世物としか思っていない。当たり前のように、平然としている。それが何より恐ろしい。そして神は、俺の物語に対する評価を述べる。

 

「サイドストーリーは良かったけれど、貴方自身の物語は及第点ね。大昔の大衆小説風のタイトルを付けるなら、そうね……」


【異世界転生したけど元の世界に帰りたい俺は速攻で魔王攻略する】


「ってところかしら」


 神は、何の悪意もない、純粋無垢な表情で、得意気に告げた。


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