第33話 魔王の正体

「なるほどのぉ。獣神を含め、亜獣種は全滅。獣神の魔物も後は集落の周辺に少数残るのみ。対して、こちら側の被害は一人。全く、申し分のない戦果じゃ。信じられん。主らがいなければ、こちらの被害は相当なものじゃったろうと思っておる。じゃが……」


 空気が、変わる。隻腕の獅子が造り出したあの龍に、勝るとも劣らない。絶対強者の殺気。


「……のぉ。ここまでの戦果を上げられる力がありながら、何故、エヴァがいない。あれは、絶対に生きて帰ってくると約束した。だから行かせた。龍は嘘を付かない。何故じゃ」


「エヴァよりも敵の方が強かった。それだけだ。だが、責任は俺にある」


「キヨスミ君は別に悪くないでしょ!?」


「俺が最初からその気だったら、エヴァを死なせずとも奴等を全滅させることが出来た。そもそも俺が来ていなければ、エヴァが亜獣種に攻め込むこともなかった」


「……ほう。潔いのは良いことじゃが、あまり浅慮じゃと、身を滅ぼすぞ。して、どう責任を取るつもりじゃ?」


「勇者は亜獣種を全滅させた。責任という意味では十分に果たしていると思うが。それに、最終的に案内役をエヴァに選んだのは貴方だ。勇者だけの責任ではないだろう」


「……魔族よ、黙れ。今ワシが話しているのは、お前ではない。そんなに、死にたいのかの……」


 インドラがフォローを入れてくれるが、逆効果。呼吸が重い。


「……俺は、エヴァに代わって亜獣種を皆殺しにした。だが、それだけで許してもらえるとも思っていない」


「……ならば、どうする?」


「どうもしない。俺が出来ることは、もうない」


「……まだ、あるじゃろう?お前が、お前らが差し出せるものが……!!!」


「……これ以上を望むなら。貴方が立ち塞がるというなら、俺は貴方を殺して、先へ進む」


 俺は、龍の長の部屋に入る前から魔力の放出を行っている。やろうと思えば、いつでもやれる。ここまで俺は殺しすぎた。今さら立ち止まるなんて、逃げるなんて事は、許されない。


「……出来ると思うてか?この、龍の王を相手に」


 いっそう強くなる長の圧。


「……二人とも、下がっててくれ」


 前に出る俺。長の圧力はピークを迎える。


 一触即発。少しでも動きを見せたら、殺す。俺は迷わない。


 ……だが。俺を揺さぶる存在が近付いてくる音が聞こえる。


「ママ!!!お帰りな、さい……。……皆、どうしたの?……ママは?」


 ……ディナ。出来れば、会わずにここを出たかった。いや。それはあまりに醜く、卑劣だ。俺が伝える。それも、義務の一つだろう。


「ディナ、すまない、エヴァは……」


 後が続かない。ふざけるな。言え。お前の母親は、俺が殺した、と。


「君の母親は、俺のせいで。……もう。一緒に暮らす事は、出来ない。もう、いない」


 ……俺は卑怯だ。結局、こんな言い方しか出来ない。


「……なんで?おにいちゃん、あんなに強かったじゃない。そんなの、おかしい!!!なんで、ママだけいないの!!!なんで!!!」


「俺は、強くない。俺はエヴァに守られた……。すまない……。俺には、謝ることしか出来ない……」


「キヨスミ君……」


 ……ああ。俺のせいで。子供が泣いている。こんな目を、させてしまった。憎悪の目。取り返しが付かない。誰かの命を奪うというのは、こういうことだ。


「絶対、許さない……。お前のせいでママが死んだのに!!!そんな顔するな!!!お前が泣くな!!!」


 ……。本当だ。気付かない内に、涙。……そうだな。すまない。俺には、泣く権利なんかないのに。


「許さないから。……いつかママみたいに強くなって、お前を殺しにいくから!!!」


 そう言って、ディナはこの場からいなくなった。


 ディナには殺されても仕方がないと思っている。だが、君がそうなる頃には、どんな形にせよ、俺はこの世界にはいないだろう。俺は、君に殺されてやることも出来ない。


「……出ていけ。あの子は貴様を殺すと言った。ならば、ワシがやる訳にはいかん。あの子はエヴァと、ケンゴの子だ。すぐに強くなる。逃げられると思うな」


「……」





 俺達は、龍種の集落を出る。最後、長の顔に怒りはなかった。ただ後悔と悲哀。インドラに言われるまでもなく、あの聡明な龍は自身の選択の過ちを悔いていたはずだ。それに押し潰さないよう、俺達に当たっていたに過ぎない。……それでももし、ディナが来ていなければあのまま殺し合いになっていただろう。


 自分より、子供が先に死ぬ。自分のせいで。とてもじゃないが、俺なら耐えられない。俺より息子が先に死ぬなんてこと。想像も出来ない。したくない。例え千年生きようが、その激情は抑えきれるものではないだろう。いっそ、死んだ方がマシかもしれない。もしかしたら、龍の長はそれを望んでいたのかもしれない。


「正直な所、龍の長の気持ちは、私には分かる。本当に、自分が許せなくなる。一生な。かといって、その事実を認めずに周りに責任を押し付けた所で後悔は増すばかりだ。救われない。……フフ、救われる日など、来ることはないがな。……死は逃げだ。むしろ、救われない日々が、贖罪なのだ」


 そうか。インドラの息子は剣聖に……。


「インドラ。……この世界から争いがなくなったら、報われたって良いだろう」


「どうだろうな。争いをなくせたら、何故、もっと早くそれが出来なかったのかと、自分の無力を恨むのだろう。だがそれでも、目の前にその可能性が見えているのだ。平和を実現する方が、いくらかマシになるだろうさ」


「辛気臭い話は終わりよ!ごはん食べて切り換えましょう。キヨスミ君、仮設住宅とか調理器具とか、色々お願い!」


 神から貰った能力で仮設住宅を作る勇者とは一体……。


 龍種の里から魔王城までは二日程度掛かる。一日目の終わり、近くに秘密の部屋はなかったが、俺が魔法で作れば良いからわざわざ回り道を選択する事はしなかった。道中、守護獣と思われる魔物が俺達を襲ってくることはなく、無駄な戦闘は発生しなかった。匂いか何かで見分けているのだろうか。


「今日は腕によりを掛けるわよ!」


 との事で、何だかフレンチのフルコースみたいな豪華な夕食が出てきた。先は見えたし、食材を残しておく必要性がなくなったからだろう。


「どう?キヨスミ君」


「……非常に旨い。サクラは、この旅が終わったら農業やりながら飲食店やれば良いと思う。魔族領で始めたら、物珍しさもあって流行ること間違いなしだ」


「でも~。食べる相手は選びたいというか~。キヨスミ君に作りたいというか~。やっぱり女の子は守られてなんぼというか~。素の喋り方もカッコいいし~」


 なんか、チラチラこっち見てくる。何だろう……。こんな終盤でデレ始められても。というかお前、ヴァーユと婚約してなかった?


「いや俺、妻子いるから」

 

「サクラにはヴァーユと結ばれて貰わないと困るのだが」


「ズコーッ!」


 俺とインドラの双方からツッコまれて倒れるサクラ。ズコーって。思わず笑いそうになる。……場の空気を明るくするための、サクラなりのフォローだろう。気を使わせてすまない、サクラ。






「さて勇者よ。洞窟内の魔王城に到着した。この先に、現在の魔王城の玉座の間へと続く隠し通路がある」


「ああ。進もう」


 途中、何体か野生の魔物を倒しながら、俺達は洞窟内の魔王城に着いた。前にインドラが言っていたように、とても洞窟内とは思えない。普通に城の内装だし、どこから採光してるのか分からないが、室内は明るい。


 城の入り口は固く閉ざされていたから、城内に魔物がいるということもない。特に障害なく、インドラの言う隠し通路に到着する。


「これから魔王への最終戦に挑む訳だけど、魔王の得意技とか、そう言う情報はないの?」


 サクラがインドラに質問する。今回は不意討ちだ。俺の能力なら、相手が何であれまず間違いなく倒せると思っているが、確かに情報は大事だ。俺の予想が正しければ魔王は転生者。厄介なチートスキルを持っている可能性がある。流石、百戦錬磨の魔術師。油断がない。


「うむ。そうだな。と言っても、魔王様がこの世界に現れてから日は浅い。私やサクラのように魔法に長けている訳ではない。剣の腕は中々だが、電気魔法に熟達しているレベルでもないからそこまで脅威ではない。正直、私やサクラ単体でも倒せると思う。いや、私は無理か。魔王様に操られてしまう。対峙した際には、私を動けなくしておいてくれ」


「魔王には、何か特殊な力はないのか?」


「近代の魔王様は頭脳派だ。そして用心深い。腹心の私にすら、多くを語らない。だが一つだけ。頭の回転が異常に早い。そして、電気魔法を使える兵士相手でも普通に戦えている。あれは読みというより、見てから反応しているようだった。魔王様にとって、周りがスローモーションに見えているような印象だ」


 なるほど。であれば神から与えられた力は、思考を加速するような代物だろう。思考が加速するだけで肉体がそれに追い付く訳じゃないから、今の時点ならまだそこまでではない。獅子の亜獣種レベルの身体能力だったらヤバかった。あるいは一年も掛けてタラタラ討伐してたらどうしようもなかったかもしれない。今回は不意討ちだから、いずれにせよ問題無いわけだが。


「さて、いよいよだ。ここからは気配を消していこう。勇者は今の内から玉座の間に向けて魔力を放出しろ。隠し扉を開いて右手に、玉座が見える。今現在、魔王様がそこにいるかは分からない。だから、扉を開いて魔王様の姿を確認、あるいは玉座の間に魔王様が現れた瞬間に魔力の質量操作を行え。そうでないと、我々の存在を気付かれて逃げられる可能性がある。その際に、他の魔族が囮にされて犠牲になるだろう。それは避けたい」


「分かった」


 インドラの言う通り、俺は魔力の放出を開始しながら、隠し通路を進む。


 通路の先、玉座の間へ続くと思われる扉が目に入る。


 そのまま慎重に進む。目の前には扉。俺は二人に目で合図し、扉に手を掛ける。


 扉を開く。右手側を視認。玉座に座る魔族を確認。部屋には既に俺の魔力が充満している。質量操作を行い、圧殺すれば終わりだ。


 俺は、魔力を超重量化させようとする。しかし、気付いてしまう。


 ……は?……子供、なのか?年の頃は、せいぜい10といった所か。


 俺が気を取られている間に、向こうも俺の存在を確認する。申し訳なさそうな顔で言う。


「来てしまったんだね。父さん……」


 ……父さん?


「ああ。若干の狂いはあったが、概ね予定通りだ。何も問題はない」


 ……イン、ドラ?お前の息子は、剣聖に殺されたんじゃ……。


 俺は、サクラの手を引いて、玉座の間に入る。インドラから距離を取るために。


「インドラ、説明しろよ。でないと、俺はお前を殺さなければならなくなる」


「……勿論だ。まず、魔王様は勇者と同じ転生者だ。四つの時にこの世界にやって来た。右も左も分からぬ幼児を、私と妻で育てた。私の目的は、この子を元の世界の、本当の親の元へ返すことだ」


 インドラは話しながら、魔王の元へ向かう。


「許してくれとは言わない。これまでの、全ての罪は私が背負う」


 覚悟。決して揺るがぬ意志。何を言った所で、こちらの言葉は届かないだろう。


「悪いが勇者よ、この子のために、死んでもらうぞ」



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