第36話 決着

「インドラ、本気なのか?答えてくれ。俺はお前を、殺したくない」


 ……信じられない。インドラには何度も助けられている。俺を殺そうと思えば、その機会はいつでもあったはずだ。意味が分からない。


「もちろん本気だ。だが勘違いしないで欲しい。勇者が死んだ後で、私は魔王を継ぐ。真の平和の実現は約束する。魔王が死ぬか、勇者が死ぬか。違いはそれだけだ」


「待って!だったら、別に殺し合わなくても良いでしょ!?」


「サクラ。それはお前の都合だろう。それには前提として、勇者が元の世界を諦める必要がある。この子も同様だ。そして何より、勇者と魔王のどちらも生き残っている状態で和平などあり得るものか。誰が納得する?……勇者と魔王で戦う。勝った方の国が初めは主導権を握り、徐々に平等を目指す。これがもっとも現実的だ」


 ……インドラの言うことは理解できる。その通りだ。俺は、元の世界に帰るという思いを諦めることは出来ない。……戦うしかない。


「それに、勇者が殺したくないのは私だろう?安心しろ。私は戦いには参加しない。出来ればサクラにも参加して欲しくない。お互い、公正な立会人として見届ける。あくまで正々堂々の一騎討ち。その勝敗で決着する。それならば、誰にも文句はあるまい」


「……分かった。俺は魔王と戦う」


「キヨスミ君!?」


 たまたま魔王がまだ子供で、インドラが育ての親だったというだけの事だ。インドラがそれで良いと言うなら、俺にとっても後腐れがなくて良い。無理やり、前向きに考えればの話だが。


「サクラは手を出さなくて良い。後は、俺と魔王の問題だ。どんな結果になっても、平和のためにお前がやることは変わらない。良いな?」


 俺は一人、魔王に向かい前に出る。魔王も同様に、インドラから離れる。


 俺達は向かい合う。魔王が剣を投げてくる。


「アルジュナ!何のつもりだ!」


 インドラが叫ぶ。何だ?


「勇者さん。その折れた剣では、僕と戦えない。使ってください」


 は?何を言っている?


「気遣いは感謝するが、そもそも剣は必要ない。インドラには悪いが、この戦いはもう終わっている」


 玉座の間は、既に俺の魔力で溢れている。後は戦闘の開始直後、魔王が切りかかってきたタイミングで魔力に質量操作を掛ければ、それで終わりだ。


「父からどう聞いてるか分かりませんが、僕が神から与えられた力は千里眼。あなたの手の内は、既に知り尽くしています」


「アルジュナ!止めろ!」


 ……なるほど。今まで感じていた違和感の正体はそれか。俺達の行動は、全て見られていたのだ。しかし、だから何だ?知られた所で何の問題もない。だが一方で、謎の悪寒が俺を襲う。インドラの言うことが本当なら、この戦いも計画の内のはず。無策で魔王をぶつけてくるなんて事はあり得ない。むしろインドラの余裕は……、勝ちを確信しているからと考える方が自然だ。この悪寒の正体は……。


「そして、僕に与えられたもう1つの力。魔力無効化。一度見た相手に対して、相手の魔力を任意で消失させ続ける事ができる。つまり、こういうことです」


「……な!?」


 ……消えた。この部屋を満たしていた、俺の魔力全て。出そうしても、出した瞬間に消える。……電気魔法の発動さえ出来ない。これは……。


「ここまでの犠牲を出しておいて、僕だけが幸せになるなんて、あり得ない。真の平和は必ず実現させる。今この場で、不意打ちのような真似で勇者を倒したとして、サクラさんは納得できますか?正々堂々と言うなら、これでフェアだ。勇者さんは大人で、質量操作は問題なく使える。僕は子供だけど、電気魔法も使えるし、剣には自信がある。……父さん、僕は何かおかしい事を言ってるかな」


「……いや。お前の言う通りだ。……だが、死ぬなよ」


「はは。そこは勝てよ、でしょ。大丈夫。僕は父さんの子だから。それじゃあ勇者さん、始めようか」


 ……なるほど。一筋縄で行かない事は分かった。それでも、やり方が少し変わるだけだ。魔王を殺す。その事に違いはない。


「ああ。いつでも来い」


「勇者さん、すみません。この世界の平和のため、貴方には死んでもらう!」


 一息で距離を詰める魔王。……速い。まだ子供にも関わらず、電気魔法を使いこなしている。だが、イザナギさんや獅子の亜獣に比べれば、何の事はない。電気魔法の使えない今の俺では回避こそ出来ずとも、渡された剣で受ける事はそこまで難しくない。俺は魔王の疲労を待ち、隙が出来た所で一撃入れれば、それで終わりだ。だが……。


「……!?」


「受けてばかり、僕の体力切れなんて狙ってたら、死にますよ!」


 受けが間に合わない。致命には至らないが、皮膚を浅く斬られる。痛みで呼吸が乱れる。


 こいつ、電気魔法による動作の阻害まで使えるのか。


 俺も攻撃に移るが、こちらは受けられる。完璧に。魔王の剣は、攻守ともに高レベル。とても子供とは思えない。剣術における俺との差は雲泥。


 ……これじゃあ、どっちが先に体力が尽きるか分からん。そもそも、渡された剣に質量操作は掛けられるのか?流石に、ついさっき渡されたばかりの借り物を、自分の所有物だとは認識できない。……無理か。だが問題はない。距離さえ詰めればオメノオハバリでも良いし、散弾銃でも良い。自分の右腕も砕けることになるが、最悪手袋を重量化しての手刀でも構わない。戦闘後にサクラに回復してもらえば良いだけだ。


 剣のレベルが明らかに違うため俺は押され気味だが、頭は極めて冷静だった。何故なら。


 魔王の剣からは殺気を感じない。こいつはおそらく、人を殺めたことがない。


 インドラの想定外があるとすれば、俺達が元いた世界とここでは、命に対する価値観が異なると言うことだ。そうでなくともまだ子供。いくら実力が勝っていようが、殺しにいけない限り、俺に勝つことは出来ない。殺したくないし、殺されたくない。当たり前の事だろう。……インドラ、本当にそれで良いのか?……止めろ。余計な事を考えるな。


 驚異ではないとは言え、それは俺にも当てはまる。何とかして隙を作らない事には魔王を倒せない。薄皮だけとは言え、こうも切られていてはやがて出血で倒れるかもしれない。殺す気がなくとも、そうなったら終わりだ。……あるいは、魔王はそういう勝ち方を狙っているのかも知れない。


 そうなる前に、こちらから仕掛ける。俺は魔王の剣を受けながら、左手で散弾銃を抜き出す。……魔王の攻撃は鋭いが、片手でも容易に受けられる。……軽い。


「魔力がなければ、撃てないでしょう!」


「何も撃つだけが手段じゃないさ」


 俺はそのまま魔王に向かって散弾銃を放り投げる。質量操作を掛ける。轟音。超重量化した散弾銃が床に埋まる。衝撃で砕かれた床の破片が辺り一体に飛び散る。魔王は投げられた瞬間には後方に飛び去っているが、この短時間でそこまで距離は取れない。


 俺は覚悟していたし、鎧で身を包みつつ剣でガードしていたため、そこまでのダメージはなかった。魔王に切られた箇所の方が気になるくらいだ。さて、魔王はどうか。


「アルジュナ!!!」


「……大丈夫。大した傷はないから」


 床が砕かれた際に発生した砂埃が晴れる。魔王は生きている。床の破片が、左腕と右足の脛の付近に刺さっている。確かに、致命傷ではない。だが、実践経験のない子供が、その痛みにどこまで耐えられる?


「もう、同じ手は使えないだろう!」


「……」


 再び間合い詰め、切りかかってくる魔王。……だが俺の予想通り、その動きに先ほどまでの精彩はない。痛みで集中できていない。電気魔法が切れている。自己強化も、妨害も。


 俺の剣撃はまだ受けられている状態だが、これならもう一手打てば殺せる。だが時間が立てば痛みにも慣れるだろう。今がチャンスだ。インドラ、お前は、俺の甘さに期待しているのか?それも作戦の内なのか?


 エヴァがもし生きていれば、俺はここまで冷酷になれなかったかもしれない。そうだ。魔王の能力は千里眼だと言った。インドラはエヴァを見殺しにしたのかもしれない。だとすればその選択は間違いだ。


「はぁぁぁぁああああ!!」


 気合いで誤魔化しているが、魔王の顔には最初にはなかった焦燥が見られる。自分でも分かっているはず。十分に動けない状態で俺に勝つことは出来ない。その焦りが、更に動きを単調にする。10にもならないような子供が。痛みに耐え、必死に剣を振る。……このままでは、殺してしまう。……だから止めろ。もう、考えるな。早くやるんだ。


 俺は、左手に剣を持ち変えて、アメノオハバリを抜き、そのまま相手に向かって投げる。すかさず超重量化。再び響く轟音。


「同じ手は通じない!」


 魔王は後ろに飛び退くと共に土魔法を展開。自身との間に壁を作り、床の破片を防ぐ。……凄いな。本当に。ああ。きっと、インドラは良い父親なんだろうな。


 俺はいくつかの破片を脚に受けるが無視。今回の狙いは、破片による攻撃じゃない。


 砂埃が消える前に、俺は超重量化したアメノオハバリに近付く。剣は原形を留めないくらいバラバラに砕け散っている。俺はそれを一掴みして、魔王に向かって投げる。


「アルジュナ!!そこから離れろ!!」


「……え?」


 超重量化。辺りに土砂降りの雨のような音が一瞬して、すぐに静まる。


 魔王は生きている。超重量の剣の破片に貫かれた両腕は血だらけで、今にも肩から千切れそうだ。俺は剣を構えて魔王に接近。剣を振りかぶる。死を覚悟したはずの魔王の顔は、とても穏やかだった。この顔見るのは、これで三度目だ。……魔王は「この世界の平和のため」と言った。そうか。最初からこの子は……。


「キヨスミ君、避けて!!!」


 サクラ。分かってる。でも、避ける必要はないんだ。


 インドラの水魔法が、俺の心臓を貫く。


 これで、この剣が魔王に届くことはない。


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